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お化粧キライ お化粧スキ -2-
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2.お化粧スキ
文字数:約2400字(読了までに6分ほどいただきます)
わたし、ちいさい頃はお化粧が嫌いだった。でもわたしにも、お化粧がいいなぁって思うときがある。
それは、実は娘たちがわたしの化粧品で遊んでるときだったりする。
普通はこれはいけないことだ。小さな子供なら誤飲や誤食の危険があるし、高価な化粧品で遊ぶなんて躾にもよくない。
でもわたしは、娘たちがわたしのマニキュアや、お化粧の仕上げに使うパウダー、ストックがあって比較的安価な化粧水や乳液ぐらいなら、大目に見ている。さすがに限定品でもう入手できない香水を、幼稚園児の次女が体じゅうになすりつけて匂いをかがせに来たときは心の隅のほうで泣いていたのだけれど。
わたしがそういうお母さんになったのは、ある動画がきっかけだった。
お化粧が嫌いな子どもだったわたしも普通に成長し年頃になり、いくつかの恋をして、やがて結ばれ子供を授かった。あらら、と笑ってしまうほど、子供の頃のわたしと顔立ちのよく似た女の子。
この長女が一歳を迎えた頃だと思う。何ということのない日曜日、家族で外出する前。夫がつたい歩きが上手になった我が子を撮影していたのだ。
長女が小さな手でテレビボードのふちを掴んで立ち上がり、すぐそばのソファにいるわたしのほうへ寄ってくる。わたしのほうを見て時々、笑顔でなにかまだ言葉になりきらない声を上げながら。
わたしはその時、化粧ポーチを横に置き、お化粧をしていた。
洗面所で洗顔のついでにペタペタと化粧水に乳液をつけ化粧下地をムラに気を付けて塗る。そのあとはリビングに移動。必要最低限のものしか入っていない化粧ポーチを傍らに長女の様子を見つつ、ささっと短時間で仕上げてしまう。それがこの当時のわたしのお化粧だった。
もとからわたしはお化粧が嫌いで当然、苦手。服装を整えるのと同じような感覚で義務的に、外に出て恥ずかしくない程度にしかお化粧はしない。
それを恵まれたと言ってよいのか迷うけれど、わたしは母に似ず顔立ちが派手だ。いわゆる南方系の縄文人顔というやつ。しっかり装飾をほどこさなくても最低ラインでなんとかなる顔だし、うらはらに地味な性格がお化粧で自己主張することを拒む。
その時はわたしはファンデーションを塗っていたようだ。パフをつまむ手が映っている。
わたしのすぐ横までようやく歩いてきた娘を、わたしは膝の向きを変えて避けた。ファンデーションのケースの内側の小さな鏡から顔も上げずに。そしてまだ歩みの不安定な娘はすとんとおしりからカーペットの上に座り込み、それでもわたしに向かって笑顔で手を差し出す。
それさえわたしは無視して、目許や鼻の頭に塗りムラが出ないよう鏡を覗きこんでいた。
ショックだった。
この動画をわたしが見たのは数日たってからだったが、まさかと思った。わたしは、わたしが嫌いだったお化粧をしている最中の母と、同じことをしようとしている。
一人娘だったくせに受け継ぎたくなくて、生まれ育った家の何もかもをわたしは置いて家を出た。この家に嫁いできた。土地も商売も何もかも、父の代で終わらせてしまえばいいと振り切った。
人当たりよく聡明だった祖母のように、婿をとる結婚が自分に勤まるはずがない。物理的には何も受け取らず持ち出さず。両親からの反対はなくはなかったが、祝福を受けきれいに嫁げたと思ていた。それなのに…!
肝心なものを置いてこられなかった。母を…反発していたはずの母を、わたしは自分のなかに染み込ませて持ってきている。あまりの衝撃に、胸が痛かった。
それからわたしは、洗面台に立ってお化粧を最後まで終えるようにした。
ようやっと一人歩きのできるようになった娘が足許に来れば、お化粧の工程や化粧道具を見せてやり。手を伸ばせばパフを握らせる。怖くないよ、どう、おもしろそうでしょう?
そう心のなかで語りかけながら。
やがて数年後に次女も授かり、わたしはふたりの女の子のお母さんになった。
娘たちはお化粧道具や化粧品に、興味を持ち手に取る。試してみる。
そういうときの娘たちはかわいらしいし、笑顔が輝いている。
こういうお化粧なら、わたしは嫌いじゃない。
むしろいいなと思う。好き、かも知れない。
次女はまだまだ遊びの感覚だけでお化粧の世界の入り口にいるようだ。パウダーをはたきすぎて地黒の顔を真っ白にして笑い、口紅で顔に絵を描いては笑い。きっと自分の顔に他の色が乗るのが楽しいのだろう。また、マニキュアは塗ったまではよかったけれど、さていつになったら爪が乾くのかとそわそわし、香水を調子に乗って吹きかけすぎては、くさくなったと大騒ぎをする。冒険の連続だ。
長女はそろそろ思春期を迎える。自分を飾りたい年頃だ。興味を持つのも顔の産毛を剃ったり眉の形を整える小さなシェーバーだったり、ニキビができるようになってきた肌を整える化粧水や乳液、だったりする。洗顔のあとに髪を自分で好きな形に結わえ、鏡の前で笑顔の練習をしていたりすると、ちょっと笑ってしまいそうになるくらい、その年頃のわたしと同じことをしている。あのころのわたしと同じような顔をして。
だから。
この子たちには…娘たちには。お化粧を好きになってほしい。
わたしのように義務感からだけじゃなく、お化粧を楽しむ女性になってほしい。
お化粧に自然な興味を持ってほしい。
お化粧ってほんとうは、きっと楽しいもののはずだから。
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