バイトに行くつもりが、海を経由して児童相談所にたどり着いた話③
祖母の家に向かうことが決まったので、私は警察官に剥がされたリュックを背負い直し柵の中からフラフラと出た。
親が帰って静かになったロビーを通った時、どこか安心した気持ちがあったが、同時に、両脇に警察官に付き添われ再び警察車両に乗り込もうとしている自分の状況を俯瞰し、「なんでことになってるんだ」という虚無感に襲われた。俯瞰して見た自分はまるで、ニュースでよく見る逮捕されて出てくる犯罪者のようだと思った。
3列座席のあるワゴン車の1番後ろに乗り込み、横には婦警さんが座ってくれた。あまり覚えていないが、多分リュックを私から剥がした人だろう。
車が出発すると、祖母の家の所在地を聞かれた。私は正直に話し、時々道案内もしながら送ってもらった。
道中、隣に座っている婦警さんが会話をしてくれた。
「なんか悩んでることあるん?」
「色々…」
「大変な時期やもんなあ、受験とかなー。悩み事聞いてくれる人いてんの?」
「彼氏とか友達とかが聞いてくれます」
緊張感を解くためか、婦警さんは彼氏という単語に食いついて、さりげなく恋愛トークに持ち込まれた。私はそんなトークは得意ではないし、正直困った。でも、どんな人なのかとか趣味が合うのかとか、基本婦警さんが質問を投げてくれたので会話しやすかった。
「彼氏さんバイク好きなんや〜!私の彼氏も同じやわ!」
でも急に自分の彼氏の話をし出すのでやっぱり死ぬほど困った。知らない人の彼氏の話なんて申し訳ないが興味がない。どうすればいいんだ、何か質問を返すべきか?悶々としたが、相手はきっと私を問題児だと思っているだろうし、カフェで話している訳でもないんだから気を使う必要はないと開き直って、「へぇー…」とだけ返した。それでもまだ婦警さんは会話をしようとしてくれる。
「あなたもバイク好きなの?」
「まぁちょっと…バイクっていうかカブが好きで」
「カブってスーパーカブとかの?へぇ〜いいなぁ!私はネイキッドのが好きでね。ネイキッドって分かる?」
「分かります。」
ネイキッドというのは、ライトからエンジン周りにかけてカバーが無くむき出しになっている形のバイクだ。割とポピュラーな種類のものだ。
「彼氏とツーリング行ったりするんやけどね〜」
そこからは婦警さんの彼氏と私の彼氏の話しかしなかった。今考えると、知らない人同士の恋人の会話なんてよく続いたなと思う。でも会話をしていると、なんとなく緊張が打ち解けてきて、祖母の家に着く頃には笑って話せるようになっていた。婦警さんのコミュ力の高さには感謝しかない。
祖母の家に着いた時にはもう日が変わっていた。警察官が祖母に事情を説明してくれて、書類にサインを求めた。祖母はそれに応じて、何も言わずに私を受け入れてくれた。
私は祖母に何も話すことができず、ただ「迷惑かけてごめん」とだけ言った。祖母は「おばあちゃんはいいねん、ちゃんとお母さんにごめんなさいしなさいね」と言ってくれた。この時の祖母の寛大さには頭が上がらない。
次の日の朝母が迎えに来てくれて、母の運転する車で帰った。しかしひと言も話すことはなく、いつもは助手席に乗るが、この時は後ろの座席に座った。
無言のまま家に着き、私はただいまを言うこともなく、無言で自分の部屋に入った。それからは、どうしても必要な時以外部屋から一切出ずに、ただ夜になるのを待った。夜になったら、何も言わずに作ってくれたご飯を食べて「駅まで自転車を取りに行く」と言って外に出ようとした。
当然親は心配したし、私はまだ死のうと思っていて、道中大きな川があるので、橋まで行って決意が出来たら身を投げようと思っていた。
「自転車見つけたらすぐに帰ってくる」という私に母は、涙声で「また死のうとするんちゃう?不安やわ、車で取りに行こうよ」と言った。その時の私はその心配が本当に嫌で、とにかく1人になりたかった。私は母の心配を押し切って、補導される時間帯の夜道に出た。
しかし私はビビりで、色んな不安も相まって、街頭などで比較的明るい夜道なのに怖くなってしまい、結局また同級生や彼氏に連絡を取った。同級生は私がどうしたいのかを聞いてくれて、彼氏は私が死にたいとかそういうのはともかく、危ないので早く帰れと促してくれた。私もそれ以上は進めなかったし、あんなに死のうと思っていたはずなのに結局どうしたいのか分からなくなり、自転車も回収せずに帰ることにした。
家に帰ると母は、死ぬつもりでいた私が無事に帰ってきたのを見て「よかった」と泣きながら抱きしめてくれた。私はここでやっと、本当に心配をかけているということや大切にされているということに気がついた。でも私は照れくさくて「なんでそんな泣くんよ」と返してしまった。
その数日後、学校から帰っている途中、私のスマホに知らない番号から電話がかかってきた。一回目はスルーしたが、2回もかかってきたので出てみた。
「もしもし、児童相談所なのですが…」
いやもう心当たりしかなくて、逆に何が原因なのかわからなかった。
④に続きます。