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全国初!!滋賀県が児童養護施設等で暮らす小学生に対する塾代・習い事代を予算化しました!!

令和3年12月のこと

 
その時期、僕は「施設にいる小学生が塾や習い事にいける環境をつくれたらめちゃくちゃ意味があるな」と感じていました。
 
僕はその時まだ施設の仕事に関わり始めたばかり。
いや、そもそも福祉の仕事も初めてです。
 
そのような「ビギナー」が、なぜ全国に先駆けて施設にいる小学生の塾代・習い事代の予算化をしようと思ったのか。どう考えていったのか。
 
そのバックストーリーを描いていきたいと思います。
 
注) 令和5年2月8日、知事から令和5年度当初予算の公表が行われました。次年度予算の概要について外部に発表したものではありますが、県議会の議決はまだです。
 
注) 本文で「施設の子ども」に言及する場合、それはファミリーホームや里親のもとにいる子どもも含めて(つまり、社会的養護の子どものことを)指します。
 

そもそも児童養護施設のおカネ事情はどうなっているのか


施設の運営費、人件費、子どもたちの生活費は、ほぼすべてが税金で賄われています。
 
施設を運営するために必要なお金のことを行政では「措置費」と言い、アレはお金が出る、コレはお金がでないと、とても詳細に定められています。
 
入学の準備にかかる費用はこれくらい。
修学旅行にかかる費用はこれくらい。
生活費や雑費は月にこれくらい。
 
などなど。
 
これは結構な金額で、滋賀県の予算で20億円ほどになります。
 
さて小学生の塾代ですが、国が定める現在の措置費制度上はお金が出ません。
 
一方、中学生の塾代は特に制限なく支出可能です。
高校生は基本月に2万円まで、条件付きで月に2万5千円までとなっています。
 
繰り返しになりますが、なのに小学生の塾代は出ません。
 
これがなぜかというと、国の方でも段階的に塾代の予算を認めてきた経緯があるからです。
 
平成20年度に、中学生の塾代が予算化。
 
次いで平成27年度に、高校生の塾代が予算化。
この時は月1万5千円が上限でした。
(条件付きで月2万5千円まで)
 
さらに平成30年度に、高校生の塾代が拡充。
月1万5千円から、月2万円まで拡充されました。
 
これを見て、いかがでしょうか?
 
制度が作られたのが、ずいぶん最近な気がしませんか?
 
そうなんです。
まだまだ過渡期ということなんです。
 
その過渡期の中、他の自治体に先駆けて本予算を実装しようと思った理由を説明したいと思います。
 

理由1、学力は積み上げである


僕は施設の担当になって半年以上経つまで、小学生には塾代も習い事代も出ないという事実を気にも留めていませんでした。
 
ちょうどそのことに気づいた令和3年12月、僕は県内の各施設を回って施設を見せてもらい、現場職員の話を伺うということをしていました。
 
そこで、施設に来る子たちの背景を初めて自分の耳で聞きました。
 
施設に来る子は、何らかの理由で家庭では育つことのできなかった子です。
 
殴られる、髪をつかんで床にたたきつけられるなどの、いわゆる「身体的虐待」
 
3食与えられない、「いないもの」として親に無視される「ネグレクト」
 
DVを見せられる、「死ね」「お前なんか生まなければよかった」など、心理的に抑圧される言葉を浴びせられる「心理的虐待」
 
性的な行為を見せる、させる「性的虐待」
 
・・・このような背景があると、「この年齢ならこれくらいできるだろう」という基礎学力を備えていないことも十分想像できます。
 
「この年齢ならこれくらいできるだろう」という基礎学力を備えていないとどうなるか?
 
