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スタートアップと人事労務①ーEXITとの関係

スタートアップと人事労務の諸問題について、シリーズとして検討していこうと思います。今回は総論的な話です!

(1)上場への影響
 a.上場と人事・労務
 スタートアップとしては、自社の有するリソースのうち、「人」が占めるリソースが大企業に比して相対的に大きく、優秀なメンバーに出会い、そのメンバーと継続的に事業に取り組んでいけるか否かが重要なポイントの1つとなる。
 そのため、優秀なメンバーにとって魅力的な会社であるべく、人事制度を整え、各種ハラスメント行為等の不祥事を起こさないことも重要である(後述のM&Aにおける人事DDに対応するもの)。また、上場にあたっては、多額の潜在債務は上場への大きな支障となりうるところ(後述のM&Aにおける労務DDに対応するもの)、労務関係の簿外債務や偶発債務が発生しない仕組みづくりをすることも非常に重要となる。

 b.上場準備段階における労務管理の重要性
 近年の上場審査においては、労務管理に関する審査が重要視されており、労務管理が適切になされていない場合、上場準備の大きな支障となりうる。特に、残業未払金に関しては、賃金請求権の消滅時効が2年から3年(最終的には改正民法に合わせて5年も視野に入れられている)に延長される見通しであり、今後益々、上場審査との関係における労務管理の重要性は高まっていくものと考えられる。
 また、人事制度についても、労働関連法規を遵守できるような体制に整えておかなければ、継続性や健全性が不安定であり、上場会社としてふさわしくないと判断されるリスクもある。
 上場審査においては、これら労務に係る大きな問題があると、この点について、弁護士が作成する意見書の提出を要求されることもある。

 さらに、多くのスタートアップにおいては、人手不足の問題もあり、長時間労働をしがちであるが、上場準備の過程においても、その業務量は一層増加し、労務管理はより困難となっていくため、上場準備に至る前に、人事労務の制度・体制を整えておくことが望ましいといえよう。
 なお、上場審査にあたって、人事労務面で確認される項目の概要は以下のとおりである。

・各種労働法規の遵守
・労基署への届出等が適切になされているか(特に就業規則)
・従業員に対する労働条件の書面による通知がなされているか
・従業員に対して就業規則が周知されているか
・労働時間の管理が適切になされているか
・36協定が適法に締結・運用されているか
・未払い賃金の有無及び額
・労使協定が適切に策定・締結されているか
・労使間における紛争の有無及び内容
・各種健康診断の実施の有無
・産業医及び衛生管理者の有無
・各種ハラスメントの防止策等の有無
・非正規従業員の労務管理
・高齢者雇用、男女雇用機会均等法、障がい者雇用等への対応
・各部門への人員の適正配置の有無
・従業員の定着率
・各種社会保険等の加入・運用が適切になされているか
・労災発生時の対応
・労基署からの指導の有無


(2)M&Aへの影響
 近年においては、労務系のコンプライアンスへの関心の高まりもあり、また、未払い残業代等の労務問題は企業価値の算定に直結しうることもあり、労務・人事に関するDDの重要性は高まっている。そして、M&Aの実行にあたっては、人に係る調査を調査項目の性格により、定性的なもの(所属している人や、人事制度及び労働法制上のルールの遵法度合い等の事項)については人事DD、定量的なもの(割増賃金の未払いや、健康保険法等で強制加入の対象となっている被保険者の加入手続き漏れによる社会保険の未加入など財務に直接影響する事項)については労務DDと区別されることがある。以下、各DDにおいて、いかなる項目が調査され、どのように評価されるのか等といった点を概観する。
 そして、労務DDにおいては、専ら、対象企業の潜在債務の有無及び額を調査することとなる。他方、人事DDにおいては、対象会社が労働法制をどの程度遵守できているか、及び専らPMI(Post Merger Integration )に向けた人事制度等の人事全般にわたる事項を調査することとなる。
 これらの調査事項の概要は以下のとおりである。

労務DD

・未払い賃金
・退職給付債務
・社会保険(健康保険、厚生年金保険)
・労働保険(労災保険、雇用保険)
・労基法上の労働時間
・労基法上の管理職
・解雇
・取締役・個人請負型就業者の労働者性

人事DD

・就業規則
・懲戒制度
・労働契約の終了
・労働安全衛生
・パートタイム労働者
・派遣労働者
・外国人労働者
・改正育児・介護休業規程
・助成金の受給状況
・経営理念・人事理念等
・人的資源の分析
・人事制度
・福利厚生
・ 労働組合

(3)未払賃金
 これらEXITに大きく影響を与えるものであり、多くのスタートアップにみられる問題点としては、割増賃金が適切に支払われていないという点である。本来、従業員が、時間外労働、休日労働、または深夜労働をした場合には、以下に示すとおり、所定の割増賃金を支払わなければならない。

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 ただし、1か月の時間外労働が60時間を超えた場合には、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の50%以上の割増率で計算した割増賃金を支払う必要があるものの(労働基準法37条1項ただし書)、以下の「資本金の額又は出資の総額」又は「常時使用する労働者数」に定める条件を満たす場合には、割増賃金支払いの適用が猶予される(労働基準法138条)。もっとも、この猶予措置は、改正により撤廃されることとなり、2023年4月1日以降は以下の要件を満たす企業であっても、大企業と同様に50%の割増賃金を支払う義務を負うこととなる ことには留意したい。

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 これらの割増賃金の支払は大きな負担となるため、多くのスタートアップにおいては、次回以降紹介する各制度を活用し、支払賃金額の総額を抑えようとしているものの、制度の策定や運用が適切になされておらず、各スタートアップが想定していなかった未払賃金債務が発生し、後に従業員から請求がなされたり、DDや上場審査において係る点を指摘される場合も少なくない 。そこで、次回以降、各制度について制度概要を紹介しつつ、いかなる対応をとるべきかを検討する。

弁護士 山本飛翔

Twitter:@TsubasaYamamot3

拙著「スタートアップの知財戦略」

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