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環境, 大事 (だいじ and/or おおごと) です
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竹内 郁雄
(東京大学名誉教授/IPA未踏事業統括プロジェクトマネージャ/
(一社)未踏代表理事)
2000年に始まった(独) 情報処理推進機構(IPA)の未踏事業が四半世紀を経過した.事業のココロは優れたIT人材の発掘と育成である.「百年の計は人を植うるにあり」という管子の言葉をそのまま具現化している.
識者から未踏事業は女性の採択が少ない,採択者が東京周辺に集中していると指摘されている.実際,女性は10%程度だし,首都圏外の採択者は50%に満たない.
未踏だけが批判を浴びているわけではない.IT分野に限らず,工学の女性比率は低迷している.しかし,プログラミングに女性が向いていないはずがない.世界最初のプログラマは19世紀のオーガスタ・エイダだし,世界最初のコンピュータENIACのプログラマの多くは女性だった.
IT業界の有名人N氏には2人のお嬢さんがいる.N氏は2人ともIT人材にしようと試みたが,あるとき2人ともパタリとプログラミングに興味を失ったという.「プログラミングを学ぼうとすると,単調な繰り返しを要求される場面があって,そこで興味を失った」がN氏の観察である.しかし,女性が得意とされる編物は見事な繰り返し作業だし,料理にも繰り返し作業が多い.繰り返しの多いプログラムの実行に女性は向いていて,繰り返しの多いプログラムを生み出すのは男性に向いているという見方もあり得るが,何の根拠もない.
ITでも「デザイン」を入れると,女性が増える.テクノロジー×デザインを謳って創立された神山まるごと高専の男女比率は1対1である.ここから,感性は女性の領域,それに対する悟性は男性の領域という見方が出てきそうだが,広い意味でのITにはどちらも必要なので,やはり怪しい.
ゲーム機に触れることがプログラミングに興味を持つ動機になるとよく言われる.女の子はゲーム機よりも,お人形ごっこに最初の興味を持つのだから,プログラミングにはそもそも興味を持ちにくいという説が出てくる.しかし,実は親がそう仕向けているのではないか? 幼少のときに仕掛けられた,社会で既定の環境が男女の興味差を生み出しているという疑いがある.
話変わって,未踏採択者がどうして首都圏に集中するのかという問題に対して,2023年度から経済産業省が「未踏的人材を地方から育てる」というAKATSUKI事業を始めた.私はこの事業の応援演説で「人材に地域差はない.環境に差があるだけだ」と言っている.日本のどこであってもIT人材を育み・伸ばす環境を醸成すれば,どこからでも優れたIT人材が「生えてくる」のだ.
どちらもキーワードは環境である.しかし,社会・文化環境は簡単には変わらない.とはいえ,2024年度の(大学の偏在に左右されない)17歳以下を対象とする未踏ジュニアという事業では,女性が30%,首都圏外が50%採択され,素晴らしい成果を上げた.環境変化の兆しが見えてきたと信じたい.
(「情報処理」2025年3月号掲載)
■ 竹内 郁雄
1946年富山県出身計算機部屋.東京大学数学専攻を出たあと,NTT研究所,電気通信大学,東京大学,早稲田大学を歴任.もうすぐ最長履歴26年のNTT研究所を超えて,未踏事業にかかわる.生前葬1回,遺言状49回連載しつつも,まだ懲りてない.