学校の勉強がわかりません。
 
小学生や中学生にとって、学校の勉強がわからないというのは大きなことです。
 
一日の大半を過ごす場所の主な活動において、常に自己肯定感を下げ続けられるのです。
必然、勉強が嫌になる子も増えてくるでしょう。
しかし、それは本人の責任とは言い難いのが実態です。
 
しかし、学力というのは積み上げです。
低年齢からしっかり基礎をつくっていかなければいけない類のものです。
 
そこで、今まで出せなかった小学生への塾代を出せるようになれば基礎学力を積み直せるのではないか、社会への自立に向けた一歩となる、レバレッジの効く施策になるのではないかと考えました。
 
中学生の塾代が一番手厚いのは、そもそも施設の子どもたちの高校進学率が低かった時代にさかのぼると思います。
 
まずは高校進学を目指そうという、まだそういう時代ですね。
 
そして時は流れ、次は大学進学率の低さが指摘されるようになり、高校生の塾代が支払えるようになったのだと思います。
 
実際、県内施設にいる高校生は(返済不要の奨学金が増えていることもあり)卒業後の進路として大学を選択できるようになってきているようです。
 
ただ高校進学も大学進学も、年齢の早い段階からの「積み上げ」によってなされるものだということは、誰だってわかると思います。
 
これが一番わかりやすい、小学生への塾代を出せると良いと思った理由です。

理由2、自分の好きなことを選択できる環境を


虐待を受けてきたような背景があると、子どもらしさが表現できなかったり、一般家庭では当たり前の選択肢がなかったりすることがあります。
 
だからこそ、施設の子どもたちに、「自分の好きなことを選択できる環境」を保障したかったという理由があります。
 
施設で生活していると、土日の過ごし方も一般家庭とは違います。
お金がかかる遊びはしづらいですし、どうしても一緒に住むほかの子の状況に引きずられてしまいます。
 
小学生が「サッカーがしたい!」と言えばやらせてあげたくなるのが親心だとは思います。しかしお金の事情も含め、そういった「やりたい」を叶えてあげづらいのは、施設職員にとっても心苦しいことだと思います。
 
また、施設には発達に課題を持つ子が少なくありません。
どうしても勉強が苦手な子もいますが、勉強以外で得意なことや好きなことがあるはずです。
 
そういったものを見つけて伸ばしてあげることは、その子の「やればできる」という気持ちを生み、自立に不可欠な自己肯定感を育むことができるかもしれません。
 
やりたいことをやれる環境。
好きなこと、得意なことを伸ばせる環境。
 
それらを用意することは、子どもたちの自立を支えるうえでとても重要だと考えました。
 

理由3、施設職員の負担軽減


施設職員の負担軽減の観点もあります。
 
施設職員の仕事はハードです。
子ども5〜6人を1人で見ながら、ご飯を作り、会話をし、洗い物をし、お風呂に入れ、寝かしつける…
 
その中でも、特に宿題の場面がストレスフルだそうです。
 
先に述べたように、小学4年生でも、小学4年生レベルの宿題がスムーズにできないことがあります。
 
宿題をやりたがらない子どもに宿題をやってもらいたい。
わからない勉強を教えなければならない。
 
そういう施設職員にかかる負担が大きいのです。
(それが1人ではなく4人や5人のことも…)
 
ストレスフルな場面が続くと、最悪、施設内で虐待が起こる可能性もあります。
 
このように、負担を減らしリスクを避けられる側面もあると考えました。
 
(正直な話、ちょっと離れて別の大人に見てもらえることは、ほっとする部分もあるようです)
 

やりたい理由は分かった。ではやるべき理由はあるのか


さて、現場を回ってそのような現状や背景を知り、小学生への塾代・習い事代予算をつくりたい、と思いました。
 
ただ、行政が扱うのは税金です。
広く県民から集めた税金を特定の領域に投下するので、どうしても公平性や必要性の観点は重要になってきます。
 
ここから机上のリサーチに入りましたので、ここではそのリサーチ結果を紹介したいと思います。
 
わかりやすくお伝えするために簡潔に表記した部分があります。
詳細を知りたい方は引用元をご参照ください。

なぜ社会的養護の子どもにここまでする必要があるのか?(塾編)


