銀座ポップとすべらない話の一次オーディションの話
君は銀座ポップという芸人を知っているか?
銀座ポップはオン年49歳で素人童貞の医者の息子である。DJのリズムに乗って左右にぐるぐる歩きながらあるあるを言う芸人で、あるあるを言うときに左に歩きそして右に歩く。重複。
昔大阪の天王寺動物園に行ったときに見たシロクマも銀座ポップと同じ動きをしていた。見た時はたしか真夏で、真っ白な北極の氷を思わせるようなプラスチックの岩擬きの舞台の上を、のっそのっそと狂ったように左端まで歩き引き返しのっそのっそと右端まで歩く。動物の動作特有の一定のリズムを刻んでいる。私はそれが奇妙で珍妙で鬱屈した環境を左右に動くことでしか動物として維持できないシロクマが可哀想で同情をしたものだ。私はそれを銀座ポップに感じている。それはもはやポップではない。哀歌。銀座エレジー。
銀座エレジーと初めて会ったのは、我々太陽の小町がオフィス北野にタレント契約をすべくネタ見せに行ったときだ。タレント契約なんて仰々しく書いているのは当時フライデーナイトライブという事務所ライブがあり、そこでフリーの芸人ネタバトルコーナーで競い合い何度か好成績を収め、さらにその好成績を収めた芸人がオフィス北野に相応しいかどうか、半年に一度開催される審査会という名の客票審査で80%以上の支持があれば所属になるという、客至上主義をそのまま開示されるようなイベントなんてものがあり、そのフリーの芸人が出るコーナーに出るためにもネタ見せを通らないといけない。そのしんどさは大企業の書類審査、一次面接、二次面接、最終面接が二ヶ月に1回あるようなもので、もちろんネタは使い回しのエントリーシートのようにはできず、毎回新ネタ。つまり毎回エントリーシートや質疑応答は新しいものを持っていかないといけない。就職活動をした方がいるならこの仰々しく書く私の気持ちも分かっていただけよう。ま、就活したことないけど。
赤坂の区民センターで行われるそのネタ見せは、フリーの芸人とオフィス北野所属の芸人両方の種類の芸人が玉石混淆よろしくといった感じで集められる。前には偉大な先輩芸人、机を挟んでネタをする芸人、それを後ろから控え芸人達が見守る。先にフリーの芸人のネタを、次に所属芸人のネタ見せを。それはさながらNSCの授業みたいで初心に還らさせられる。
そしてその時の所属組の何組かの中にいたのが銀座エレジーである。
私は最初着替える前の当人とお会いしたが、どこぞの公民館清掃職員であろうかと普通に思っており、格好もTシャツに短パンサンダルとおさっん中のおさっん。おっさんど真ん中ストライク!!豪速球160キロズバッと決まったこれは手が出ない!!髪の毛も白髪混じり、顔面しわしわキンタマフェイス。ここはおじさんが来る場所じゃないよ?と私が大いに訝しんでいると、所属芸人のがじゅまる(当時おしりを叩く芸でテレビに出ていたので知っていた)と何やらにこやかに朗らかに談笑しており、こいつはもしかして芸人なのか?とその可能性が出てきたことに、結局私はまたしても訝しむ結果になっていた。
我々の面接(という形容をしているがつまりはネタ)が終わりフリー組全員が持ち時間の二分を燃やし尽くして中入が入った頃、銀座エレジーは黒いハットにサングラス、金のネックレス、黒いTシャツにジャージという、おじさんには似つかわしくない格好に変化しておりどんなネタをすんねん。前のめりの興味津々。そういえば昔、学生時代、興味津々のことをキョウミツツと読んでいた女の同級生が最近結婚したらしい。おめでとう。お幸せに。しかしキョウミツツと読んだことと彼女の晩婚の因果関係は無いと完全無欠に否定できるわけでは無いだろう。否定の否定。性格の捻れた男の救えない思考指向。
中入も終わり何組かの所属芸人のネタ見せも終わり(覚えてる限りでは昨日のカレーを温めてというコンビが顔面に霧吹きをかけるネタをしていた)銀座エレジーのネタ見せの時間がやってきた。真ん中に机その上にサンプラーという名前だろうか?DJが使うようなやつのディスクの部分がないボタンだけのような装置をセットし、手前には白い紙恐らくカンペ、サングラスをかけマイクを握る。よろしくお願いします。と一声。マネージャーがストップウォッチをスタートする。エレジーが左手を挙げマイクを口に近づける。
ヨーヨーヨー今日は銀座ポップのコンサートへようこそー!
東北訛りでこちらの毒気を少し抜かれる。
それじゃー今日この俺の日常!の現状!訴えるため参上!
ボタンを押し、ビートが流れる。
♪ずんちゃずんずんちゃ
おじさんが若い子に負けじとラップのネタでもするのだろうか?そんなのは観ていられない。歳のいった芸人が若い子がするようなことを頑張ってひた向きにする姿勢や一生懸命からくる失敗を計算して笑いをとるアレが私は嫌いだ。私はそういうアレのタイプだ。
中腰になりビートにのりながらのっそのっそと左右に歩きだす。白熊ウォーキング。
♪イエイワンツーワンツー
♪ずんちゃずんちゃ
♪ヨー、チョココロネがにくい、チョココロネがにくい、チョココロネがほどけて、食べにくい!ちょっと待ったー!
銀座エレジーが装置のボタンを押して音を止める。私は思う。止めるんだ。と。
チョココロネあるでしょ。あれよく食べるんだけど、あれ端の細い方をちぎってチョコを付けて食べるのね。そしたらある日、そのままほどけたあ!受け止めるために皿用意してナイフとフォークで食べた!そんなことなら最初から焼きそば食ったわ!
