任意団体「岡山トリマーじゃけん」解散!そして次のステップへ~
岡山トリマーじゃけんに関わってくださった方々へ
2023年6月21日のラストセミナーをもちまして、ぼくが副代表を務めさせていただいておりました「岡山トリマーじゃけん」を解散いたしました!
100名を超える会員の皆様。本来全ての方に個別にお礼を申し上げるべきところですが、なるべく早くお伝えいたしたく、このような文章とさせていただきました。
8年間にわたる活動はとても楽しく、有意義に取り組ませていただき、岡山県内外のトリマーさんとの交流の機会も多く、自分自身の成長にもなりました。
副代表として至らない点も多かったと思いますが、トリマーとして参加し、快く応援してくださった皆様に改めまして深くお礼申し上げます。
また、岡山トリマーじゃけんを通して知り合った多くの仲間たちに、代表の久内さん、副代表本多さん、会計の掛野さん、誠にありがとうございました!この8年の経験を次に活かせるよう善処して参りたいと存じますので引き続きよろしくお願いいたします(´;ω;`)
団体運営におきまして、メーカー様のご協力もいただき本当に感謝しております。今後とも末永いお付き合いをしていただけますと幸いです。
岡山トリマーじゃけんの足跡
発足当初、まだまだネット環境も整っておらず知識を手に入れる方法が「現地のセミナー」しかなかった頃、主要なセミナーはだいたい東京か大阪でしか開催されていませんでした。
当時のぼくはかなり身軽に色々な場所へ行き、セミナーを受け、知識を吸収していたのですが、地元に帰ると同じような話しができる仲間があまりいませんでした。
「もっときちんとした情報が手に入ればいいのに…」
そんなモヤモヤを抱えながら過ごしていたときに代表である久内さんから「岡山でみんなで集まったら講師の人とか呼べるんじゃない?楽しそうだしやろうぜ!(意訳)」と声をかけて頂き、ほなやりましょかい~~~となってはじめることになった「岡山トリマーじゃけん」の会。
気が付けば加入してくれる人も100名を超え、色々な事がありました。
セミナーも様々な方をお呼びし、開催することができました。
2018年には熊本の震災があり、少しでも犬や同業者のためにと募金を集めました。同年から岡山理科大学専門学校の学生さんたちとの交流も始まり、トリミングサロンプレイングシミュレーションを開催することもできました。
西日本豪雨災害の際には、全国の仲間から募金をしていただき被災したサロンの立て直しや、被災した方のご愛犬を生活が整うまでお預かりする仕組みを構築したり、とても大変でしたし間違えることもありましたが一定地域にとって必要な団体であったと感じています。
学生さん向けの合同就職説明会を岡山県で初めて開催することもできました。学生さんの緊張した空気や、たどたどしくお店のことについて質問する当時の様子は今でも忘れられない思い出です。
また、地域の動物病院の獣医師の先生方にもご協力いただき地元のトリマーと獣医療がどういった連携をとっていけばいいのか?という問題にもお付き合いいただいたり、セミナーをしていただきました。
この後、新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)が全世界に広がり、我々の活動もいったん止まることになりました。
そして、多くのセミナーがオンラインで開始され、岡山県にわざわざ講師を呼ばずとも必用な情報が手に入る世の中になり、ぼくたちの活動を終わらせる決断に至ります。(理由は後述します…!)
ファイナルセミナーは「今までトレーナーさんとの交流がなかったよねぇ」ということで”地元の講師”として元田先生にお願いすることとなりました。
ぼくたちを取り巻く全ての問題が片付いたかといえばまったくそんなことはないのですが、少しやり方を変えて今後もこの連携の糸を断ち切らないよう、課題を明確にして岡山県内のペット事情にとどまらず、全国の地域をよりよくしていきたいと考えています。
本当にたくさんの事がありすぎて、全てを書くことはかなわないのですが、、、関わっていただきた全ての方に改めて感謝を述べさせていただきたいと思っています。
本当に、いままでありがとうございました!!!
