漫画制作における生成AI活用の現状〜2024〜
小沢 高広(うめ)
(漫画家)
現在,漫画家がSNSで生成AIの使用を公表すれば炎上は必至だ.ただ「実は使ってます」と同業者から言われることは,ここ半年でずいぶん増えた.
漫画を描くのは,とにかく手間がかかる.アイデアを出し,それをネームというラフな下描きに落とし込む.さらにペン入れをし,仕上げる.これを場合によっては毎週繰り返す.しかもドラマやアニメと違い,始まったら最後,いつ終わるかは人気次第.漫画の歴史は,効率化の歴史だ.
いま連載中の『南緯六〇度線の約束』(小学館)では,生成AIを多く活用している.最初に手掛けたのは背景だ.アシスタントに頼んだり,人によっては素材集を使うこともある作業だ.1年ほど前までは,生成AIで出力した大量の画像から,奇跡の1枚を探し出し,なんとか工夫して使うという程度だったが,今では細かなアングルの指定も思い通りにできる.また複雑な演技の必要がないモブキャラもかなり描けるようになった.まだまだ手直しは必要だが,うまくいけば数時間の作業が数分で終わる.最近ではローカルPCで環境を構築しなくとも,ブラウザで簡単に使えるツールも増えたため,さらに利用者は増加すると見込まれる.
壁打ちの相手としては,もはやなくてはならない存在だ.『南緯六〇度線の約束』は,第二次世界大戦で北海道がソビエトに占領された,というifの世界が舞台である.たとえば「1950年代のソビエトから,日本に内密に連絡を取るにはどうしたらいいか?」という問いに対して,AIは,歴史的背景や当時の技術,作中の設定に沿いながら,こちらが納得がいくまで議論に付き合う.編集者との打合せは大切な時間だけれど,彼らは人間だ.週末の深夜に「ちょっと相談いい?」と連絡するのはさすがに気が引ける.特に今作は企画立ち上げ時には掲載される媒体が決まっていなかったこともあり,優に百時間は生成AIと壁打ちしている.
もちろん生成AIが提供するアイデアは,ときに「もっともらしいウソ」を伴う.一般的にはネガティブな要素だが,創作の場面ではポジティブな面もある.江戸時代の有名な川柳に「講釈師,見てきたような嘘をつき」というものがある.一見,講釈師の自虐にも聞こえるが,実はエンターテインメントの本質だ.現実にはない設定や状況にいかにしてリアルを感じさせるか.これは創作の醍醐味だ.また生成AIに無限にアイデアを出させ,その中から最適なものを選び取るのはもちろん,たくさんのアイデアを眺めているうちに,自分の考えが次第にクリアになっていき,自らアイデアを出すことも多い.このAIの使い方を僕は「脳みそのひっぱたき」と呼んでいる.いずれにせよ,生成AIはフィクションの世界観に説得力を持たせる有効なツールだ.
映画監督は,自分でカメラを回さず,役者として演技をするわけでもない.自らもアイデアを出すが,現場のアイデアも取り入れる.そして完成した映画を監督は自らの作品と呼ぶ.つまり創作のプロセスにおいて最も重要なのは「決断と責任」だ.これは生成AI時代でも変わらない.どんなにAIがサポートしようと,どのアイデアやビジュアルが作品にふさわしいか.何を面白いとするか.決めるのは,あくまで人間だ.
(「情報処理」2025年1月号掲載)