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16. 読んだ本の話、2021年1月~2月から

前回に続き、本の話。1回目の緊急事態宣言時は、初めてのことで落ち着かなくて、色々なことを試みたりして意外とすすまなかった読書、年末から2月にかけては、1月20冊のペースでかなり集中的に本を読んだので、そのころの備忘録。

① 「The Death of Truth 真実の終わり」ミチコカクタニとそこから派生したあれこれ

まず、元旦に読んだのが、これ。全米で最も恐れられ影響力があったといわれた New York Timesの 伝説の超辛口書評家(SATCでキャリーまで恐れていた笑)、日系アメリカ人 ミチコカクタニが、2017年に引退して翌年初めて出した本。好き嫌いはあると思うけれど、私は新年1冊目にこれを日本語版で再読してよかったし、アメリカの政治状況やポストモダン、ネットやSNSについていろいろ考えた。ここからの派生で矢野久美子著「ハンナアーレント」も再読、イーライ・パリサー著「フィルターバブル」ニコラスGカー「ネットバカ」を読んだり、そこからさらにメアリアン・ウルフ著「プルーストとイルカ」と「デジタルで読む脳X紙の本で読む脳」へと派生した。
「ハンナ・アーレント」から派生したのが、「構想された真実  Truth Imagined」、不思議な哲学者 エリック・ホッファーの自伝。7歳から15歳まで目が見えず、18歳で天涯孤独の身となり、20代後半からの約10年は季節労働者として放浪、40歳からの25年間は、サンフランシスコで沖仲仕となり、正規の教育を受けたこともないのに、大学の教科書で数学、科学、物理、地理などを独習して、仕事以外はひたすら読書と思索の日々を送った「沖仲仕の哲学者」。1951年 40代後半の時に刊行された「The True Believer(大衆運動)」を皮切りに、1983年に81歳で亡くなるまでに数多くの著作を残した。研究所の職を用意された時も「本能的にまだ落ち着くべきときではないと感じ」て、季節労働者としての放浪生活に戻ってしまうホッファー、晩年、沖仲仕を引退した後には、UCバークレーにも招聘されている。
ホッファーのはじめの著作、ユダヤ教や原始キリスト教、ナチズム、民族主義運動、共産主義など古今東西の大衆運動を分析し、なんらかの理由でみずからの人生に欲求不満を抱えている人々が、自己存在の意味を求めて狂信的に運動へのめりこんでいく心理、そしてそれを推進力に運動が拡大していくメカニズムを書いた「The True Believer」は、アーレントの「全体主義の起源」と同じ1951年に発表されている。アーレントは、1955年2月から6月にかけてカリフォルニア大学バークレー校の政治学部で客員教授をつとめ、その際知り合った、まだ「哲学する沖仲仕」だったホッファーを「砂漠のなかのオアシス」と呼んだ。

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② 「侍女の物語(Handmaid‘s Tale)」「誓願(The Testaments)」メアリー・アトウッド、”Boomer Remover”と「老いぼれを燃やせ」

そして1985年出版の Margaret Atwoodの 「Handmaid's Tale (侍女の物語)」。アメリカでは、2017年1月の大統領就任後、翌月にはベストセラー入り、同年4月には、Huluのオリジナルドラマの配信開始もあり(その年のエミー賞で8部門を制覇)、アマゾンの 2017年「最も読まれた本」 になったという話題作だった。2019年の34年ぶりの続編「The Testaments」の翻訳「誓願」が、日本では2020年10月に出たので、アメリカ在住時に読んだ前作も翻訳で読み直してから2作続けて。Margaret Atwood  いわく「自分はこれまでの歴史上や現実社会に存在しなかったものは一つも書いたことがない」 。現実社会との関連がどうかはさておき、面白かったしいろいろ示唆に富む。

