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第3章:初めての戦い(1186年 - 1190年)



3.1 孤独な戦士の決意

草原の風が、遠くの雷鳴を運んでくる。テムジンは焚き火の前に座り、手のひらで小石を転がしながら思索にふけっていた。

「俺は……どこまでいけるのか。」

焚き火を囲む仲間たち——ボオルチュ、ジェルメ、スブタイ——が、静かに彼を見つめる。

ボオルチュが口を開く。

「お前が行けるところまでだろう。」

ジェルメが笑う。

「行けるかどうかじゃない。行くんだろ?」

スブタイは夜空を見上げて言った。

「だが、戦うだけでは意味がない。戦って奪うだけなら、これまでの部族と変わらない。」

テムジンは深く頷いた。

「俺はただの略奪者にはならない。勝利した後に、何を築くかが大事なんだ。」

火がはぜる。彼らの目は、すでに次の戦を見据えていた。


3.2 戦いの始まり:略奪と戦利品の概念

テムジンは、虐げられた者たちを集め始めた。孤独な者、部族に見捨てられた者、復讐を誓う者たち。彼らは誰一人として帰る場所を持たなかった。しかし、テムジンは彼らに道を示した。

「俺たちはただ生き延びるだけではない。戦いに勝ち、相手の力を奪い、自分たちの力としなければならない。」

彼の考えは、従来のモンゴルの掟とは異なるものだった。

「戦利品は貴族が独占するものではない。戦った者すべてに、等しく分け与える。」

この方針に、兵士たちは驚き、そして歓喜した。

「これなら、命を懸ける価値がある!」

ボオルチュもジェルメも、スブタイも、これを支持した。こうして、従来の貴族支配のモンゴルとは異なる、新たな戦の形が生まれた。

3.3 初めての襲撃

夜明け前、狼のように——

モンゴルの草原は、夜明け前の冷気に包まれていた。霧が低く垂れ込み、地平線の向こうにわずかに薄明かりが射し込む。テムジンは、馬上で静かに仲間たちを見渡した。

「静かに進め。狼のように……」

彼の声は低く、それでいて鋭く響いた。彼の率いる数十騎の若き戦士たちは、まるで影のように動いた。目指すは、かつて彼を奴隷とし、家族を見捨てたタイチウト族の放牧地だった。

奇襲の開始

羊や馬が柵の中で群れをなして眠っていた。見張りが数名、焚き火を囲みながら警戒している。テムジンは小さく手を振ると、ジェルメが弓を引いた。張り詰めた弓弦の音がわずかに響く。

シュッ——!

矢は見張りの首を貫いた。血が飛び散る。もう一人の見張りが声を上げるよりも早く、ボオルチュの矢が彼の胸を貫いた。

「よし、行くぞ!」

テムジンの合図で、一斉に柵を破り、家畜を解き放つ。羊たちは驚き、混乱して走り回る。仲間たちは手際よく馬を盗み、次々と手綱を引く。

しかし、放牧地の奥から叫び声が響いた。

「襲撃だ!奴らを捕えろ!」

タイチウト族の戦士たちが起き上がり、武器を手にする。テムジンは素早く状況を判断した。

「退くぞ!」

矢が飛び交う中、彼らは馬を駆り、一気に撤退した。背後ではタイチウト族の兵士たちが追いかけてくるが、軽装で馬を操るテムジンの軍は、追撃を許さなかった。


3.4 二度目の襲撃:交易隊を狙う

「ただの略奪ではない」

初めての襲撃の成功から数日後、テムジンたちはさらに戦略を広げることを決意した。

「今度は、交易隊を狙う。」

彼は焚き火を囲む仲間たちに言った。

ボオルチュが槍の柄を叩きながら言う。

「今度は家畜ではなく、物資か……。」

ジェルメが頷く。

「それだけじゃない。交易隊を制することで、金や武器、交易路の情報も手に入る。」

スブタイが地図を広げ、砂地に棒で線を引いた。

「俺たちはこの地点で待ち伏せる。商人たちは必ずこの道を通るはずだ。奴らは武装しているが、戦いを本業にしているわけではない。短時間で決める。」

テムジンは仲間たちを見渡した。

「狙いは物資だ。殺しは最小限に。生かしておけば、恐れが広まる。」

彼らの襲撃は、単なる略奪ではなかった。これがモンゴルの兵站を支える、新たな手法となるのだった。


砂漠の待ち伏せ

夜の草原は、冷たい風が吹き抜け、月明かりに照らされた地平線がぼんやりと浮かび上がる。テムジンの軍勢は、黒い影のように潜んでいた。馬の足音さえも聞こえないほど、彼らは静かに息を潜めている。

