13分48秒の奇跡。――宇宙は13:48の眠りにつく 解説
このテキストは土田じゃこさんの短編小説「宇宙は13:48の眠りにつく」の解説です。
万が一、じゃこさんの小説を未読の方がいらっしゃいましたら、こちらをお読みになられる前に、まず本編をお読みいただきますよう、よろしくお願いいたします。怖ろしいほどのネタバレをしております!!
「宇宙は13:48の眠りにつく」前編 中編 後編 あとがき マガジン
音楽は世界共通の言語である。
これは、時代を問わず、揺らぐことのない真理。そして。
わが子の無事の成長を願わぬ親はいない。
これも真理、だろうか。実はこれには、わたしは疑いの念を持っていた。
もしも究極の選択が迫った場合、自分は迷わずわが子を優先できるだろうか。災害が起これば? 目の前にナイフを持った通り魔が出現したら? 命を差し出し、潔く我が子に未来を託せるだろうか。
こんな親としての存在をかけた揺らぐ気持ちに、本作「宇宙は13:48の眠りにつく」は、勇気を与えてくれた。命を賭して事にあたれば道は、必ず開けると。
第3宇宙公共共同体・トリーを目指す、ささやかなホウムシップ。ヤシマ夫妻とそのひとり息子が乗る船は、さながら新天地を求め、遙かな大陸を目指したかつての移民たちのように、寄る辺なく孤独で、しかし未来への希望に満ちていた――はずだった。
新しい家族の誕生。本来であれば喜ぶべきその出来事が、今のヤシマ家にとっては、想定外の困難な状況を生じさせてしまう。
ホウムシップは3人乗り。夫妻と幼い子、そこにやがて生まれいずる命が増えれば……。空気の不足が予測されてしまう。
日に日に順調に、マサトの子が妻のお腹で育まれるなかで、――マサトは決意する。
わが命をもってこの状況を、家族を救うことを。誰も頼ることのできない状況で、それだけが家族を救う道だと信じたのだ。ホウムシップから脱出用のポッドで一人、宇宙へ出る。わが身はそこで果てることになるが、妻とわが子二人は無事にトリーにたどり着くだろう。
ひとりベッドルームで、いつ始まってもおかしくない出産に臨む妻を置いて。わがいとしき幼子を置いて。そして、自らが作曲した楽曲にこめた、まだ見ぬわが子へ送る父として最初で最後の愛を置いて。
マサトは万感の思いを胸に脱出ポッドの準備を始めようとした、その時。
彼の息子が父の異変を察したのだろうか、その前に立ちふさがる。そして、小さな行き違いから、本来ならあってはならない事態を引き起こす。
船外へ向かってマサトが作曲した音楽のデータが送信されてしまったのだ。本来であれば、何らの信号も発せず通り過ぎなければ何があっても安全が保障されない紛争宙域内において。
ああ終わった。活字を追う目を止め、わたしは息をひそめる。次に来る悲惨な一家の最期を思う。これは悲劇の物語だったのか。
ところが。宇宙は沈黙する。何ごとも起こらなかったかのように。そして。
救いの光が、小さなホウムシップに差し伸べられるのだ。音楽データの最後に付け足されたマサトの、自身が置かれた状況を、命断つことを説明した音声に、救助のための手が差し伸べられたのだ。
ヤシマ家の新しい一員の誕生と時を同じくして、紛争に関わる勢力から次々と届く命の糧。
一身を賭して家族を守ろうとした父に、天が微笑んだ13分48秒。奇跡の時間。
わが子の無事の誕生を願った父の愛が奏でた音楽が、世界を人心を動かしたのだ。
命がけで子供を家族を守ろうとするなら、世界は必ずや応えてくれる。勇気をもってわが子を守ろう。この世界を信頼しよう。わたしは、今なら思える。
深い宇宙の闇のなかを進む、一隻のホウムシップ。夫婦と、子供が二人に増えたヤシマ家のホウムシップは、わたしの胸にも希望に満ちた光を放ちつつ、新天地へと向かう。
文末に失礼いたします。
よしださとしさま、おくさま。
お嬢さまのお誕生、おめでとうございます。
お子さまの健やかな成長と、ご家族のますますの幸せをお祈りいたします。
そして、作者さま。土田じゃこさん。
たくさんの小説書きたちのなかからわたしを選んで、この機会を与えてくだ さいまして、どうもありがとうございました。
素晴らしい物語に出会えたこと、解説を書かせていただきましたこと、深く 感謝いたします。