ところで、昨年春、コロナ禍が深刻になりはじめたころ、アメリカのミレニアル世代やZ世代と言われる若い世代の間でトレンドとなったといわれる 「Boomer Remover」という言葉、つまり、高齢者のほうがリスクが高く重症化しやすいといわれたコロナウィルスは、「高齢者(ベビーブーマー世代)除去ウィルス」だ、と。
「地球が、これまで地球環境をダメにしてきたブーマーを殺すウイルスを作り出した。だからコロナは『ブーマーリムーバー』」。
Margaret Atwoodの5~6年前の短編に若者たちが ”Move Out" ”Time to Go" "It's our turn" というスローガンをかかげて老人ホームを焼き討ちにする"Our Turn Movement"が起こる「Torching the dusties」という短編があって「誓願」の翻訳者 鴻巣友季子さんが、この話が「ブーマーリムーバー現象」と重なる、アトウッドは、これまで多くの社会問題を、それが表面化するはるか前に「予言」してきたけれど、これもその例、と、「老いぼれを燃やせ」という邦題で訳したものを昨年夏「文藝」2020年秋号に発表 (原作は短編集 「STONE MATTRESS」に収録)。"They say we've had our turn, those our age; they say we messed it up. Killing the planet with our own greed and so forth."・・「Boomer Remover 現象」で盛り上がるなんて悲しいし一部なんだろうけど(多分・・・)、そしてこの短編が現実を「予言」しているかどうかはともかく、社会の高齢化が問題なのは確かだし、若い人の不安、不満、閉塞感は、特にコロナ禍で拍車がかかっている。なんだか身につまされる・・・あ、暗い話になってしまった。だからどうすれば、というところまでいかないのだけれど、まずは現実を直視しなくては。
日本は、「逃げ切る」高齢者のつけを次世代、若者に負わせることのないように、社会も政策もシフトしていかなくてはならないという点では、アメリカ以上ではないか。

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③ 「THE TRUTHS WE HOLD  ― An American Journey」カマラ・ハリスの自伝から「歌え、翔べない鳥たちよ 」マヤ・アンジェロウ自伝、大統領就任式の詩の朗読 アマンダ・ゴーマン「The Hill We Climb」

(「私たちの真実 アメリカン・ジャーニー」)女性・黒人・アジア系といくつもの「初」がついた副大統領の就任記念に、Kamara Harrisさんの自伝「The Truth We Hold」を読む。この本は、2019年1月21日の「キング牧師記念日」に2020年大統領選挙への立候補を発表する直前の1月8日に児童書版と同時に出版された。つまり、まだ全米でそれほど知名度が高くないハリス氏が、自分を知ってもらうための本なので、万人に読んで理解してもらうために、非常に読みやすい英語で書かれている。2021年6月に翻訳も出版されたけれど、英語で彼女自身の言葉を読むのもいい。

黒人初の副大統領の自伝を読んだあと、アメリカにおける黒人がテーマの本を続けて読んだ。
まずは、詩人でもあったマヤ・アンジェロウの自伝「歌え、翔べない鳥たちよ」。
人種差別の激しかった南部で生まれ、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師とともに公民権運動に参加した活動家でもあり、アフリカ系であるがゆえに受けた屈辱や苦難の人生を綴った自伝。
バイデン大統領・ハリス副大統領就任式の白眉となったのは、22歳のアフリカ系桂冠詩人アマンダ・ゴーマン氏の歴史的なスピーチと自作の詩「The Hill We Climb」の朗読。内容も朗読のパフォーマンスのすばらしさも多くの人に強い印象を残した。特に美しかった、流れるような手の動き、彼女の指に光っていたのは、鳥籠の中にいる鳥をモチーフにしたゴールドの指輪。これは、まさに「歌え、 翔べない鳥たちよ」の原題「I Know Why the Caged Bird Sings」にちなんだデザインで、オプラ・ウィンフリーがプレゼントしたもの。マヤは、アマンダが最も影響を受けた人物の一人であり、ビル・クリントン元大統領の就任式で詩を朗読した。
オプラ・ウィンフリーは、アマンダが詩を朗読した大統領就任式の日に、「I have never been prouder to see another young woman rise! Brava Brava, @TheAmandaGorman! Maya Angelou is cheering—and so am I.」とツウィ―トした(マヤは2014年に亡くなっている)。

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④「見えない人間 Invisible Man」ラルフ・エリソン
「地下鉄道」コルソン ホワイトヘッドと「ウォーターダンサー」タナハシ・コーツ

