七夕のおはなし


   テーマ→「料理をする」
   +α要素→「リップ」 「お昼前」

 という縛りで書いてみました。
9:07-13:18 ちこくというかなんというか



 今日は7月7日。七夕の日。
 朝起きた時に降っていた雨がやんで、大きな掃き出し窓の向こうのベランダに、小さい笹飾りが青い空を背景に揺れている。
ママはお仕事が夕方からだから、あたしの保育園はお休みで、おうちにいる。もともとこの曜日がお休みのパパはまだベッドで寝ている。あたしはママがキッチンで何か作りながら「しおり、そろそろパパを起こしてきてくれる?」って言うのをソファの上で待っていた。
 と、パパがのとのとと廊下を歩いてくるのが見えた。髪の毛ぐちゃぐちゃで寝起きのパパはなんだかいつ見ても、おもしろい。
「おはよう。寝られた?」
お友達のママたちの中でも、あたしのママは背が小さい。だけど「よく寝た~」って被さってくるおっきいパパを背中で受けとめて、おはようのちゅうをする。あたしのママは力持ちで優しい。
「お昼ごはん? なに作ってんの?」
「そうめんよ。あなた起きてすぐだし、疲れているみたいだからあっさりしているもののほうがいいでしょう?」
「りんちゃんが作ってくれるならなんだってうれしいよ」
 ママの頭の上に顎を乗っけて、まだ夢の中にいるように、ゆらゆらしながら。パパはママを名前で呼ぶ。綸子ちゃん、りんちゃん。
 「もーう、パパ! お顔洗って、パジャマ着替えておいでよ!」
ママがお料理やりにくそうだよ。
パパが洗面所にのとのと移動するのを見送ったついでに、壁のホワイトボードを見る。
パパに合わせて、少し早いお昼ごはんはそうめんか。保育所の献立表も7日はおそうめんだった。おうちで食べるけど、みんなと一緒の献立でうれしい。 


「わあママ! お星さまだね」
今日のおそうめんにはお星さまが乗っていた。オレンジと緑とピンク。きれい!
かわいい!
「今日な特別なのよ。ニンジンとキュウリとハム。小さいほうのお星さまはオクラっていう野菜なの。星の形のお野菜なんだよ。史緒里、初めてだけど食べてみてね」
 うんっ! って返事をする。白いおそうめんの上にちょこんと乗った小さい緑のお星さま。きれいな濃い緑で、口に入れる瞬間、苦かったらどうしようって思った。でも思い切って口に入れた。うん、大丈夫。苦手じゃない。おいしいよ。
「星とかハートの形だといつもよりおいしいよ。目でもおいしい。マメだねぇ、りんちゃんは」
 ピクニックなんかのお弁当を作る時も、ママは飾り切りや型抜きで、かわいいお弁当を作ってくれる。公園でお弁当を広げると、わたしだけじゃなくパパも「目にもおいしい」っていつも喜ぶ。
「ていうか、今日は七夕じゃない。だからそうめんで、だから星の形のトッピングなのよ。
七夕におそうめん食べると一年間無病息災に過ごせるって言い伝えがあったり、織姫の織る糸をおそうめんに見立てるとか」
「りんちゃんは物知りだなぁ」
オレンジのお星さまをパクッと口に放り込んでパパが言う。
 パパは、よくママを褒めるの。あたしのことも。小さなことでもいいねって、毎日何かしら褒めてくれる。
お店屋さんの「りっぷさーびす」ていうのじゃなくて(思ってもいないことを言って褒めることよって、ママが教えてくれた)本当にやさし声でうれしそうに言う。聞いているママも何時もうれしそう。
おんなじ男の子なのに、保育所にいる男の子たちは、あたしにチビとかブスとか、嫌なこと言うことのほうが多いのに。
それをいつだったかパパに言ったら「史緒里もいつか、史緒里を毎日、かわいいね、いいねって言ってくれる男の子と出会うよ」って、こっちを見ないで言った。そして、
「それまではパパが史緒里をずーっと見ているからね」って。あくびした後みたいな目で言った。


