愛すべき場末雀荘〜スナック雀荘〜
"場末感のある雀荘"
この表現がしっくりくる雀荘に行ったことはないだろうか。僕はある。先日入った雀荘がまた"それ"だったので、シリーズ化に踏み切った。
週末、日曜日。前日は結婚式があり、恥ずかしながら潰れていた。場所は渋谷。ビデオボックスで目を覚まし、現状を把握。夕方からは予定があった。
地元の後輩がブログを始めるらしく、相談があるとの事。いつものお店で東風戦を一周打ってから地元に戻る。
シャワーを浴びて、後輩おススメのカフェへ。
数時間2人でMacと向き合い、20時頃解散。
せっかくの日曜日。起きたのはお昼過ぎ。なんだか物足りなさを感じていた。麻雀を打ちに行こうか。ただ、雀荘に行くには少なくとも電車に20分は乗らなくてはいけない。
サウナにでも行くか。歩いている途中には、家から1分の場所にあるセット雀荘の前を通る。
基本的にセットを打たない僕は、このお店には入った事が無い。
ふと立て看板が目に入った。
「フリー麻雀始めました」
**”これだ” **
日曜日の物足りなさを解消してくれるのはこれに間違いない。悩む時間なんて無かった。すぐに階段を上り、看板は見慣れている初めてのお店へ。
やはり初めてのお店に入る、独特の緊張感はたまらない。
重いドアを開け、店内を見渡すと麻雀卓が4台。稼働は1卓。"ママ"と呼ばれる女性が1入りのようだ。
「初めての来店ですか?そちらにお座りになってお待ちください」
非常に愛想はいい。受けた印象としては"ママ"だけど、雀荘のママではなく、スナックのママ。
場末感のある雀荘とは、別に汚いお店の事を指す訳ではない。その独特の雰囲気やルール。そこでしか味わえない物がある、日常とは隔離されたような空間の事。そこのお店はとても綺麗だった。床はピッカピカ。壁には可愛らしい絵が飾ってあったりする。
「お飲み物はフリードリンクなのでご自由にどうぞ」
指差されたテーブルの上には、2ℓのペットボトルが4本並んでいた。バーベキューかよ。
なっちゃんオレンジに目が眩んだけれど、いきなり1人でコップにジュースを注ぐ勇気は無かったので、我慢した。
状況は東ラス。ルール説明を読みながら出走の時を待つ。ここの雀荘は禁煙だった。
ピンの1-3。あまり好かないアガリ連荘、一本場1500点なのは嬉しい。赤3面前祝儀の500Pと、変わったルールは見受けられない。ただ、面白い文面はいくつかあった。
・ハイテイ牌はロン以外の発声行為はできない
・ローカルルール、古役は採用しない
※三連刻、二翻しばり、南北戦争、カンぶりなど
ルールブックの内容は、各お店にしか無いもの。場末感を表す指標にもなる。それを見て、早く卓に入りたくなった。南北戦争ってなんだよ。
うずうずしていると、お客さんが来店。坊主でTシャツにジーパンとラフだ。この人物は後にも何回か出てくるので、「ジーパン」と呼ぶ事にする。
「ママに呼ばれちゃったから手伝いに来たよ〜」
そう言いながら、コップになっちゃんオレンジを注いでいる。
「あ、飲みますか?」
僕に言う。何て気が効くジーパンだ。
「結構です、ありがとうございます」
そう言ってまたルールブックに目を落とした。
ここからの卓の会話はまるでスナック。会話の中心はいつもママだった。ママは六十代前半だろうか。愛嬌があり、昔は"ブイブイ"言わせていたと思わせるものがある。魅力的で喋りも上手い。シャツのボタンの間からブラジャーが見える。とても良いお店だと思った。ここが雀荘じゃなければ。
色々観察したところで出番。ルールブックを読んでいたからか、当たり前のようにルール説明は無い。"場末感のある雀荘"ではルール説明など存在しない。
