覚え書き ⑦ 道なり

 北の街の真っ直ぐに道が当たり前だと思って育ったわたしには、東京で暮らし始めた時聞いた、〈道なり〉という表現が新鮮だった。
 真っ直ぐではない道を、その道に沿って、という表現。
 その絵に再び巡り合ったとき、道なりにやって来てこの絵に到着した気がした。

 好きな人は優しい人だった。絵の趣味も映画の趣味もよく似ていた。一緒にゲームもできた。好きな唄歌いは中島みゆき。
 最後に、一緒に行きたかったカンディンスキー を見に行こうといってくれた。
 その前にわたしから手を離していたのに。
 やり直そう、と言ってくれた手を、わたしはもう一度、握り返すことができなかったのに。

 カンディンスキー のコンポジションがみたいねぇ、って、約束していた。約束をして、絵画展が始まる前に、わたしたちは、わたしが終わらせてしまった。

 二人で入った美術館の最初にその絵が待っていた。

 わたしはこの絵を知っている。作者の名前も知らないまま知っていた。
 小学生のある日、前列から順番に手渡しで送られた、北の街の美術館の割引券。しおり大の黄色い割引券の真ん中にこの絵が描かれていた。好きだ。と思った。何もわからないまま、わたしはこの絵が好きだった。

 そして道なりにだどった東京の美術館で、あの日の絵が待っていた。しおりとは比べものにならない大きさで。作者はカンディンスキー 。題名は 〈わかれ〉。 

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