 ちゅるんとすすり上げたおそうめんの尻尾が、あたしの鼻の頭につゆを飛ばした。ママが笑って「ティッシュで拭きな」って指し示す。かわいいキルトのケースに入ったティッシュケースから中身を引き出した時、あたし、気が付いた。もう一人分の、おそうめんの鉢。
「ママ、誰か来るの? 先食べちゃってよかったの?」
 大方食べ終わってるママもパパも、あたしを見て一瞬、固まったように見えた。え? あたし何かいけないこと言っちゃった?
「ああ、いいのよ。いいの。その鉢を食べる人は、いつの間にか来て、食べていくから」
「そ、そうそう。あー、えっと、クリスマスにさ、史緒里毎年サンタさんにプレゼントありがとうって手紙書いておいてるじゃん。あれと一緒だよ」
「よくわかんない。手紙は食べ物じゃないよ、パパ」
「…ううん。違わないよ」 ママはちらっと横目でパパを窺って、そしてあたしにニコッと笑いかけた。
「その鉢を食べる人はね、史緒里がお昼寝している間に来て、もしかしたら素敵なものを置いて行ってくれるかも。サンタさんみたいにね。だから、一緒に今からキッチンおかたずけして、一緒にお昼寝しよう」
「うん。そうする!」
 ママが言うならそうなんだって思った。自分の鉢をキッチンにもっていって、ママが洗った食器を拭いて一緒に棚に片づけた。
 揺れる笹飾りを見ながらパパとママと1枚の大きなタオルケットをお腹にかけて、並んで目をつぶって…どのくらいたったんだろう。
隣にママがいなかった。お仕事行ったのかな。パパはまだ寝てる。あたしは体を起こした。
もしも、七夕に来てくれる誰かが、本当に何か素敵なものを、プレゼントしてくれるなら、笹飾りの下に置いてくれるかなと思った。だから、ベランダに出て…。本当は一人でベランダに出ちゃ絶対にダメってママに叱られるけど。鍵を開けて、重い窓を自分の体の文だけそっと、開けた。
窓をすり抜けで出たベランダはムッとするような空気がぬるい。柱に身を寄せ、陰から笹飾りをそっと窺う。
 誰かいた。え、うそ。いる。
気づかれちゃいけないって思って、あたしはパッと身を伏せた。四つん這いでもう一度、笹飾りをのぞき込むと。
「ん?」
 首をかしげるその人と、目が合った。びっくりしたみたいな、まあるい目
その人は、サンタさんじゃないもちろん。おじいさんではなく、ママと変わらないくらいの年に見える女の人。ママより、若いかも。服が、同じ階の高校生のお姉さんみたいな短いスカートと肩が出てひらひらのついたシャツ。
「んんー?」
 お姉さんは鉢を左手にお箸でズズーっとおそうめんをすすり、モグモグしながらあたしを見ている。頬張った口の端からつゆが溢れたのを、お箸を握ったまま右手の甲でぐっとぬぐう。大げさに喉を反らせて口の中のおそうめんをゴクッと飲み込んだ後、お姉さんはあたしをまた見て、そして笑った。
「おいしいね。キミのママが作ってくれたおそうめん、すごくおいしい」
「お…おねーさん、だれ?」 柱の陰から一歩踏み出す。
「なんでそんなところでおそうめん食べているの?」
「わたしはキミのパパやママのお友達だよ。
ごちそうしてくれるって言うから来てみたんだ。笹飾り、きれいだからここで見ながら食べたいなって思って」
「パパまだお昼寝。ママは…お仕事行ったのかな」
 つゆを飛ばしたり音をたてて啜ったりで、全然きれいじゃ無い食べ方なのに、おねーさんの食べっぷりがおいしそうで、ついつい見とれてしまった。知らない間に、一歩また一歩と近くに寄っていた。
 そしたら、見えてしまった。おねーさん、オクラ苦手なのかな。鉢の中から取り出した小さい緑色の星を、ベランダの隅っこにハート型に並べてある。
「星型のトッピング凝ってるね。なんか、綸子さんっぽい。こまやかなんだよね」
箸先でつまんでひらひらさせたハムを唇に挟んでひゅっと吸い込む。ニンジンもキュウリもそうやって嬉しそうに口に運ぶ。そのたびに揺れた髪は夕日にキラキラして、肩のところではねた。


「はぁっ、おいしかった。ごちそーさま!」
おねーさんが立ち上がった時にタイミングよく、ちりん…と、どこかから風鈴の音がした。
「おねーさん、またうちにおいでよ。今度はパパもママも起きておうちにいる時に」
「ありがとう! キミはいい子だね。パパやママには…会おうと思たらいつでも、夢の中でだって会えるから、いいんだよ」
 ちりり…ちりり…と、風鈴。風が吹く。すっと、あたりが少し暗くなる。影が、なくなる。
「今度はさ、史緒里ちゃんも一緒にはかm…おねーさんのところに遊びに来てくれたらうれしいな」
あっという間もなく、太陽が雲で隠れた空に、おねーさんはベランダの手すりに足をかけ飛んだ。
じゃーねっ!
一振り、あたしに手を振ったおねーさんは落ちないで、何かに引っ張られるみたいに風を切って飛ぶ。気持ちよさそうに空を仰いで髪をなびかせて。手すりを握って見守るうちに、そしておねーさんは見えなくなった。
「おいっ! 史緒里! しーおーり」
 呼ばれて振りむいたつもりが、うつぶせでタオルケットの中に埋もれていた。汗がひどかった。
「わるいわるい。なんか寝てるうちに、自分が被ってたぶん、史緒里のほうにタオルケット被せていたみたい」
 パパが洗面所から絞ったタオルを持ってきてくれて首や背中を拭いてくれた。冷たくて、目が覚めた。
 ああ…あれ、ゆめかぁ。ゆめだったんだ。
ピーターパンのアニメ、この前見たからかな。
 そんなことを考えながら、パパがベランダから取り入れた洗濯物を、端からたたんでいた。
「パパ…? もうたたむのないの?」 
全部たたみ終わったのに、パパがベランダから戻らない。見に行くとパパがすごい勢いで戻ってきた。
「パパ?」
「なあ、史緒里、パパが寝てる間にベランダ、出た?」
「え?」 出たような、出ていないような。
「う、ううん」
「そ、そうか。じゃあいいんだ。や、気にしないで。さあ、晩ごはん何にしようかなー」
 パパはキッチンに入ってしまった。けど、あたし、少し聞こえた。
 ――あいつオクラ苦手だったよな
 レシピの本とにらめっこしてるパパの眼を盗んでそぉっと、カーテンを引くと、あたしはベランダに出てみた。薄暗いベランダをそこまで行きあたると、見つけた。
 申し訳なさそうに隅っこに、緑の星でかたどったハートの形。

  

 夢じゃなかったんだ。