文科省「令和3年度学校基本調査」によると、
「大学・短大進学率」が58.9%
「専門学校進学率」が24.0%
計82.9%
 
しかし、社会的養護の子どもの最終学歴は、
「4年制大学」が5.7%
「専門学校・短期大学」が10.0%
計15.7%
(「社会的養護を離れた子の実態把握調査報告」(R3.3)三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
 
となり、一般家庭と施設の子どもは高等教育機関への進学率に約5倍の開きがあります。
 
背景として、施設にいる子どもは一般家庭の子どもと比べて学習理解度が4割程度乏しいことが調査で分かっています。
 
(学習理解度について、一般家庭の場合、「よくわかる」と「だいたいわかる」の合計が80.5%。施設の場合、「よくわかる」と「だいたいわかる」の合計が57.7%。小学5年生、中学2年生対象)
※「子どもの貧困踏査」(明石書店)。2016年度に大阪府下で約10万件に及んだ調査をもとに分析された。
 
厚労省「令和3年度賃金構造基本統計調査」によると、
高卒月額賃金は約27万円。大卒月額賃金は約36万円というデータがあり、学歴の差により収入に大きな開きがあります。
 
そのため、学習理解度、最終学歴は依然として経済的自立に大きく関係します。
 
さらに、「社会的養護を離れた子の実態把握調査報告」によると、退所者らが「現在の暮らしの中で、こまっていることや不安なこと、心配なこと」として、
 
①「生活費や学費のこと」が33.6%
②「借金のこと」が9.1%
③「将来のこと」が31.5%
 
これらの合計は74.2%(お金に限定した①②だけでも42.7%)となっており、
現にお金のことを中心に、暮らしに困っている様子が明らかになっています。
 
児童養護施設や里親などの社会的養護のもとで暮らす子どもたちは、虐待や貧困などの家庭環境により、読み書きや計算などの基本的な学習能力や習慣を身に着けていないことが多く、こうした学習の遅れなどが施設等退所後の対人関係や社会的自立を困難にする一因となっています。
 
このため、低年齢から基礎学力の向上に向けた取組みを進めるため、塾代の支弁が有効である、と考えました。
 

なぜ社会的養護の子どもにここまでする必要があるのか?(習い事編)


学研教育総合研究所「小学生白書」(2021年8月)によると、小学生の
75%は学習塾のほか水泳や音楽などの習い事を行っている
ことが明らかになっています。
 
「子どもの貧困踏査」(山野則子 編著)によると、「放課後の子どもの生活を豊かにすることは、自己肯定要素や学習理解などに影響を与えることができる可能性があることも実証的に明らかにした。それは将来の進路の選択肢にもつながる。少なくとも1人でいる時間を少なくすることの取り組みが重要である。また、子どもの学習理解度が高い子どもほど、様々な経験をしていることも明らかになった。」とあり、文化やスポーツ活動等の重要性が明らかになっています。
 
令和4年8月にあった滋賀県児童福祉入所施設協議会からの要望の場では、各児童養護施設長から「施設・学校以外の居場所の必要性」や「開けた人間関係の重要性」などに絡めて、習い事の重要性が強調されました。
 
滋賀県内施設の小学生児童のうち少なくとも54%が習い事を希望していることも、僕がいる係で独自に行った調査でも明らかになりました。
(このとき直接子どもには聞いておらず、施設で「以前習い事に行きたいと言っていた子どもの数」等を拾いました)
 
そんななか、「児童養護施設運営指針」でも文化やスポーツ活動等について、子どもの希望を尊重し、可能な限り参加を認めるよう示されていますが、措置費など財政的な支援が伴っておらず、子どもたちの多様なニーズに対応できていない状況です。
 
このため、子どもたちの選択の機会を保障し、低年齢から自己肯定感の向上や、帰属できる居場所づくりに向けた取組みを進めるため、習い事代の支弁が有効である、と考えました。
 

なぜ社会的養護の子どもにここまでする必要があるのか?(経済効果編)


滋賀県において1年で退所する児童数は約50名です。
 
令和3年1月の生活保護の保護率は1.63%
※厚労省「生活保護の被保護者調査」(R3.4.7)
 