続いて、戦後アメリカ文学の最高傑作の一つといわれる「見えない人間 Invisible Man (1952年)」と、ピュリッツァー賞、全米図書賞ほか数々の賞を受賞した「地下鉄道(2016年)」を。
どちらも、暗澹たる気持ちになるし、涙なくしては読めない。
“地下鉄道”は、19世紀、アメリカの黒人奴隷を奴隷制が認められていた南部諸州から、奴隷制の廃止されていた北部諸州やカナダまで亡命することを手助けした地下組織、その逃亡経路のことなのだけど、小説「地下鉄道」は、これを、本当の鉄道として描いており、その部分などで 少し“SF”、”ファンタジー”色がでていて、SF長編小説を対象とするアーサーCクラーク賞を受賞していたりもするけれど、内容はあまりにリアルで残酷な現実を映していて、とても「ファンタジー」とはいえない。
そうしたら、先月、2021年9月に、やはりこの“地下鉄道”を描いたタナハシ・コーツ著「ウォーターダンサー」の邦訳がでたので、ちょうど読み始めたところ。父親が元ブラック・パンサー党員で、黒人に関する出版社を経営していたという、アフリカ系アメリカ人を代表するジャーナリスト・タナハシ・コーツ(Ta-Nehisi Coates 日系じゃない 笑)による初めての小説。2019年9月に出版され、オプラ・ウィンフリーが絶賛、「ニューヨークタイムズ」のベストセラー1位となり、すでに82万部を超えるベストセラーに。ブラッド・ピットとオプラ・ウィンフリーによる映画化も決定しているとか。トニ・モリソンは「ジェームズ・ボールドウィンの再来」と評したという。
ブラッド・ピットとオプラ・ウィンフリーによる映画化がはやばやと決定している。

⑤「災害ユートピア」レベッカソルニックと「Humankind~A Hopeful History」ルトガー・ブレグマン(邦題「Humankind 希望の歴史」)

アフリカ系アメリカ人の苦難の歴史を続けて読んだあと、今度は、人間の善性を信じられる本が読みたくなって、この2冊。
災害ユートピア」の原題は、「A PARADISE BUILT IN HELL」。
世界で賞賛される、大震災の後などの「お互いに助け合い、秩序を持って行動する日本人の姿」、実は災害時のそうした行動は、日本人だけではなく、世界中で共通なのだ。「大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるがそれは真実とは程遠い」「緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す」と。そこにみられるのは、「利他主義・相互扶助・団結・連帯」(それに比してエリートたちは ”エリートパニック”を起こし、事態を悪化させるという)。
コロナ禍が始まった春、世界で「世界的危機は、世界を変えるチャンスでもある」という議論が活発で、ユヴァル・ノア・ハラリジャック・アタリといった”世界最高の知性”が「利他主義」を口にし、特に、かねてから「利他主義」を主張していたジャック・アタリは、「パンデミックと言う深刻な危機に直面した今こそ『他者のために生きる』という人間の本質に立ち返らねばならない。協力は競争よりも価値があり、人類は一つであることを理解すべきだ。利他主義という理想への転換こそが人類サバイバルのカギである」と改めて連帯と利他主義への転換を呼び掛けた。
「災害ユートピア」でも、結局自然発生した利他主義や連帯が少しなりともその後の社会を変えるのか、持続するのかが問題で、現在のコロナ禍は、地球規模の「災害」ともいえるけれど、はっきりと目に見える大惨事ではないこと、緩やかに長く続いていること、また、人間がフィジカルな接触を断たれがちで「肩を寄せ合うことができないこと」が「災害ユートピア」で描かれる、利他や相互扶助、連帯、団結が自然発生する災害の「現場」と事情を異にしている。オンライン、SNSでのつながりは密になっているけれど、利他や連帯、互助、そして終わった後の世界、どうなんだろう。コロナ禍が長引くなか、「利他」ということばは、めっきり聞かなくなってしまった気もする。
もう一冊、オランダの若手歴史家・ジャーナリスト、32歳のルトガー・ブレグマンの「Humankind- A Hopeful History」。2020年6月に英訳が出て世界的に大ヒット。 まだ翻訳が出ていなかったけどどうしても読みたくて、オランダ語はさすがに無理なので英語版を。
 歴史上の出来事が「人類は本質的に優しく、思いやりがあり、助け合う(Our true nature is to be kind, caring and cooperative)」存在、人類は自己中心的どころか人と助け合うことを選ぶことを示し、人を信頼して行動することでもっとよい世の中にできる、というポジティブなメッセージ。ハラリ氏も推薦し、英ガーディアン紙が「2020年の『サピエンス全史』的一冊になっても不思議ではない」という本書、「ファクトフルネス」、「サピエンス全史」に続く合理的楽観主義の大傑作とも。
本書でも引用されているけれど、約10年前、2011年発刊のスティーブン・ピンカー「Better Angels of Our Nature(邦題:暴力の人類史)」も、「人間社会における暴力(戦争、殺人、暴力犯罪、レイプetc)は有史以来減り続けている」と言っていた。
今年7月には邦訳がでたHumankind、日本語版には「人類が善き未来をつくるための18章」という副題がついている。
人間が、自分たちの歴史をふりかえって善性を見出し思い出し、信じることによって、「善き未来」を作っていけるのでは、という希望をもちたい。

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