ラス半が一人入っていて、ママの席とラス半の席に、僕とジーパンが入る。それにしてもジーパンはよく喋る。後ろで見ていた、前回のママの手牌についてずっと解説している。牌を扱う手付きや話の内容など、セット麻雀の域を超えていない印象だった。
まずは東発北家スタート。赤赤のカン8sでテンパイ。リーチをかけてツモった。裏は乗らずに満千。親と対面はすぐに点棒とチップを払ってきたけど、ジーパンは払ってこない。まだ前回のママの手牌の話をしている。
「すいません、満貫の二枚です」
しびれを切らして言ってしまった。
「ああ、なんだツモだったんだ」
なんかもう色々とおかしい。でも、"場末感のある雀荘"においては可愛いものだ。自分が悪いんじゃないかと思わせられる。
それからも手が入った。
次局は鳴いて5200を上がり、続く東三局、ジーパンの親。早々に赤1の両面テンパイが入り、曲げる。ジーパンの喋りは最高潮。
「この手は降りれないなぁ〜」
そう言いながら無筋を切る。後ろから見てるママの表情からも、手が入っているのは明らかだ。案の定、二巡後にリーチが入り、リーチ棒を出し忘れるくらい興奮している。少し嫌な予感がした。
「ほらいた〜〜!!」
ツモの発声無しでツモった手牌はメンタンピンツモ三色赤ドラの8000オール。
ママは後ろで拍手していた。
ジーパンは鼻歌を歌い始めた。
その半荘、追い上げも見せたが、二着で終わった。二枚オールを二回ツモったので、少し浮いていた。ここで下家の無口なおっちゃんが、突ラスで席を立った。
「ラス半入れてないでしょ〜」
ママが怒る。カゴを見ると、三万円以上のチップが入っていた。何故かジーパンも一緒になって無口なおっちゃんを引き止める。しぶしぶまた席に座り、ラス半を入れる。なんだこの茶番は。
壁を見渡すと、お客さんのトップ率ランキングと、役満を上がった人の名前と役が貼ってある。"場末感のある雀荘"では、役満を上がるたびに壁にそれを貼り付ける。
無数の張り紙の中に注意書きを見つけた。
"終わる前にラス半コールをお願いします"
・勝っている人は必ず!!
丁寧に赤線まで引いてあった。"場末感のある雀荘"で、勝ち逃げは許されない。これを見て、時計を気にする素振りをしてから、"もしラス"を入れておいた。
それからもジーパンの喋りは止まらない。同卓しているのだから会話の内容は全部聞こえる。対面の小太りで優しそうな顔をしているお客さんは、人材ヘッドハンティングの仕事をしているらしい。ジーパンは無職らしい。無職かよ。
"場末感のある雀荘"ではよくある光景。
内容は人生相談へと変わっていった。過去の役職にすがり、一丁前にプライドは高い。職種も色々と経験した。飲食は嫌だ。三十八歳。独身。ジーパンの話をママが何も言わずにただ頷く。段々ヒートアップしてくるジーパン。
会話にかき消される僕の"ポン"。
一通りジーパンの話を聞いてから、ママが言った。
「いいのよ、自分のペースで」
小太りなおっさんは無言で頷く。ジーパンは理解者がいる事に安心しきった顔をしていた。僕は話に耐えきれず、酒が飲みたくなってきた。
二回目が終わったところでラス半を入れる。
「また来て下さいね」ママが優しく言った。
またシャツのボタンの間からブラジャーが見えた。
結果として成績は二着三回で、+6300P。
チップをツモれたおかげでこの成績でもこれだけ浮いた。駆け足で階段を降り、そのお金でビールを買って家に帰った。
最後に今回学んだ、"場末感のある雀荘"にありがちな事をまとめようと思う。
・ママがいる
・ドリンクがバーベキューのノリ
・南北戦争は無い
・勝ち逃げは許されない
・人生相談が出来る
誤解を生まないよう説明しておくが、タイトルの通り、僕は"場末感のある雀荘"を愛している。国で保護するべきだとも思う。
ママの優しさに触れ、日々の喧騒を忘れて麻雀を楽しむ事が出来た。またママのブラジャーを見に行こうと思う。
以上