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お化粧キライ お化粧スキ -3-


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3.そして私は今日もお化粧をする 
          文字数:約4080字(読了まで約10分いただきます)


 私も普通に女性として、好き嫌いにかかわらずお化粧を、する。
 朝、洗面所の鏡に向かうとまず、鏡のなかの自分としばらくにらめっこ。
 前夜の飲酒でむくんでいたり、寝不足が目の下の隈になって現れたり。そういうのを見て、もう若くないなぁと自分の年齢を自覚する。しかしそれも私だ。受け入れて、笑ってみる。 よしよし、こういう笑顔が出来るあいだは「私はかわいい」の魔法を自分にかけられる。
 ヘアバンドで前髪を上げると、お気に入りの化粧品メーカーの洗顔料。適当に掌に絞り出して2回、顔を洗う工程を繰り返す。あぁ、さっぱりする。真冬じゃない限り水で洗っている。
 次に化粧水と乳液。洗顔料と同じメーカーのものを。最近ちょっと私も賢くなって「アンチエイジング」なるものを意識することを覚えた。
 でもね、アンチエイジング。その言葉が私は好きじゃない。歳をとることって、悪いことなの? そうは思えないから。何でもかんでも「抗加齢」っていうのはちょっとついてゆけない。
 乳液がべたつくときは、適当に顔をうちわや手で仰いで乾かす。
 外出の予定がない日は、ここまでしか顔はいじらない。あとはせいぜい「BBクリーム」なる肌色のクリーム状のものを顔に均等に伸ばすだけ。あ、眉はちょっと描くかな。左右非対称なので描き足さないとなんかヘン。
 で、乳液が乾けば化粧下地を。ここからがお化粧の本番になる。
 誰かに習ったわけでなし、雑誌やお化粧品売り場の店員さんに聞いたりしたのを継ぎ接ぎした、自己流のお化粧。そうだ。私のお化粧って、実にいい加減だ。でも。
 いい加減な自己流のお化粧でも、毎日、だいたい毎日していれば、自分の顔に関してはそれなりに、整えることができるようになる。……あくまで整える。たとえば紙の束を角をきっちり合わすとか、そういう程度の、必要最低ラインのハナシ。
 20代の頃よりワントーンくすんだ色のファンデーション。若い頃は一番明るい、色白の肌に使うナンバーのが使えたのに。やっぱり紫外線って怖いのかも。若いあいだは全くケアしてなかったもんなぁ。
 その日の気分でクリーム状のものか固形のものかを選び、顔に均等になるよう、塗るというか馴染ませるというか。これで、顔の色が整って明るくなる。
 この顔の上にさらにいろんな色を乗せると考えるとゾッとするが、まぁ、やらねばなるまい。今日はワケあって頑張ってフルメイクの日だ。
 眉の形を粉パウダーとペンシルで左右対称に近づける。アイシャドウの小さなケースからちまっとしたチップを摘み出し、淡い色から順に3色まぶたに乗せる。一番濃い色は本当にまつ毛の生えているきわに乗せるので、目に入らないよう慎重に。ふぅ。これでまぶたがブラウン系のグラデーションに……なってる。鏡で確認、よし。
 もう目はさわらない。マスカラは……諦めた。どう頑張っても1時間も上向きを維持できない、軟弱なまつ毛の持ち主なので、私。いつか、つけまつげとか、まぁそういう気分になればしてみよう。最近は母も試しているようだし。
 チークはブラシにとって、こわごわと頬の一番高いところを起点に顔の外側へ向かって。つけすぎると大惨事なので(おてもやんという言葉を知っている?)さり気なく。続けてハイライトも。これも舞台メイクじゃないのでそぉっと。何となく、おでこに鼻筋、顎とブラシでぼんやりと線を描く。
 さいごに口紅。どうせ飲み食いするうちにとれてしまうのに、口紅。食事の後にいちいち化粧直しなんてしないから、午後にはとれてしまっている口紅。
 出来るだけ自然な色で唇だけ赤みで浮かないように。塗り終えたらティッシュペーパーをはむっと唇で噛んで余分に乗ってる色をとる。あ、なんかかなり取れちゃった。……まぁ、これでいいか。
 だいたい、アイメイクもばっちり、口紅もしっかりした色って、それもうバランス的に絶対おかしいから。
 最後のさいごに、フェイスパウダーを顔全体に軽くポンポンして、終わり! ……はぁ、出来た。いいや、もうこれで。鏡を見る。
 やっぱりコワいな。……目許がこわい。
