短編小説「いつまで女子会」
ナオはさっきから30分ばかり、延々と子どもができないことを嘆いている。結婚をしてみたら子どもができなかったなんて、私に言わせれば「本末転倒」だ。そう思うけれど、もちろん口にはできない。
大学時代の仲間3人で集まった土曜のランチ。契約栽培の野菜を売りにしている青山のカフェは、地下で日当たりも悪いのだが、オーガニック・ブームの草分けということでいつも繁盛している。体にいい味がして、正直おいしくはない。
今回このお店を選んだのもナオだし、1年ほど前にあった友人の結婚式以来、「定期的にみんなで会おうよ」と言いだしたのもナオだ。
結婚して3年。ナオは、ここのところ熱心に不妊治療を続けているが、どうやら旦那さんのほうに問題があるらしい。彼は治療にあまり積極的ではない。
この話題になると、いつも快活なサオリとしてもテンションが下がらざるを得ない。
サオリはいわゆるシングルマザーで、大学時代の彼とそのまま結婚した彼女は、夫の留学のタイミングで、それまで勤めていた外資系金融を辞めアメリカについていった。現地で娘を産んだけれどその後夫の浮気が発覚。それならばとさっさと離婚して、帰国して待遇のいい企業に転職したキャリアウーマンだ。
合理的な性格で、大抵の悩みにはすぐに解決策を出したがる彼女も、不妊の悩みには強く出られない。自然と会話はナオの独壇場となる。
コースの料理はボリュームも少なく物足りなかったけれど、デザートの黒糖のアイスクリームはおいしい。「お」と静かに目を見張っていると、
「で、ケイコは、最近どうなの?」
「そうそう! 誰かいい人いないの? よかったら、紹介しようか?」
そら来た。ナオの話が一段落すると、話題はお約束のように私に降りかかってきた。結婚もしてないし子どももいない私は、マイペースな変わり者のように思われている。
「まあ、いろいろとね」
と軽くいなす。
「でもほら、ふたりを見てると、結婚もなかなか大変そうだなって。私にはまだ早いよ」
「そんなことないよ! 結婚ってほんといいものだよ。彼とは今回のことで、かえって絆が深まったっていうか」
「そうそう。私だって機会があれば、もう一度したいと思うし」
根がまじめな二人は、滔々と結婚の素晴らしさを説いてくる。これでは母親や親戚のおばちゃんと変わらない。いつものことだけれど、さすがにうんざりしてコーヒーに手を伸ばす。うん、これもおいしい。なるほど、自然食はデザートタイムが楽しいんだな。
私の「つついても何も出ませんよ」というサインは彼女たちも慣れっこなので、それ以上はつっこまず他の話題に移っていく。
大学入学以来だから、かれこれ15年ぐらいのつきあいになる。在学中はそこそこ仲が良かったし卒業旅行も一緒に行った間柄だけれど、最近とみに話題がかみ合わなくなったのを感じる。
就職してすぐのころはそうでもなかった。が30を少し回ったいま、そのズレは決定的になりつつある。そう感じているのはわたしだけではないはずだ。
ナオは、まだ見ぬわが子の受験計画に夢中だし、サオリはといえば、運用している不動産について話したそうだ。残念ながら、私はそのどちらにもまったく興味がない。
若いころは、ファッションのこと、彼氏がベタベタしてきてうっとうしいこと、仕事の愚痴など、他愛もない話がいくらでもできたものだが。
と、テーブルの下に置いたカバンの中で携帯が鳴った。友人の転職について話しているふたりに相づちを打ちながら、画面にそっと目をやる。
「今日、何時に来れる?」
フジサキさんからだ。
「6時ぐらいかな。あとで、またメールします」
机の下でささっと返信する。
「だいじょうぶ? 彼氏?」
「え、ケイコ、つきあってる人いるの?」
ふたりが目を輝かせるので、
「そんなんじゃないよ。今日、夜、友達とお芝居を見に行くから」
とかわす。
「お芝居か~。私、最近見てないなあ」
「私も~。あ、あの映画見たよ。ほら、なんだっけ、あのアカデミー賞のやつ」
私も話の輪に戻るけれど、頭の中は今夜フジサキさんがしてくれるであろう指の動きでいっぱいだ。顔が熱くなるのを感じる。
フジサキさんは私が勤める外資系資材メーカーの事業部長だ。年齢は56歳。バツイチで自分のことを「レオンおやじ」と自虐的に自慢する遊び人で、半年ぐらいのつきあいになる。
ここ数年、私はずいぶん年上の人としかつきあっていない。あの世代が見せる男らしさには正直しびれる。お金の使い方がスマートで、私のことをいつもお姫様扱いをしてくれるし、なんといってもセックスが上手だ。顔には確かにシワやしみがあるけれど、ジムに通って節制している人も多いので、首から下は立派なものだ。
私だって内心は、フジサキさんがいかに熱烈に口説いてきたか、先週連れて行ってもらったバーがいかに素敵だったかなんてことを誰かに話したい。
けれどこのふたりには、以前不倫の話をしたときに「そんなに?」と言いたくなるほどの過剰反応をされたので、こうした話はしにくい。
子どもについても、フジサキさんの子種をもらうことはうっすらと考えている。彼なら十分な経済的補助をしてくれるだろうし、むしろ結婚よりもハードルは低いはずだ。
なんていう話も、ふたりにはできない。だから最近の私は、おおむね聞き役だ。
サオリの娘の習い事(この近くでバレエを習っている)が終わる頃合いをきっかけに、私たちは会計してもらい、それぞれの携帯を見ながら次回の予定を話し合う。
「今度は、お花見の季節とかどう?」
「いいね~」
「子ども預けられたら、夜とかもいいんだけどねー」
子どもが欲しい主婦のナオと、バツイチ・子持ちのバリキャリのサオリと、いい年をして独身でフラフラしてる私。
私たちは自分の幸せを確認するために、こうして会っているのかもしれない。お互いがお互いをうらやましいと思わない関係はこの年になると稀少で、そう考えると、私たちは絶妙の組み合わせだ。
店を出た私たちは、青山通りを別々の方向に歩き出した。
photo by Rodrigo Senna