本質こそ人生。選択こそ自由。
エッセンシャル思考とは何か。なぜ重要なのか。
エッセンシャル思考とは、私たちの身の回りから複雑さとムダを取り除き、本当に大切なものに集中させてくれる思考法だ。
エッセンシャル思考が身についていない人はこう思う。
「やらなくては」 「どれも大事」 「全部できる」
エッセンシャル思考になるためには、この3つの思い込みを克服しなければならない。
やることに押し流されるのではなく、やることを「選択する」
大事なものはごくわずかであることに気づき、本当に大切なことを「見極め」、「集中する」
全部するのではなく、「より少なく、しかしより良く」を目指す
非エッセンシャル思考の考え方では、どれだけ全力を出しても十分な成果を得ることはできない。
仕事、家事、育児、趣味、友人…
これらのバランスをどうとるか、多くの人が悩んだ経験があるはずだ。
(現在も悩んでいる人が多いはず)
そんなとき、エッセンシャル思考が効果を発揮する。
この思考を使えば、自分が本当に大切にしたいことを大切にすることができるからだ。
ではエッセンシャル思考はどうやって実践するのか。
それは「見極める」、「選ぶ」、「捨てる」という行動に落とし込まれる。
ではまず「見極める」から見ていきたい。
見極める
本書でも、「見極める」ことこそが、エッセンシャル思考の神髄だと述べられている。
まず、次の言葉を紹介したい。
重要な少数は瑣末な多数に勝る(P61)
パレートの法則というものがある。
成果の80%は、20%の努力に起因するという説だ。
この法則があらゆることにあてはまるという人もいる。
組織の主要な成果を上げている人は全体の20%かもしれない。
自分の持ち物のうち、普段使っているものは全体の20%かもしれない。
仕事で使うデータや書類のうち、必要なものは全体の20%かもしれない。
本書の中で、「ほとんどあらゆるものは、徹底的に無価値である」という著作家の発言も引用されているほどだ。
努力の量と成果が単純に比例するという考えは、気持ちいいが、間違っている。
これは多くの人が気づいていても認めたくないことのうちのひとつだろう。
しかしこの法則に正面から向き合った時、実は自分の人生、生活、日常の中に入り込んでいる大多数が、本当は「無くても構わない」ものだと気づくことができる。
その結果、本当に重要なことだけに向き合えるのだ。
とはいえ、一見すると今の生活や仕事にムダなんか無いと思う方も多いだろう。
本当にそうならば、なんの問題もない。
しかし、仕事や家事・育児の忙しさで自分を犠牲にしていると感じたことはいないだろうか
本当に意味のあることに時間を使いたいと悶々としたことはないだろうか
このような「違和感」を、エッセンシャル思考が解消してくれるかもしれない。
そのために、次は「選択」について見ていきたい。
選択
エッセンシャル思考の最初の一歩は、「選ぶ」ことを選ぶことだ。(P57)
選ぶという行動は、難しいものだ。何かを選べば、必然的に何かを捨てることになる。(P56)
選ぶことが難しい理由は、自分の中の価値観と基準が明確になっていないからだ。
「仕事と私、どっちが大事なの?」
私は幸い言われたことはないが、これは言われた時点で「詰み」だろう。
こんな状況を避けるために、あらかじめ自分の中に優先順位を持つことが重要だ。
(本当に仕事を優先する場合、それを承知で一緒にいてくれるパートナーを選ぶのもひとつだろう)
優先順位をつけるために必要なのが、自分の中にある価値観と基準だ。
先の「仕事かパートナーか」は極端だが、休日に友人と遊びに行くか、1人で登山や読書をするかを選ぶ場面を思い浮かべてほしい。あなたはどちらを選ぶだろうか。
どちらも捨てがたい。でも、どちらかを選ばなければならない。
(めったに離れられない育児から離れて半年ぶりの1人休日かもしれない)
これが「トレードオフ」だ。
トレードオフはプライベートでも仕事でも、あらゆるところに現れる。
この選択をなかなかできない人もいるだろう。
しかし、エッセンシャル思考のはじめの一歩は選ぶことだ。
痛みを伴うが、選択肢を比べる過程で自分の価値観や基準を明確にできる。
筋肉痛が筋力を増やしてくれるように、選択する筋力も、選択を重ねることでこそ育つ。
何度も繰り返すが、まずは「選ぶ」という行為に自覚的になり、その責任を引き受ける決断をしよう。
さて、選ぶことは捨てることでもあった。
次は捨てることについて見ていこう。
捨てる
捨てるべきものを問うとき、自分の優先事項がはっきりと見えてくる。自分の本当の使命が明らかになり、個人だけでなく組織全体のために最高の仕事ができるようになる。仕事や人生の決定打となるブレイクスルーは、不用なものを切り捨てることから始まるのだ。(P149)
自分にとって不要なもの。もう少し詳しく言うと、それは自分の「目的にとって」不用なものだ。
つまり、捨てるためには、自分の目的をはっきりさせなくてはならない。
本書は、目的を「完全に」明確にせよ、と言っている。
これは実際やってみるとめちゃくちゃ難しい。
しかし、「目的が明確でないとき、人はどうでもいいことに時間とエネルギーを浪費する。(P153)」
ところで、県庁の仕事の割り振りは「事務分掌表」というものに従っており、「予算の編成および執行管理に関すること」だとか、「○○事業に関すること」といった書き方で仕事が割り振られている。
私は、この事務分掌表が「目的」に基づいて作成されていないことに不満を感じている。
私たちの仕事は全て、何らかの目的を達成するためにあるはずだ。
その目的の達成に貢献することであり、法律の範囲内であり、上司の許可がでるなら、新たな挑戦も推奨されやすいだろう。
今の書き方だと、新しく有効な取り組みも、「事務分掌表に書いていない仕事だから」で簡単に却下されてしまいかねない。
それ以上に、この書き方では新しい行動を引き起こしにくい。一人ひとりの職員が、重要だと思う行動を自発的に起こす余地が無いと感じてしまう。
(どちらも私が経験し、感じていることでもある)
話を戻すが、目的から考えなければ、(特に仕事においては)あらゆることの意義と意味が失われてしまいかねないということだ。
そうならないためにも、目的から考えることを常にしたい。
まとめ
お察しのとおり、見極める・選ぶ・捨てるというのは、一度したら終了というわかりやすいステップではない。
何度も行き来し、試行錯誤し、時に悩み苦しんで行う必要がある。
なぜ、そこまでするのか。
自分が本当に大切にしていることを見つけ、それを大切にするためだ。
今回は、「エッセンシャル思考」の要素の一部を紹介した。
本当に重要なことを選択し、それに集中することこそが、自分の人生を自由に生きていると言って良いのではないだろうか。
それはわがままではなく、むしろ周りの人間にポジティブなエネルギーを与えてくれる。
この本は、本当にすばらしい。
気になった方はぜひ手に取って、より深く実践してみてはいかがだろうか。
書き手 綜一
滋賀県庁職員。児童虐待・児童養護施設を担当時、行政の重要さを実感。意欲的に仕事をした結果、「あなたみたいな人が県庁にいて本当によかった」と幾度か言っていただいた。その経験から、県庁職員も県民もハッピーになれる働き方を模索し始めた。施設担当時作成したインタビュー記事「Sai」も掲載
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