一同は大爆笑に包まれていた。もちろん私も笑っていた。ヘタウマというのだろうか?どこまで計算しているのか、一瞬では図れないなんとも言えない銀座エレジーのゾーン、エレゾーンに、私たちは渦の中心に向かっているかのように流されさらにそのぬったりまとわりついたヌメリにぬっぷりはまってしまっていた。
次ー!
ボタンを押す。リズムが刻まれる。期待がリズムにのってやってくる。
♪ずんちゃずんちゃ
♪雀入ってきてる。たまに雀入ってきてる。スーパーに、雀入ってきてる。ちょっと待ったー!
たまにスーパーに雀入ってきてますよね?スーパーで働いてたから知ってるの結構入ってくるの。ホントに。天井低いから危ないの、雀。箒で追いかけるんだけど奥とかに逃げちゃって、そっちじゃないよー!
これはあるあるなのだろうか?さらに言えばこれはお笑いなのだろうか?大笑いしながらそのおかしなおかしみも楽しんでいた。
オッケー!
♪ずんちゃずんちゃ
♪たまにつくねとれる。焼き鳥のつくね、たまに串回すだけでとれる。ちょと待った!
焼き鳥のつくね串回すだけでとれるー!!
それから毎回私はネタ見せで銀座エレジーの個人的解釈多めあるあるを見るのが楽しみになっていた。パイの実のあるある。バイト先の駐車場で鳩にエサを与える与えないとかのあるある。など。とにかくおもしろかった。それは私たちが所属した後も変わらず続いていた。だが遺憾ながら事務所の方が先に変わってしまった。私たちは今の事務所にお世話になり、銀座エレジーはオフィス北野に残った。もともとライブが被ったことのない私たちは、それからしばらく会うことがなかった。
ラフィーネプロモーションの太陽の小町です!という挨拶がすんなり言えるようになってきたそんなある日、私はすべらない話の一次オーディションに参加した。このオーディションはグループオーディションで、四人がそれぞれだいたい二本ずつすべらない話をしていくというもので、私は知らん芸人と同じグループになると嫌だなあと思いながらゆりかもめに揺られていた。その日ゆりかもめのあの海の上で大きい円を描いてるゾーンのときにペットボトルのコーヒーを飲んだら睨んできたオバハンを私は一生許さない。
フジテレビの受付の右から三番目に座っていた受付嬢に口頭で案内されたオーディション会場は、深田恭子の楽屋、スピードワゴンの声かすかすの人とパンケーキ食べたい人とのすれ違い(売れている芸人とすれ違うと下唇を噛み締めないといけないから)、などの数々の難関難所を乗り越えた先にあり、その会議室はめちゃイケでよく見る鏡とフローリングと自分が猿なら容易に登れる凸凹の吸音の板。その景色はまさにテレビ画面でよく見たそれであった。その会議室の廊下に行くとそこには同じグループになると思われる芸人が三人既にスタンバっていた。
その中に銀座エレジーがいた。
軽く挨拶をしてオーディション用用紙に今日話すタイトルを4つ書き込みしばらく雑談アンド待機をしているとおもむろにドアが開いて、ADみたいな女の子なのかその女の子がADみたいなのかわからない正にダブルスタンダードと言うべきスタッフさんが疲れた笑顔でどうぞというのでエレジーを先頭に四人揃ってぞろぞろと中に入り左からエレジー、一人飛ばして私、という部屋の着順そのままの席順で着席。
オーディションが始まり2つお話してもらってと軽く説明のあと誰から言いますか?とスタッフ。そしたらエレジーがじゃ僕からいきます。
私はエレジーのこういうところが好きだ。
話始めたすべらない話は駐車場でバイトをしていて火曜日は鳩にエサを与える先輩で木曜日は鳩を追っ払えという先輩。鳩からしたら俺はどっちなんだよ!という話で現場がすごく変な空気になった。エレジーのあるあるネタやん。というツッコミの刃を収めるのに必死であの日あの時赤坂区民センターでエレジーに感じた訝しみは健在だった。スタッフの方がオチを要約して返して場は一応のフフフハハハがあって順番が次の方に。
私の順がきて昔ゲームセンターで働いていて、その会社のトレードマークのインベーダーが背中に入った制服で働いていたが、あるあまりにも暑く大量の汗をかいた日、家でお風呂に入って背中を鏡で見ると汗疹がインベーダーの形をしていたという自虐の話をした。
一周して銀座エレジーのターンがやってきた。彼は居酒屋で焼き鳥を頼んだとき、つくねはたまに串を回すだけで取れるときありますよね。というあるあるをまた言った。
もういいよというのと待ってましたが丁度半々の笑いが起き次の方に。
其々がエピソードトークをして無事なにも跳ねずにオーディションは終了。無事が一番。無事が何より。
会場を後にして駅までの道のりをエレジーと。すべらない話のもう一本は何ですか?と質問すると、たまに雀がスーパーに入ってくることありますよね。またまたあるあるだった。
それ銀座さんのネタですよね?あるあるネタすべらない話でせんほうがええんちゃいます?と言うと
俺のは事実だから。嘘じゃないから。の一辺倒。
そのあと彼は有村架純と佐々木希とヒラリー・クリントンがタイプだと言い出し後輩皆を困惑させていた。
私は銀座エレジーが好きだ。哀愁も合間って本当に笑ってしまう。腰から力を抜かれるような、膝がふにゃふにゃになるような、そんなお笑いに。
そんな彼は真正面から私のエピソードトークが面白いことと、今までツッコミを外したことが一度もないと思っているらしく、直接でも直球で誉められた。私は強力な武器を手に入れたようだ。