「奴らが来た。」

遠くに、かすかな灯りが揺れた。松明の炎が、砂漠の闇の中で不規則に揺れ、商隊の影が長く伸びていた。

テムジンは、そばにいるボオルチュとスブタイを見た。スブタイが小さく頷く。

「護衛兵が七、商人が五。荷馬車は三台……物資は十分にあるな。」

ジェルメが低く囁く。

「奴らは、この道が安全だと思い込んでいる。」

テムジンは弓を握り、冷静な声で命令を下した。

「準備しろ。最初の矢で混乱させ、突撃する。」

「今だ!」

矢が飛ぶ。護衛の男たちが驚いて剣を抜くが、矢はすでに彼らの心臓を貫いていた。残った護衛たちは、必死に隊商を守ろうとしたが、次々と馬から落ちていく。

「囲め!」

テムジンの号令とともに、モンゴル騎兵たちが一斉に疾走し、商隊を包囲した。護衛の抵抗は長くは続かなかった。モンゴルの騎馬戦術の前に、短剣を振るうしかない護衛たちはあまりにも無力だった。

ついに、商人たちは膝をついた。彼らの目は恐怖に満ちていた。

「命は取らん。物資を置いていけ。」

テムジンの声は低く響く。彼はあくまで物資の確保を優先し、商人たちを見逃すことで次の戦略へとつなげようとしていた。

馬車には絹、塩、乾燥肉、武器が積まれていた。特に塩と乾燥肉は、遊牧民にとって貴重な資源であり、これらの略奪は兵站の確保に直結する。

戦略の変革:戦と補給の概念

テムジンの軍は、単なる略奪者ではなかった。彼の目的は、目の前の戦いに勝つことだけではなく、「持続可能な軍隊を作り上げること」 にあった。草原の戦では、ただ戦うだけでは生き残れない。敵を圧倒するには、「補給、情報、撤退」 の三つを柱とした戦略が必要だった。

焚き火を囲む仲間たちを前に、テムジンは言った。

「俺たちは、ただ勝つだけではダメだ。勝った後のことを考えなければならない。」

1. 兵站の強化

  • 遊牧と略奪の両立
    かつてのモンゴル部族は、戦で家畜を奪い、食料として消費するだけだった。しかし、それでは長期戦に耐えられない。テムジンは、奪った家畜を管理し、移動しながら維持することで**「移動式の補給庫」** を作り上げた。

    1. 「今までは戦いの後、ただ奪い、食べ尽くしていた。でも、それでは次の戦が続かない。奪ったものを蓄えるんだ。戦場でも、家畜が俺たちの命を支える。」

  • 交易隊の制圧による補給確保
    遊牧民が持たない資源、塩、布、防具、武器——これらを補給するために、交易隊を狙うようになった。
    「奴らは商いを続ける限り、道を通る。その道を俺たちが支配すれば、補給は尽きることがない。」

  • 軽装騎兵の食料携行
    従来のモンゴル戦士は短期決戦が基本で、携行する食料は最小限だった。しかし、テムジンは略奪した物資を計画的に配分し、「機動力を落とさずに補給を続ける仕組み」 を作り上げた。

2. 情報戦と心理戦

  • 商人たちを生かし、恐怖を広める
    「隊商が俺たちのことを伝えれば、次の交易隊は俺たちを恐れる。戦わずして勝つことができる。」
    こうして「テムジンの軍に遭遇すれば生き延びられるが、抵抗すれば命はない」と広まっていった。

  • 裏切りの防止
    兵士たちにも同じことが適用された。降伏した者たちを仲間に加え、厳しい掟で縛ることで、内部の反乱を防いだ。

3. 迅速な撤退

  • 最小限の交戦で、物資を得る
    「敵を全滅させる必要はない。俺たちが必要なものだけ奪い、すぐに消えればいい。」
    彼は消耗戦を避け、最小限の交戦で勝利を収めることに注力した。

  • 機動力を活かした長距離移動
    モンゴルの馬は一日数百キロを走ることができる。これを活かし、「襲撃後に即座に撤退する」 ことで敵の報復を防ぎ、敵を混乱させ続けた。