最後に、岡山トリマーじゃけんの解散にあたり残金を全て岡山県内に還元して終わろうということで下記フォームの入力にご協力いただけますと幸いです。
団体さんを3つ選択していただき、全てを集計した上位3団体へ均等な金額を寄付する形を取らせて頂くことになりました。下記よりご協力頂けますと幸いです。
【募金先アンケート:〆切は6月末】
ぼくたちは長い間「田舎だから」と諦めていたこともできるようになり、各々が成長し、地域でこれだけのことができるという自信を持っていいと思っています。
堂々と「こういう実績があります」と胸を張って言える運営ができたとも思います。それはぼくだけの力ではどうしようもなく、会長の久内さん、副会長の本多さん、会計の掛野さんがいてくれたから成立したものだし、誰が欠けていてもうまくいかなかったんだろうなと思っています。
チームビルディングにおいて初期メンバーの設計や運用におけるノウハウやコミュニケーションのやり方など、手探りの状態から8年間続けられたことは誇りに思います。
ぼくたち(運営も会員のみんなも含めて)は、地元地域でしっかりと非営利団体として活動報告を上げ、お金の流れを全て透明にして、運営が一切お金をもらわずに継続した活動をして、日本で誰も成し得なかったことを地元の岡山県で成したという事実をもっと誇ってもいいんじゃないかと思っています。
この誇りをもって、今後も岡山トリマーじゃけんのスローガンである「岡山から日本を元気に」を胸に、トリミング業界のために力を使っていけたらと考えています。
ここより下は野間の個人的な反省と、これからについてを書いています。
ご興味のある方のみ読み進んでください。(主にトリマーさん向けです)
なぜ解散に至ったのか
勉強というコンテンツが時代の流れと共にインターネット上に移っていき、集団で(勉強の場として)オフラインで集まる意味は減衰していったのですが「地域のコミュニティ」の維持という事に関しては一定まだまだ必要性を感じています。
本来であれば存続したほうがよかったし、あるといいよね、という団体だったのですが解散に至った経緯をここに書き記しておきたいと思います。以後の誰かのためになれば…
最重要課題
【運営の負荷問題】
セミナーやイベントを開催した事のある人はおそらく想像がつくと思うのですが…めっちゃたいへん!!!
当日までの講師/参加者とのやりとり
時にはセミナー内容を詳細にリクエストされることも
会場を抑える、人数を決める、受講費を決める
赤字になったら自腹という恐怖との闘い(初期)
メーカーとの付き合い
会員からのご要望
名簿の作成
お金の管理
専門学校とのやり取り
懇親会会場の手配
ざっと書いただけなので見ただけでは「そうでもないやん…?」と思うひとは3~4カ月に一回これが繰り返されるというのを想像してほしい…。
ぼくたちは4人メインのメンバーがいて、それぞれに得意なことが違ったのでいい感じに分担できてました。ただ、各メンバーがいつも手が空いているわけではなく普段店の運営もあり、プライベートでも色々あるなかで「やり続けることのしんどさ」というものが少しずつ蓄積されていったように思います。
【報酬がゼロ問題】
理想と現実のはざまでゆらゆら…。
そう、これだけ動いても報酬はゼロ円。だって非営利で初めてしまったからしょうがない。
しょうがないけど…でもぉ…という気持ちがわいてくる。
とっても"お仕事的な事"をしているにも関わらずまったくお賃金が発生しない活動は…よほどのパッションがひつよう…よく考えたらNPO法人だって一般社団法人だって運営(事務方)の給与はきちんと出ていて、ボランティアなのはポイント助っ人みたいな人だけなんだよな…。
初期の構築からパッションだけで突っ走ってしまったがゆえの…いわば自業自得ともいえるこの問題。ああしたらこうしたらって言ってくれる人もいるけれど、じゃあやってよって言うとモゴモゴしはじめるのドウシテェ…
