ラフターナイト×タクシー

雨の金曜日はタクシー運転手にとっては書き入れ時だ。

私は普段タクシーの運転手という業種のバイトをしている。それを人に言うとよく言われるのが、タクシーのバイトってあるんだ!で、それに対して私の返答は、あるんですよー。だ。なんと無益な会話だろうか。折角の自分に向けてくれた知的好奇心をいたずらに最小に収めようとしてるかのような、全く面白味のない返答をする自分に辟易する。

タクシー運転手の1日の流れはあまり知られていない。もちろん会社によって違うのだが、私の場合は朝6時に起きて出社、7時の点呼を受け出庫し、東京23区と武蔵野三鷹のどこを走ってもよい。休憩時間は3時間ほどを好きなタイミングで取ってよく、深夜25時に帰庫して車を洗って売り上げを報告して終わりといった流れである。休憩を含め18時時間労働ということになる。

給料形態は歩合制で大体6対4の6。しかし1日に180キロ走らないと半給にされてしまう。180キロってのがパッと分かりにくいと思うのだが、東京からなら静岡の先の方や長野の真ん中、新潟の手前くらいの距離である。それを毎回出番のときに強いられる。これが個人的にはなかなか苦痛である。

とにかく乗せれば乗せるほど自分の給料が増えるので、つまり利用者の増える雨、次の日が休みの金曜日は書き入れ時なのである。

前回の金曜日、私は特殊な状況にいた。TBSのラフターナイトという、金曜の24時から始まるラジオ番組に我らが太陽の小町のネタがオンエアーされるのと、私のタクシーの出番が同じ日になっていたのだ。

私はそれを面白がって同期のキノコ頭ぽちゃぽちゃ白腹男、通称えとちゃんに話していた。
「あのさー、そういえばさー、ま、ええっちゃええねんけどー、(だらだらと本題に入る前に気だるそうに言うのが安田一平なのだ)」
「どうしたん?」
「ラフターナイト受かってんけど、その放送日がさ、タクシーのバイトの日やねんー。」
私はここで最悪やなー。とか、自分の声聞きながら運転かー!とか、正直へちょいかえしを期待していた。なぜなら受かったことを誉めてほしいし、その良くない状況で労ってほしかったからだ。
しかし
「よかったやん!そしたら絶対客乗せて聞かせろよ!生の反応を見れるん最高やん!」

最悪なりけり。言うんじゃなかった。タクシーで客との会話一切0やねん。と言ってももう遅く、詰められて詰められて五月末。売れない歌謡曲。客を乗せてラジオを聞かせることを約束させられた。

憂鬱。

当日は朝から小雨が降ったり止んだりで、中々の成績が期待できそうな生憎の天気だった。
7時の点呼を終え、出庫。高級住宅街を流す。流しながら、朝の出社の人からの無線を待つ。しかしいつもなら7時30分までに無線なりなんなりがあるのだが、今日は何もない。8時。あれあれ?というところで無線が入った。やっとか。そこから1日が始まったのだが、終始リズムがよくない。街にあまり人がいない。そのままダラダラ営業成績も伸びず何回かの休憩をとり、夜に差し掛かった。

22時から3割増しになる深夜帯に突入する。この時もいつもの金曜のような賑やかさはなく、街にあまり人がいない。思わずムゥーと幻の大陸といった感じだった。
23時45分に一人下ろしてそれから無人無人無人。時刻は23時57分。もう無理だ。約束を果たせない!ごめん!

そう思った鎗ヶ崎。一組のカップルが手を挙げた。金の面ではお!ラジオの面ではうわー。私はラジオの音量を少しあげて乗せた。
「すみませんー!駒沢通りを右に行ってくださいー」
「はい、かしこまりました。」
「それでさー、あーなってこーなってー」
お酒を飲んでるのか盛り上がるカップル。

24時になり、ラフターナイトが始まる。冒頭の説明。今週の挑戦者は、なにがし、太陽の小町、だれそれ、まるまる。
南無三。

CM明け、恥ずかしさと緊張で高鳴る鼓動を抑え盛り上がる客の会話に割って入る。

「すみません、私普段芸人をしているんですけど、」
「マッジー?運転手じゃないんだー?」
「はい、運転手は、バイトでして」
「運転手のバイトとかあるんだー!」
「あるんですよー。それで今からこのラジオでネタが放送されるんですね。」
「うそー!ラジオで!?すごくね?」
「だから聞いてもいいですか?」
「全然全然ー!聞きたい聞きたいー!こんなことってあるんだー!」
音量のつまみを捻る。
♪今週の一組目はなにがし!まるまるです!ばつばつです!僕らのネタを聞いてください!
「え?これ?」
「いえ、僕らは太陽の小町というコンビなので次ですね。」
「スッゴい楽しみー!」
♪どうもー!なにがしです!よろしくお願いいたします!こんなこんなであんなあんなでー。そしたら俺があれしてやるよ!
「ずっと真っ直ぐでいいですか?」
「はい!環七の手前までで!」
♪そんなのってひどくない?ひどくないよ!偏見がすごいよ!
「まだですかねー?」
「まだ中盤ですからねー。」
♪なんなんだよ!お前が言ったんだろ!
「ちょっと早くしてくれないと着いちゃうよー」
環七の手前までもう手前まで来ていた。
「あーあ。着いちゃった。すみませんーここで降りますー!」
「え、はい。千うん十円です。」
「芸人頑張ってください!」
「ありがとうございます。恥ずかしいです。ネタを聞いてとか言って聞けなくて」
「あはは、恥ずかしいとか言ってるー!」
外から手を降られながら車を発車した。
♪いつまで言ってるんだよ!もういいよ!どうも!ありがとうございましたー!
二組目はラフィーネプロモーション所属、つるさん安田一平さんのコンビです。

丁度ネタが終わっていた。

キノコ頭ぽちゃぽちゃ白腹男。ごめんな。

https://youtu.be/66mR9LA3_1g

いいなと思ったら応援しよう!

安田一平 (太陽の小町)
サポートしてほしくない訳じゃない。サポートしてもらって素直にありがとうございますと言えないダメな人間なのです。