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第5章:タタール討伐と戦略の進化(1190年 - 1195年)

モンゴル高原の覇権争いは、次の段階へと移っていた。タイチウト族を討ち、四千を超える戦士を擁するに至ったテムジンは、次なる標的としてタタール族を見据えていた。

タタール族は金国(ジン)の庇護のもとで勢力を伸ばし、戦力ではモンゴル軍を上回っていた。しかし、テムジンは正面からの衝突を避け、戦わずして敵を弱らせる戦略をとる決意を固めていた。

5.1 タタール族の脅威と戦略会議

焚き火を囲み、戦士たちは静かにテムジンの言葉を待っていた。

「タタール族を討つには、まず金国との関係を断つ必要がある。」スブタイが広げた地図を指しながら言った。

「金国の支援がある限り、奴らは食糧も武具も尽きることはない。」ジェルメが腕を組む。「だが、金国がすぐに動くとも思えん。」

「だからこそ、タタールを孤立させる。」テムジンの目が鋭く光った。「戦う前に、奴らの補給を断つ。」

「交易隊を狙うのか?」ボオルチュが尋ねた。

テムジンは頷いた。「補給がなければ、どんな強大な軍も戦えない。」

5.2 交易路の遮断作戦(1191年)

タタール族は、金国との交易によって物資を確保していた。特に、塩・穀物・武具を運ぶ交易隊は、彼らの生命線となっていた。

「敵の補給路を断つ。それが第一歩だ。」

テムジンは、交易路の一点に狙いを定めた。その地は、金国とタタール族を結ぶ主要ルートのひとつ——東方の道だった。

交易隊への襲撃(1191年)

モンゴル軍は東方の道に待ち伏せを仕掛けた。斥候が報告する。「護衛は三十、馬車は十五台。」

「狙いは物資だ。無駄な殺しはするな。」スブタイが短く命じる。

月明かりの下、モンゴル騎兵は音もなく近づいた。交易隊は、何も知らずに進んでいる。

「……今だ!」

矢が一斉に放たれ、護衛たちが次々に倒れていく。驚きの声が上がる間もなく、モンゴル軍は矢を射続けた。

「敵襲だ!」隊長らしき男が叫ぶが、時すでに遅し。戦闘はわずか十五分で決着した。

「勝ったな。」ジェルメが笑い、大量の塩・食糧・武具が確保された。

5.3 交易遮断の影響とタタール族の焦燥(1192年)

タタール族の主要交易路が封鎖されてから数ヶ月が経った。モンゴル軍が夜襲を繰り返し、塩・食糧・武具の供給が滞り始めていた。

「タタールの戦士たちは、これまで余裕を持って戦っていた。」スブタイが馬上から戦場を見渡しながら言う。「だが、最近の奴らは焦っている。」

「食料が尽きかけているのだろう。」ボオルチュが矢をつがえながら頷いた。「俺たちの戦略が効いている。」ジェルメが満足そうに笑った。

斥候が駆け寄り、報告する。「タタール族は金国に援助を求めています。」

「だが、金国は動かない。」ジェルメが分析する。「今のところ、我々の戦は局地戦だ。金国にとって、介入する価値はない。」

テムジンは焚き火の前で地図を広げ、静かに言った。「ならば、このまま締め上げる。戦わずして、奴らを屈服させるのだ。」

5.4 反撃の兆し(1193年)

焦燥したタタール族は、補給を確保するためにモンゴル軍の支配地域に襲撃を仕掛け始めた。

ある夜、斥候が駆け込んでくる。「タタールの小部隊が、こちらの家畜を襲っています!」

「やはり、奴らは焦っているな。」ボオルチュが槍を握りしめる。

スブタイが冷静に分析する。「食料が尽きる前に、何としてでも奪おうとしている。だが、奴らは狩る側ではなく、狩られる側になっていることを理解していない。」

「ならば、それを利用する。」テムジンが馬上で微笑んだ。「誘い込んで、消耗させる。」

5.5 モンゴル軍の膨張と進化(1194年)