社会的養護のもとを巣立った人たちは同年代(15歳から24歳)の18〜19倍の生活保護受給率となっています。
※厚労省「生活保護と社会的養護の現状について」(R4.8.24)
 
1.63% × 18.5 = 約30%
50名 × 30% = 15名
※30%という数値は、県内のある児童養護施設に30年超在籍している園長の体感とも符合している。
 
滋賀県の社会的養護出身者は1年に15人が生活保護受給者になる計算です。
 
滋賀県の9市(大津、草津、高島、米原を除く)が生活保護で「3級地-1」となっていますが、ここで20~40歳代(その他世帯)が受給できる金額が約10万円/月。
 
15名 × 10万円/月 × 12月 = 1,800万円/年 
 
「1,800万円/年」が生活保護費として社会的養護出身の若者に拠出されている計算となります。
 
しかしここで、経済的に自立し、生活保護受給者ではなく年収400万円の納税者となったと仮定すると、
 
400万円 × 20% - 42.75万円(控除額) = 37.25万円(納税額)
37.25万円 × 15名 = 約560万円
 
となり、1800万円のマイナスを取り除いたうえで、560万円のプラスの効果(計:2,360万円/年)が期待できます。
 
また、経済的な効果のみならず、一人でも多くの子どもたちが、人生を自ら選択できる「希望が阻害されない状態」を生み出すことは、基本的な人権を守るうえで重要なことである、と考えました。
 

そのほかのちょっとした、けど重要なこと


そのほかの動きとして、令和4年夏にあった全国知事会へ要望を行いましたし、令和4年秋の政府提案でも、「社会的養護のもとでくらす小学生への学習等支援」について要望を行いました。
 
地方自治体では、国や知事会への要望をしているという事実が事業への取組み度を示す指標になるので、重要です。
(ということを、僕も今回知りました笑)
 
いかがでしょうか。
国の資料なども交えて、客観的に現状と必要性を把握してもらえたのではないでしょうか。
 

これはあくまでスタートライン


おそらく、全国の自治体に先駆けて塾代・習い事代を予算化できたと思います。
 
ここで明かしますが、財政事情等によりフルスペックの予算とはいきませんでした。
事業内容的には、小学校高学年(4、5、6年生)に対して、月1万円を上限として補助する、という制度になります。
(正式な事業名称は「社会的養護のもとで暮らす子どもたちの学ぶ力サポート事業」です)
 
小学校低学年への支援は積み残し課題となりましたが、塾代だけでなく「習い事代」を絶対入れたかったので、それを入れられたのは良かったです。
 
ともあれ、これを一担当の立場からボトムアップで(しかもお役所で!)成し遂げられたのは僕としても非常に嬉しいことでした。
 
ただ、間違いなく一人では予算化できませんでした。
 
調査等に協力してくれた施設の人、僕の思いを買ってくれた上司や、調整してくれた他の職員など、多くの方が関わっています。
 
(多くの人が関わりながら一つのことを成し遂げていくプロセスに、僕は魅力を感じるようです)
 
僕は8年間の県庁職員のキャリアのうち、6年間を予算・経理をして過ごしてきました。
若いながらも予算を扱っていると、行政組織の意思決定の力学や、政治の力を垣間見ます。
 
令和2年度、コロナが直撃したときも児童福祉部局で予算担当をしておりました。
 
様々な経験をさせてもらったと思います。
嫌なことも、無意味だと思うこともありました。
 
ですが、そこで得た経験・ノウハウのおかげで今回の予算化を成し遂げられました。
 
自分が意味があると思う領域で、価値があると思う予算をつくれたのは、行政事務職員としては本懐です。
 
最後に、これはあくまでスタートラインでしかありません。
 
この予算を活用して、自己肯定感や学力を育めるかは、当の子どもたち、そして施設職員など周りの大人にかかっています。
 
これからはこのプロセスに寄り添って、その時その時に必要な貢献ができればと思っています。
 
少しでも、不幸や悲しみが再生産されないことを祈って。
 
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!!


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