 眉がしっかりしていてまつ毛が長い二重瞼のどんぐり眼。こってりとした私の目許に、しっかり色を乗せてしまうとキツい印象になるのだ。大学で、たいていぼぉっと景色を眺めているだけなのに、睨んでると言って友達に注意されたりしてきた。あぁ、だから、アイメイクは苦手なんだ。
 なので前髪は常におろしている。目の印象をぼかすために。
 そう、髪だ。これをなんとかしないと。と言っても、ヘアクリームをくしゃくしゃ馴染ませて梳かすだけなんだけど。おさまりが絶望的に悪い髪質なので、ストレートパーマをあてている。だから髪はこれだけ。簡単すぎて見栄えも悪くない。もう、これはやめられない。
 あ、時間がない。
 リビングでDVDを観ている娘たちに声をかけると私の顔を見た長女が寄ってくる。 「お母さん今日はいつもとちがう」 うん。よく気が付いたね、ってそれはそうか。だいぶ印象変わるもの。 次女もにやにやしながら私を見ている
「お化粧してる!!」……いつも一応してるよ?一応だけど。
「じゃ、行ってくるからね!! 誰か来ても玄関開けないでね。いないふりだよ!!」
「ねぇ、お化粧していい?」
 次女がもうすでに洗面所の化粧品が入ったポートを手にしている。
「いいよ。でも、あときちんと片づけておいてよ?」
 どうせそれほど高価なものを使ってないし、日常的に使うものはOKだ。
 寝室で部屋着から外出用のちょっとましな服に着替え、バッグを持つ。頼まれている荷物は持った。よし!!
 今日は、入院中の実母の見舞いだ。胆石が悪化して、もう手術しか治療法がなくて入院している。
 市内を流れる一級河川。その上にかかる橋を渡って、市を横断する道のりのドライブ。いろいろ考えると気持ちが塞ぐから、敢えてお気に入りの歌をかけて歌いながら運転する。
 すれ違う車のドライバーがたまにこっちを見てる気がしなくもないけど、どうせ知らない人だし。いいんだ。
 病室は4人部屋で母は窓際。陽がよく射しこむのできちっとカーテンを引いている。声をかけ隙間から顔をのぞかせると、イヤホンを耳にテレビを観ていた母がこっちを見た。
「おはよう」声をかけ紙袋から洗濯してきたタオルやら着替えを出してそれぞれ片付けていると、
「きょうはちゃんとお化粧してきているじゃない。いつもそうしていればいいのに」
 さっきからじっと人の顔を目で追っていて、一番に言うことがそれなのだ、母という人は。別に洗濯や生命保険のややこしい書類の記入に労いはいらないけれど、お化粧や服装のことを言われるのが私には苦痛なのを知っていて敢えてそれなのだ。
「うん。できたらそうするよ」
 目を見返さずに逆らわず。あぁ、もう帰りたい……。うつむいたまま持ち帰る汚れ物をまとめる。
 その母は薄化粧というには少々主張のあるお化粧を施してベッドに座っている。入院患者なのに。
「帰りにお父さんの様子見てくるから。何かあったら携帯に連絡入れるね」
 と、荷物を持ち、さっさと引き上げようとすると
「ありがとう。助かってるわ。お父さんのこと、よろしくね」
 背中にやっと、私がほしかった言葉が届いた。振り返りぎこちなく笑ってうなづいて。私は病室をあとにした。
 ときどき考える。母はなぜあんなにお化粧や身を飾ることに一生懸命なのか。
 これまでたびたびあった入院ごとに新しいパジャマや下着をおろし、お化粧道具を必ず持ち込む。
 几帳面で、昔からまわりの目を気にする人だったけれど。きっと私が子どもの頃の母は、嫁いできた身に受けるプレッシャーを跳ね返すために、いつでもフルメイクでいることで気持ちを奮い立たせていたんだ。母のお化粧は強い気持ちを保つためのよすがだったのだ。
 そう思えば、隙なくお化粧をして近寄りがたかった母が、ひとりの女性として理解できる。いま妻として嫁として母としてのわたしと同じ立場で見、考えれば距離が縮まる。
 苦手な人であることにはまだちょっと変わりはないけど、わかるよ、あなたのことは。おかあさん……!
 病院のロビーを抜け駐車場へのなだらかなスロープを昇る。陽射しは強く、首筋や頬に射す。日焼けも気をつけなくっちゃなぁ。
 私には嫁いだからと何を構えることもなく、おおらかな家風の婚家がそこにあった。だから自分を強く保つためのお化粧はいらなかったけれど。
 自分を少し変えてみる、楽しむお化粧なら、娘たちを見ていて少し気持ちが動いた。母の磨き続けたお化粧のテクニックには及ばずとも。
 いつもよりひと手間かけて、明日もお化粧してみようかな。どこかに出かける予定はなくても。

                             お わ り