夜の草原に焚き火の光が揺れていた。炎を囲む戦士たちの影は、以前よりも明らかに増えている。

かつては数百人しかいなかった彼らが、いまや六千を超える軍勢に膨れ上がっていた。新たに加わった者たちは、戦場で降伏した敵、戦いを求めて集まった流浪の戦士たち——彼らは、それぞれに異なる出自を持ちながらも、一つの旗のもとに集まっていた。

「兵が増えるのは喜ばしいが、問題もあるな。」ジェルメが酒の袋を片手に、苦笑いを浮かべながら言った。

「烏合の衆では、戦場では役に立たん。」スブタイが火を見つめながら呟いた。

「だからこそ、これまでのように部族ごとにまとまるのではなく、新しい軍の形を作る。」テムジンはゆっくりと頷いた。

「これからは、出自ではなく、力と忠誠がすべてを決める。」

男たちは静かに耳を傾けた。これまでのモンゴルでは、部族ごとの絆こそが戦士たちの結束の要だった。しかし、それは同時に、常に対立を生む原因でもあった。

「十人が互いを助け合う隊を作る。それを十集めて百の部隊とし、さらにその十倍が千の軍になる。」

ボオルチュが槍を握りしめながら言った。「つまり、百人隊の指揮官が、戦場で即座に命令を下せる仕組みか。」

「そうだ。」テムジンは頷いた。「戦場では、指示を待つ者より、自ら動ける者が強い。だから、各隊が独立して動けるようにする。」 スブタイが地図を指しながら言った。「これで、どんな状況でも即座に対応できる軍になるな。」 焚き火の周りにいた戦士たちは、ざわめきながらも、新しい戦いの形に期待を抱いていた。
兵站と補給の改革 軍勢が増えるということは、それだけの食料と物資が必要になることを意味した。 これまでのモンゴルの戦いは、短期決戦が基本だった。
だが、タタール族を屈服させるには、長期戦に耐えられる補給線が不可欠だった。 「ただ戦うだけでは勝てない。」テムジンは仲間たちに言った。 「戦場で戦いながら補給できる仕組みを作る。」
ボオルチュが興味深そうに問いかける。「略奪ではなく、補給を確保するのか?」 「そうだ。」テムジンは、地面に指で線を描いた。 「家畜を戦場近くに移動させ、食料を確保する。」
ジェルメが納得したように頷いた。「なるほど、遊牧のやり方をそのまま戦に応用するわけか。」 「戦いが長引いても、食料の心配をしなくて済む。」スブタイが続ける。「これで、長期戦も耐えられるな。」 降伏者をどう扱うか この戦いを通じて、多くのタタール族の兵士が捕虜となっていた。
モンゴルでは、捕虜は奴隷にするか、殺すのが常だった。 だが、テムジンは違った。 「殺してしまえば、それで終わりだ。」焚き火の前で、彼は静かに言った。 「戦場で生き残った者は、新たな役割を持つことができる。」
「裏切るとは思わないのか?」ボオルチュが眉をひそめる。 テムジンは微笑んだ。 「戦士には戦う場を。技術者には働く場を。」「そうすれば、彼らは自らの意志で俺たちに従うようになる。」
ジェルメが腕を組みながら言った。「それが、本当の支配というわけか。」
テムジンは頷いた。 「戦場で勝つだけでは、モンゴルは変わらない。」「敵を殺すのではなく、従えるのだ。」
兵士たちは増え、軍団としての形が整い始めていた。 焚き火を見つめながら、スブタイが言った。「今の我々の軍は、すでに6,500を超えている。」
ボオルチュが槍を地面に突き立てる。「これなら、タタール族とも互角に戦える。」 テムジンは静かに言った。「いや、我々はすでに奴らを超えている。」 タタール族の補給は断たれ、兵士たちは飢え、戦意を失い始めていた。彼らが取れる手段は、一つしかなかった。

5.6 次への伏線

交易を断たれ、補給が尽きかけたタタール族は、ついに決戦を決意した。モンゴル軍の勢力は6,500人を超え、決戦の準備を整えていた。

焚き火の前で、スブタイが言った。「奴らは、最後の賭けに出る。次の戦いが決着をつける。」

テムジンは静かに頷く。「ここが、モンゴル統一への分岐点となる。」

5.7 タタール族との決戦(1195年)