ということで、初期設計の時点から「1年で運営交代」とか決まった状態でやれればよかったんだけどそれもまたむずかしや・・・次に続く話しにはなるのだけれど、4人のピースがハマりすぎてて引継ぎができなくないかこれ…ってなっていました。(誰が抜けても存続がむずい)
【後継者が不在問題】
これは年下も年上も関係なく「運営で入ってもらえんじゃろうか…」という話しをすると、断られてしまうのです。ぼくなりに解釈した結果以下のようになりました。
上げればキリがないのでめっちゃ簡単に要約すると「プライベートの時間を使ったり(お金が発生する)仕事を削ってやるのにも関わらず責任が重たすぎるよ!!!!!!」っていうことなんですよね。
ぼくたち4人は「地域に勉強の場や繋がりがなかったからそれを作りたい」という動機(情熱)があって動けたのですが、それが叶ってしまった今、引き継ぐ側は「すでにあるものを押し付けられる」という感覚になっても仕方がないよなぁ・・・と思いますし、ぼくも引き継ぐ側の立場だったら断ると思います。。。シカタガナイヨネ。。。。
継続するにはどうしたらよかったのか?
地域の団体としてしっかりと「ここで終わります宣言」ができたことは一定、価値があることだと思っています。とはいえ、じゃあどうしたらよかったんだっけ?というのを考察してみるのですが、先に結論から述べておきます。
あとは運営にもきちんと利益配分が成される仕組みにして持ち回りで変容させていくというのがおそらく大事…!
考察の結論として一言で表すなら「誰が運営メンバーになっても回る仕組み」ができていなかったことが最大の要因だと考えています。近年よく言われるようになってきている「属人化を排除する」というやつです。
「誰か」がいないと成り立たない仕組みは継続が困難。それは"やる事"が大きくなればなるほどに重たい足かせとなっていきます。もちろん属人化じたいが悪いことという意味ではなく、こういった組織運営をしていく場合には向かないなぁ…という意味です。
もし上記をクリアできていた場合に考えられる問題
じんるいはかくもおろかである。というのは過去の人文学者たちがこぞって取り上げるトピックのひとつなのだけれど、やはりぼくも含めて人類は愚かなのだろう。ロジックを設定してもそれがきちんと伝わることはおそらくない。
運営や事務局にきちんと賃金を発生させて運用した際に考えられる反発や予期しない問題が一定あると考えられる。
上記が発生することは当然だと、、、これらを折り込んだ上で運用していかないといけないのだ…つまり、運営になってしまったばかりに自分が何をしても何をしなくても謎の石を投げられてしまう事が多かれ少なかれ発生すると思う。
という約束ごととして出発したはずのものが、いつしか誰かのためだけのものとなってしまったり、声の大きい人だけが我が物顔で集団を動かすような運用になってしまったりすることもあるだろう。
とはいえ「代表者」という最終決定権を持った人間がいないとコミュニティはあっという間に衰退することも事実だし、”運営という機能”は問題を可視化してメンバー全員に周知し全員に「考えてもらう土壌をつくる仕組み」がないと運用ができない。
「みんな平等」にしてしまうと、全員が「誰かが何かをしてくれるだろう」で、何も始まらないし動かないだったり、自分が言いたい事だけを言い放ったあとに「私は言ったのだからあとは他の者がなんとかしてくれ」だとか、傲慢ムーブが発生することも想像に難くない。
大事なのは全員が以下の意識を共有できている状態をどう創っていくかということ。
みたいな「よく考えれば当たり前」な事でしかない。
金を出しているのだからお客様扱いしてくれよ、という人が多い状況ではあまり良いコミュニケーションが取れかもしれない。その点を大きく危惧するのであれば、岡山トリマーじゃけんのように完全にお金の流れをオープンにし、誰も収入を得ない状況でやったほうがいい。(とはいえそれでは長続きさせることも難しいのだけれど…)
人間は「自分がやった事のないこと」や「知識のないこと」に対して軽んじる傾向があるのは間違いないし、おそらくヒトという種に生まれた以上そういう振る舞いや特性が初期装備としてインストールされているのだと思う。
