Ontenna : ろう者との共創デザインの社会化
2022年度研究会推薦博士論文速報
[アクセシビリティ研究会]
本多 達也
(富士通(株)コンバージングテクノロジー研究所 ソーシャルテクノロジー社会実装推進室 Ontennaプロジェクトリーダー)
【背景】ろう者との共創を社会化させた事例は希薄
【問題】従来の共創デザインは直接課題にかかわる人にとどまる
【貢献】異なるエリアの人々を接続する共創メディアを提案
全国に約30万人,2050年までに世界で25億人になると試算されている聴覚障がい者に対するデザインリサーチとして,参加型デザインやインクルーシブデザイン等の共創デザインと呼ばれる理論・手法がこれまで数多く研究・実践されてきた.しかし従来の共創デザインではデザインパートナとデザイナの関係において,デザインパートナはろう者(聴覚障がいの中でも特に生まれつき,もしくは言語を獲得する前から耳が聞こえない人)などの直接課題にかかわる当事者にとどまることが多かった.そこで本研究では共創デザイン手法を障がいに関心を持たないユーザまで拡張させ,デザインパートナを広げることを共創デザインの社会化と定義し,ろう者などの直接課題にかかわる人々と,より多くの人々が接点を創出する手法をデザインする.
Ontenna(オンテナ)は髪の毛や耳たぶ,えり元やそで口などに身に付け,振動と光によって音の特徴を身体に伝えるアクセサリー型の装置であるOntenna本体に実装されたコンデンサマイクが外部環境音を取得し,入力信号に合わせて即時に振動モータおよびLEDをそれぞれ駆動・発光させる.それによりユーザは音のリズムやパターン,強弱等の音響特徴の知覚を振動呈示を通じて可能となる.筆者は2014年からろう者とともにOntennaの研究開発を開始し,2019年にOntennaを製品化した.2022年1月時点において,全国聾学校長会に所属する聾学校の約8割に導入されている.しかし,Ontennaの試作機開発時期においては,ろう者や聾学校の人々に対して品質の高い体験や製品開発を実現した一方で,それ以外の人々に対してOntennaを展開し,体験・購入・利用できる状態にすることは困難であった.
上述した背景の下,本研究ではOntenna開発デザインプロセスにおいて,ろう者との緊密な連携や,聾学校への長期貸出によって製品としてOntennaを完成させた知見に基づき,共創デザインを社会化させるための「共創メディア」を提案した. 提案した共創メディアの有効性を検証するため,2017年から2022年に渡り多くのワークショップやイベント等の企画を実施してきた.文部科学省との共同企画では,Ontennaを利用したプログラミング環境・教材開発を,(公財)福武財団を中心としたOntennaを用いた共同企画では,香川県・豊島に設置されているクリスチャン・ボルタンスキー(Christian Boltanski)の作品「心臓音のアーカイブ」にて実施したアートワークショップを,東日本旅客鉄道(株),大日本印刷(株),富士通(株)を中心としたプロジェクトでは,聾学校生徒とのアイディエーションワークショップからエキマトペをそれぞれ共創メディアとして開発した.このほか,スポーツ観戦,能・映画鑑賞等のイベントにも本手法を適用することで,参加者に生じた気づきや理解,コミュニケーションに関してインタビュー,アンケート等から検証を行い,共創メディアとその手法が有効に機能することを確認した.
■Webサイト/動画/アプリなどのURL
Ontenna
http://ontenna.jp/
エキマトペ
https://ekimatopeia.jp/
(2023年5月31日受付)
(2023年8月15日note公開)
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取得年月:2022年9月
学位種別:博士(芸術工学)
大学:東京都立大学大学院
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研究生活 私は大学1年生のときにろう者と出会ったことがきっかけで手話の勉強を始め,手話通訳のボランティアや手話サークル・NPOの立ち上げ等をろう者とともに行ってきました.卒業研究から,ろう者と聴者が一緒に楽しむ世界を目指し,音をからだで感じるユーザインタフェース「Ontenna(オンテナ)」の研究をろう者とともに開始.Ontennaを世界中のろう者に届けたいという思いから2016年に富士通に入社してOntennaプロジェクトを立ち上げました.3年間のテストマーケティングを経て2019年に製品化し,現在では全国聾学校長会に所属する8割以上のろう学校に導入され,発話練習やリズム練習などで活用されています.JST CRESTに採択されたことをきっかけに,インタフェースデザインやアクセシビリティの研究をされていた馬場哲晃先生の元で,社会人ドクターとして研究を進めることとなりました.博士課程を通して,研究を続けることの大切さ,共創デザインの難しさ,当事者と向き合うことの楽しさを学びました.博士課程,おすすめです.