冬の風が草原を切り裂き、戦の鼓動が大地に響いていた。タタール族の宿営地では、焦燥と不安が満ちていた。

補給は途絶え、兵士たちは空腹に耐えながら、モンゴル軍の動きを見守っていた。彼らには時間がなかった。

「モンゴル軍が退却を始めた!」

伝令が駆け込むと、指揮官たちは目を見合わせた。

「奴らが……逃げる?」

テムジンの軍が、ゆっくりと後退を始めていた。タタール族にとって、これは絶好の機会に思えた。

「今が攻め時だ!」

将軍たちは歓喜し、軍勢は一気に動き出した。

だが、それこそが、テムジンの狙いだった。

決戦の幕開け

テムジンは、背後に広がるハルハ川の渓谷を見つめた。モンゴル軍の後退が計画通りに進み、敵が狙い通りの場所へと誘い込まれている。

「奴らが動いた。」スブタイが小さく笑った。

テムジンは冷静に頷き、合図を送る。

弓騎兵が伏せていた丘から一斉に飛び出し、矢の雨を降らせた。

「罠だ!」タタール族の将軍が叫んだが、すでに遅かった。

両側の丘陵地からも伏兵が現れ、包囲網が完成する。谷間に押し込まれたタタール軍は、思うように動けなくなった。

「包囲を狭めろ!」

テムジンの号令が響くと、モンゴル軍は一斉に圧力を強めた。

敵は次第に混乱し、各地で崩れ始める。

「後退するな!」タタール族の指揮官が叫んだが、その声はもはや誰にも届いていなかった。

戦場の終焉

夕暮れが近づく頃、戦場にはタタール族の屍が積み上がっていた。

生き残った者たちは、次々と武器を捨て、降伏を申し出た。

テムジンは馬を進め、捕らえられたタタール族の将たちを見下ろした。

「お前たちの罪は重い。」

タタール族は、かつて金国の命を受け、モンゴルの民を虐げてきた。その報いを受ける時が来たのだ。

「首を刎ねろ。」

静かに放たれた言葉が、処刑の合図となった。

こうして、タタール族の指導層は消え去った。残された兵士たちはモンゴル軍へと編入され、新たな戦士となっていった。

5.8 勝利の代償とモンゴル軍の進化(1195年)

戦場には、沈黙が広がっていた。タタール族の旗は倒れ、戦士たちは次々と膝をついていた。かつて金国の庇護のもとにあった彼らは、今やモンゴル軍の前に屈していた。

焚き火の煙が夜空へと昇る中、テムジンは馬上から戦場を見渡した。まだ戦の興奮が胸を打つ。だが、それ以上に、彼の心には次なる計画が渦巻いていた。

「我々は、また一つ勝利を手にした。」

彼の言葉に、戦士たちが静かに耳を傾けた。彼らはこの数年で大きく変わっていた。

戦士たちの増加

かつて四千に過ぎなかった軍勢は、戦いの中で増えていった。敗れた敵の戦士たちは、捕虜として処刑されるのではなく、モンゴル軍に組み込まれた。それは、テムジンが「支配とは、奪うことではなく従わせることだ」と考えていたからだ。

戦の前、彼の軍勢は6,500人だった。だが、今や降伏したタタールの兵士たちを加え、8,000にまで膨れ上がっていた。

焚き火のそばで、スブタイが地図を広げた。指で草原の南へなぞりながら言う。

「次に動くのは、ナイマン族かもしれません。」

彼の声は静かだったが、そこには確信があった。タタール族が倒れたことで、モンゴルの脅威が増したのは誰の目にも明らかだった。

「我々が強くなればなるほど、敵もまた動く。」

ジェルメが腕を組みながら、焚き火を見つめた。

「奴らは様子を伺っている……我々が消耗していれば、必ず攻めてくる。」

ボオルチュが笑った。

「ならば、さらに強くなればいい。」

テムジンは焚き火の炎を見つめたまま、静かに呟いた。

「その通りだ。」

戦は終わらない。彼らの道は、モンゴル統一へと続いていた。

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