ホームドア開閉制御システムのための新型QRコード─“tQR”による安定したホームドア開閉検出─
☆本稿の著作権は著者に帰属します.
神戸陽介((株)デンソーウェーブ)
システム開発の背景
駅のホームは欄干のない橋にも例えられるなど,バリアフリーの観点から危険性が指摘されています.実際に視覚障がい者が転落し列車と接触する痛ましい事故も続いていることから,近年,対策のためホームドアの設置が推進されています.
ホームドアを運用する際には,車両扉と連動したホームドアの自動開閉,編成車両数や車両のドア数に応じたホームドア開閉位置の変更といった制御が求められます.現状これらの実現には,駅ホームと車両が無線で通信し,車両扉の開閉状態や編成車両数,車両ドア数の情報を伝達する方式が用いられています.しかし,この方式は車両側にも無線装置の設置が必要であり,車両改修費が高額であることから,ホームドア普及を妨げる一因となっています.特に,複数の鉄道事業者が乗り入れる相互直通路線においては,乗り入れる鉄道事業者すべてが車両を改修しないとホームドアが設置できない一方,すべての事業者に高額な車両改修を求めることが難しい場合があり,ホームドア設置の主要な課題となっていました.
東京都営地下鉄浅草線でも,複数鉄道事業者と相互直通運転を行っており,ホームドア設置に課題がありました.そこで,この課題を解決するため,東京都交通局と(株)デンソーウェーブ(以下当社)はQRコードを用いたホームドア開閉制御システムを共同で開発しました.本稿では,新規開発した新型QRコード"tQR"を中心にこのシステムについて解説します.
QRコードを用いたホームドア開閉制御システム
このシステムでは,図-1のように,駅ホームの天井に設置されたカメラでQRコードの移動を検出することで,車両扉の開閉,車両の移動を検出しています.扉・車両の状態は,図-2に示すように,2枚の扉に貼られたQRコードの移動内容の組合せにより検出できます.また,QRコードのデータとして編成車両数,ドア数の情報が格納されており,この情報から開閉するドア位置の判別も可能です.
このように,本システムでは,車両改修をせずともQRコードを扉に貼るだけでホームドア制御に必要な情報を伝達でき,導入コストの大幅な削減を実現しました.
tQR開発の背景
本システムで車両・扉の状態を検出するためには,カメラでQRコードの移動を検出し続ける必要があります.一方,使用される駅の環境はさまざまで,環境によっては安定した検出が難しくなる場合が考えられました.特に,屋外の駅で使用する場合にQRコードにホーム屋根などの影がかかると,カメラからは影の部分が黒く潰れて撮影され,QRコードが検出できなくなる懸念がありました.そこで当社は,本システムをさまざまな環境の駅で広く使えるものとすべく,安定して検出できる新型QRコード"tQR"を開発しました.
新型QRコード“tQR”の特長
誤り訂正機能による影への対応
最初に,QRコードからデータを取り出す手順について説明しておきます.QRコードは図-3のように,格納データによって白黒模様が変化するデータ部分と,変化しない固定パターンで構成されます.QRコードを検出するには,まずこの固定パターンを見つけます.そして,固定パターンの位置に基づき,コードを構成する小さな四角形(セルと呼ばれる)の位置を算出し,各セルの白黒を判別することでデータを取り出します.また,QRコードには,コードの欠損などによりセルの白黒を誤ってもデータを復元できる誤り訂正機能があります.
tQRでは,通常のQRより高い,50%までの誤りを訂正できるように設計することで影の問題に対応しています.イメージを図-4に示します.まず,tQRにかかる影の面積が50%より少ない場合,影の部分が黒潰れし欠損しても,日向の部分にコードの50%以上が映っているためデータが復元できます.また,影の面積が50%より多い場合には,カメラの露出を調整し影の部分が明るくなるよう撮影します.それにより日向の部分が白飛びし欠損しても,影の部分にコードの50%以上が映っているためデータが復元できるのです.
誤り訂正能力活用のための黒枠パターン配置
セル位置の検出精度と誤り訂正能力の関係
QRコードの誤り訂正機能はコードの欠損部分のデータ復元に使われるのが望ましいです.一方,後で説明するように,コードが大きく欠損すると,欠損していないセルの位置算出結果もずれる場合があります.算出したセルの位置がずれると,セルの白黒を判別する際に別のセルの色を参照することになり,白黒を誤ります.すると,欠損していない部分での誤りを訂正するためにも誤り訂正が使用されます.そうなると,欠損部分の訂正に割り当てられる訂正能力が減り,狙った訂正能力が発揮できなくなってしまいます.このように,誤り訂正能力を活用する上では欠損していないセルの位置を正しく算出できることも重要です.
コード欠損時のセル位置検出
QRコードのデータ部分のセル位置は,図-5のように,固定パターンに基づき検出した点で囲われる範囲内を,内部のセル数に応じて等分割することで算出します.
ここで,図-6のようにコードが欠損した場合を考えてみます.この場合,セル位置算出エリア下隅(図-5の点C,D)が検出できなくなりますが,欠損していない部分の下隅(図6の点C’,D’)が検出できれば,セル位置が算出できます.点C’については,タイミングパターンから精度良く検出でき,点D’については,ファインダーパターンやタイミングパターンの検出結果から推測により決定します.
一方,QRコードを正面以外から撮影すると,図-7のようにコードが台形にひずんで撮影されます.図-7にはコードに台形ひずみと欠損がある例も載せています.データを復元するには,この条件でも点D’を精度良く推測できることが重要ですが,実際には難しい場合もあります.
tQRの黒枠パターン
tQRでは,コードにひずみと欠損があっても,欠損していない部分のセル位置を正しく検出できるよう,図-8のように,コードの周囲に黒枠パターンを配置しています.黒枠パターンの点線部は,コードのタイミングパターンと対応しています.これを使用することで,図-9に示すように,ひずみと欠損があっても欠損していないエリアの四隅を精度良く検出できます.その結果,欠損していないセルの位置を精度良く算出でき,誤り訂正能力を欠損部分に充てることができるのです.
今回紹介したコードにかかる影の問題は一例で,tQRでは他の問題も考慮した設計を行っています.そのような工夫で安定した検出を実現することで,tQRは,QRコードを用いたホームドア開閉制御システムによるコスト低減の恩恵をさまざまな環境の駅に届けることに貢献しています.
※QRコード®,tQR®は(株)デンソーウェーブの登録商標
参考文献
1)太田 裕:QRコードを活用したホームドア用車両扉状態検出システム,月間自動認識,2021年1月号,pp.1-4 (2021).
(2024年5月30日受付)
(2024年7月10日note公開)