100年前のお姫様たち(2023年)
成瀬家の女性たちは江戸時代「お姫様」でなかった。なぜならば当主たちが殿様でないからだ。城持ちであっても、成瀬家は尾張藩の付家老であり、当時は周りに「旦那様」と呼ばれていたらしい。
明治時代以降は廃藩置県によって、城はすべて明治政府へ返還された。犬山城もそうだ。それにもかかわらず、犬山城は縁あって濃尾震災という天災をきっかけに成瀬家に戻ってきて、その後共に生きることになったと私は思っている。そうした背景から、成瀬家の当主は初めて「城主」と呼ばれるようになった。当然その時成瀬家に生まれていた女性たちも、それにともなって「お姫様」と呼ばれることになったのであろう。
明治に入り成瀬家に生まれた女性陣は、私を含めて3名。父は私のことを「100年目に生まれたお姫様」だからと言って、かわいがってくれた。それは祖父も父も一人っ子だったからかもしれない。とにかく成瀬家に第2子が生まれたことは久々であった。
今回、とある中部地区の新聞が、2020年夏であったか、私の半生を取材して記事にした。私はその時まで、私の人生記録など、珍しいだけで面白くないと勝手に思っていたのだが、結構見ていてくれている方からは好評を得た。そのこともあって私以外の「成瀬家のお姫様たち」に興味がわいて、彼女たちを調べ始ることにしたのだ。
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