3.5 三度目の襲撃:人材の確保


新たな標的

焚き火を囲んで座る男たちの顔には、これまでの襲撃の成功による自信がみなぎっていた。だが、テムジンの表情は鋭く、何かを考えているようだった。

「家畜と物資は手に入った。だが、それだけでは戦は続かない。」テムジンはゆっくりと言った。

スブタイが頷いた。「俺たちは兵糧を確保したが、まだ戦の準備が万全とは言えない。」

ボオルチュが槍を地面に突き立てた。「なら、次はどこを狙う?」

テムジンは地面に小枝で簡単な地図を描いた。「ここだ。」

「遊牧民の集落?」ジェルメが眉をひそめた。「だが、あそこには大した戦力はない。何のために?」

テムジンは冷静に答えた。「戦のための人材を確保するためだ。」

一瞬、沈黙が落ちる。

「戦士ではなく、職人を集めるというのか?」スブタイが尋ねた。

「その通りだ。」テムジンは断言した。「武器を作る鍛冶職人、馬具を作る技術者。彼らがいれば、俺たちの軍は強くなる。」

ボオルチュは興味深そうに腕を組んだ。「つまり、ただの略奪ではなく、軍を鍛えるための襲撃か。」

テムジンは頷いた。「戦士だけでは、勝ち続けることはできない。戦いの準備ができる者こそ、俺たちの最大の力となる。


降伏と新たな仲間

夜明け、テムジンの軍勢は密かに標的の集落を取り囲んでいた。見張りはまだ眠そうにあくびをし、焚き火の番も怠っていた。

「合図を待て。」テムジンは小声で命じた。

矢をつがえた騎馬兵たちが、一斉に動く。見張りの男がようやく異変に気づき、警鐘を鳴らそうとした瞬間——

「撃て!」

テムジンの声とともに、一斉に矢が放たれた。見張りは叫ぶ間もなく倒れ、集落は混乱に包まれた。

「包囲を維持しろ!」スブタイが叫ぶ。

集落の戦士たちが必死に抵抗しようとするが、モンゴル騎兵の速攻に圧倒され、次々と武器を捨てた。

「命が惜しければ、降伏しろ!」ボオルチュが叫ぶ。

集落の族長が、剣を抜いたまま立ち尽くした。彼の顔には恐怖と覚悟が入り混じっている。

「降伏すれば、どうなる?」

テムジンは馬を進め、堂々と宣言した。

「お前たちは家族とともに生きることができる。そして、俺たちとともに戦えば、奪われる者ではなく、奪う者になれる。」

族長の目が揺れる。「……保証はあるのか?」

「ある。」テムジンは迷いなく答えた。「俺たちの掟は、戦利品を公平に分ける。そして、強い者は戦士として認められる。」

沈黙が流れた。やがて、族長が剣を地面に突き立てた。

「……降伏する。」

その瞬間、集落にいた者たちが次々と武器を下ろした。鍛冶職人、馬具職人、そして戦士たちが、テムジンの軍へと吸収されていった。

3.6 小さな軍団の誕生

焚き火を囲む戦士たち

この一連の襲撃の成功により、テムジンの名はさらに広まり、多くの男たちが彼のもとに集まるようになった。彼の軍は、もはや数十人ではなく、百人を超えようとしていた。
夜の草原には冷たい風が吹いていた。焚き火の赤い炎が、男たちの顔を照らす。彼らは疲れてはいたが、戦利品と新たな仲間を得た高揚感が漂っていた。炎の向こうには、次の戦場を見据えるテムジンの鋭い眼差しがあった。

「俺たちは、ただの盗賊ではない。」テムジンはゆっくりと口を開いた。「これからの戦は、ただの力比べではなくなる。知恵と速さで敵を圧倒する。」

男たちはざわめいた。これまでの戦いは、ただの略奪であり、力と数のぶつかり合いだった。しかし、テムジンはそれを超えようとしていた。

「力がなければ、戦には勝てない。」ボオルチュが槍を地面に突き立てた。「だが、それだけでは勝ち続けることはできない。」

「戦利品を公平に分け、互いに信頼し合う。」ジェルメが腕を組んだ。「それが、お前の考える新しい戦士の道か?」

テムジンは静かに頷いた。「そうだ。奪うだけの獣にはならない。力を持ち、知恵を持ち、戦を支配する者となる。」

「だが、それで本当に支配できるのか?」スブタイが問いかけた。「戦に勝つだけでは、すぐに別の敵が現れる。俺たちは、どうやって長く生き残る?」

テムジンは焚き火を見つめながら言った。

「支配とは、戦場の外でも続くものだ。敵を恐れさせ、戦わずして勝つ。そのために、俺たちはルールを作る。」

戦士たちは息をのんだ。ルールを作る? それまでのモンゴルでは、力を持つ者がすべてを奪うのが常識だった。

「ルール……?」ボオルチュが尋ねる。

テムジンは頷いた。

「一つ。戦利品は、戦った者全員に公平に分配する。」

ジェルメが笑みを浮かべた。「なるほど。戦士たちが自ら戦いに赴く理由になるな。」

「二つ。降伏した者をむやみに殺さない。使える者は仲間とし、戦力とする。」

「これで、敵を倒すだけでなく、味方を増やせる。」スブタイが深く頷いた。

「三つ。情報こそが戦を決める。敵の動きを知り、速さを活かして戦う。」

「速さ……」ジェルメがつぶやいた。「つまり、敵が動く前に、こちらが動く。」

「その通りだ。」テムジンは強く言った。「俺たちは敵より先に動き、敵より速く攻め、敵より先に勝つ。」

戦士たちはしばし沈黙し、やがて歓声を上げた。

軍団の進化

こうして、テムジンの軍団は単なる略奪者ではなく、秩序を持った軍団へと進化していった。
彼らは組織的な戦闘を学び、戦場での規律を意識し始めた。
戦利品の公平な分配は戦士たちの士気を高め、降伏した者たちを吸収することで、軍勢は日に日に増していった。

ある夜、テムジンは馬上で草原を見渡しながら、静かに呟いた。

「俺たちは、まだ小さな軍団にすぎない。しかし、この力が、やがてモンゴル全土を覆う影となる。」

彼の視線の先には、次なる標的があった。モンゴルの覇権を争う、より大きな敵との戦いが待ち受けていた。

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