壊れた時計の動き出した時間
『素直になれなかった。本当の私は…』
8年間。
書き殴るように本音をぶつけた手紙。
勢いで送ったのは、ちょうど3回目の独身誕生日を迎える半月前くらい。
どうにかなってしまったような感覚で
送りつけた手紙を後悔や羞恥心、傷つくことへの
不安でいっぱいだったけどやってみるしかなかった。
間髪入れずに届いたのは
懐かしくもあり、相変わらずな筆運びの文字で
思ってもいなかった言葉達が並んでいる手紙だった。
『いい父親にも夫にもなれなかった今だから
言えるけど…』
離婚した夫からの手紙に記されていた携帯番号に
読み終えた直後、震えながらも既にダイヤルを押していた。
久しぶりに会った彼は
もう私の知っている彼ではなくなっていた。
もしかしたら私のことも
同じように感じていたのかもしれない。
時を経て変化していく互いの姿を見るのは
もう何度目だろう?
昔からの親戚と集まって
「大きくなったね〜」と
成長を喜び合うような間柄で
過去の恋人と再会してキュン♡なんて
世界とは縁遠い。
それでも私とは違う生き方を貫く
相手の姿に尊敬や憧れのような気持ちを
抱いたのは確かだった。
現在、再婚もしていないと言う彼。
手紙で私の伝えた本音の気持ちの答えは、
『俺の中で時計は止まったままで、悪いけど考えられない。』
彼の中でもう私は過去の人に
なっていたのは仕方ないと思った。
手紙のやりとりの後、あれから5年経つ。
同じ時間を共有し、目の前のただその人と
話していくうちに、私は相手のことを
何も知らなかったことに愕然とする日々だった。
今まで暮らしていた相手のことを
何も知らなかったってこと。
誰と共に暮らしていたのか?
夢の中にいたような気がした時、
妄想フィルターのレンズ越しに見ていた彼と
過ごしていた壊れた時計の針が動き出していた。
目の前の相手と予定も立てずに
プチ貧乏旅行したり
ムダに二人乗り自転車漕いで遊んだり
分け合って食べるパンケーキ
が格別美味しいこと
何より、心からの笑顔で
過ごせる時間が
たくさんのことを教えてくれた。
過去がどうだったであろうと、
未来がこれからどうなろうと、
現在、共に過ごせる有難い時間をどう過ごすか
に集中することだけで良かったんだって。
書き殴りの本音を綴った手紙を
最初に伝えておいたことで言いづらい気持ちを
わかってもらえるようになって
楽になれた。
彼も私の読めない心の内の答案用紙を
受け取って楽になったのかもしれない。
言いたいことを言える。
当たり前のようで難しいけど
恥ずかしいことや言いづらいことは
手紙で書くと勇気が出やすいのかも。
SNS、メールで伝えることが主流になりつつ
あるこの時代だけど、
私は直筆の手紙は文字から心や人柄が見えるからこそめんどくさいけど大切だと思う。
過去になってしまった私と
一緒に遊んでくれる離婚した夫は
誕生日プレゼントに手紙が欲しいと
わがままなおねだりに
苦手な手紙を便箋4枚に綴ってくれる
優しさ。
多くが、小さな誤解から始まり
大きな問題に発展してしまったんだと
改めて思う。
壊れた時計の動き出した時間は
気になることがあれば
小さなうちに《疑い》ではなく【確認】を
し合っていける会話ができる
時間なのかもしれない。