東京地判令和元年(ワ)第31214号(塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法)

【概要】
組成が記載されている主引例に対して、物性値が記載された副引例を組み合わせるにあたり、動機づけがないとされて数値限定発明特許の進歩性が肯定された事件

【発明の内容】
原告(旭化成)が製造する「サランラップ」に関する発明。

【進歩性欠如のロジック】
主引例には組成が記載されていたが、物性値の記載がなかった。このため、物性値が記載されている引用例2を組み合わせる構成で進歩性欠如が主張された。

【一致点・相違点】(物性値a、b、dは主引例に記載がなかった。)

【裁判所】以下のように判示して進歩性を肯定した。

「しかし,そもそも,主引例である引用例1-2(乙12)には,ラップフィルムの性能としての「密着性」や「カット性」についての記載はあるものの,これらと関係する物性としての「引裂強度」や「引張弾性率」についての記載はなく,それらの数値範囲の設定が課題であるとの示唆もないから,引用例1-2に接した当業者において,様々な物性の中からあえて「引裂強度」及び「引張弾性率」に着目して,引用例2を適用する動機付けがあるとはいい難く,上記相違点を容易に想到し得たとはいえない。」

「引用例1-2及び引用例2には,「低温結晶化開始温度」についての記載はなく,その数値範囲の設定が課題であるとの示唆もないから,引用例1-2(及び引用例2)に接した当業者において,様々な物性の中からあえて「低温結晶化開始温度」に着目する動機付けがあるとはいえず,上記相違点を容易に想到し得たとはいえない。被告の上記主張は採用できない。」

【コメント】

主引例に組成は記載されているが物性値が記載されていない場合に、当該物性値が記載されている副引例を組み合わせて進歩性欠如を主張することはよくある。ただ、数多くある物性値の中から、当該物性値に着目して数値範囲を設定することの動機づけがあることまで要求されるので十分に注意する必要がある。単に当該物性値が開示されているというだけでは、組み合わせることができないのである。

この場合は、着眼点を変えて、クレームに含まれる技術的変数の技術的意義を徹底的に深堀して、従来から知られている課題の言い換えにすぎないことを立証できないかを検討することも有益である。

例えば、本ケースであれば、①特許発明の課題である「裂けトラブルの抑制及びカット性の向上」が公知の課題であることを示し、②「引裂強度」、「引張弾性率」がどのような技術的意義を持っているのかということを、明細書や技術常識を十分に調査して把握し、③その上で、「引裂強度」、「引張弾性率」の下限と上限を数値限定することが、「容易に裂けないこと」「カット性がよいこと」と同義の技術的変数であり、「裂けトラブルの抑制及びカット性の向上」という公知の課題を言い換えてクレームしたに過ぎないことが技術的に無理なく言えるかどうかを検討する、ことになる。

本ケースにおいて、「引裂強度」、「引張弾性率」は、引き裂きに対する強さや引っ張った時の弾性率であるので、これらが低すぎると裂けトラブルが発生しやすく、高すぎるとカット性が悪くなることは、直感的には言い換えに過ぎないと立証する余地があるように思える。つまり、特許発明の課題である「裂けトラブルの抑制及びカット性の向上」が公知の課題であることが立証されれば、クレームの「引裂強度」、「引張弾性率」の数値限定部分は、公知の課題と同じことをクレームしただけであり、当業者であれば誰でも着目し、数値を設定できると主張する余地がある。

以上、裁判例を紹介するとともに、関連して、特許発明の構成要件を具備することを重視するアプローチだけでなく、数値限定に関する構成要件の「当たり前さ」を技術的に立証することを重視するアプローチも有益であることを紹介した。


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