つまり、自然発生する問題じたいを問題だとすることが問題なのかもしれない。
(これ話しだすと無限に文字数増えるので次にいきます)
次のステップへ
ここまで”解散の経緯”を説明し、”解散しないために”何をしたらいいか、とはいえ解散しないための仕組みを作ったとして”更なる問題”がないかをぼくなりの視点で論じてきました。(本当はもっとあるけど大事なところだけ抜粋しているから読む人によって解釈が変わってしまうと思うけど許してね)
それを踏まえた上で「じゃあ、これからどうしたらいいんだっけ?」というぼくなりの現在の”答え”を示そうと思います。まずこのnoteでは前提条件を揃えていくためのもので、これが全てではないという前提のもと読み進めてください。
まず、すでに岡山トリマーじゃけんでの反省をふまえて「リスタディ」(以下:リスタ)というサービスをぼくが代表としてこの一年運営してみています。
リスタというサービスじたいの直近の課題は「お金がない」一択なのですがそれはいったん置いておきます。(毎月-30万くらいで1年運営しているぜ…あと100人くらい加入してくれると±0になります…)
具体としてリスタで今後何をやっていくか?という事なのですが、以下の3つをリニューアルしてやっていきます。(今まではとりあえず勉強がメインだったので…)
今ぼくがトリミング業界全体を見渡したときに全てのトリマーが自立した状態になることが必要だと感じています。その自立した状態になるために「具体的に何が足りていないんだっけ」と考えてぼくなりに結論づけているものが以下の3つです。
この3つを叶えなければ、今後のトリミング業界は”どうにもならない”と考えています。これらを重要だよね、と考えている人はおそらく全国にたくさんいると思うのですが「じゃあこれらを達成するためにクリティカルに、具体的に何をやるんだ」となったときの手段が問題であると考えています。
次のnoteからこの3つについて書いていこうと考えているのですが、前提の解釈を揃えておきたいと思うのでお付き合いください。(まじで長文なので時間があるときに読んでね)
自立できないトリマーの多さ
ぼくたちは長い間「トリミングに関して正しい答えがどこかに必ずある」という妄想にとりつかれてしまっていました。それゆえに苦しむ人をたくさん見てきましたし、ぼく自身も苦しんできたように思います。
業界の文化として「徒弟制度」が長く運用されてきた結果、目立っている人が言っていることが概ね全て正しい。という理解をしてしまう人が残念なことに多くいるし、むかしのぼくもそうでした。
その認識のまま育ち、立場のある場所に立ってしまった人が「自分の言う事が全て正しい」と勘違いされてしまう場合もあるようです。父親が家庭で権威的な振る舞いをして育った子供が、自分もそうしてしまうように。
メーカーの言っていることは全て正しい、雇用されているオーナー/上司の言っていることは全て正しい、問屋の営業が言うことは全て正しい、今で言えばInstagramやYouTubeで一定目立っている人の言うことが正しい、有名なトリマーが言うことが正しい、というような理解をする若者も増えているように感じています。
または少しセンセンショーナルに「最新の」とかがついている話題だったり「○○のための3選!」だったり「獣医師監修の~」だったり「ここでしか学べない」だったり。
と立ち止まるなく受け止めてしまった場合「○○にはこれがいいらしいよ」「△ってこれがだめらしいよ」と、全てを単純化してとらえてしまうようになってはいないでしょうか。
あるいは、上記文章を読んで単純化して真に受けてしまい、上司のひとつの行為が間違っていたとして「だから全部だめ」みたいに少しの間違いも許せないような状態になってしまっていないでしょうか。(上司も人間です…)
部下のひとつの行為が許せなかったからといって全体の評価を下げるようなことをしていないでしょうか。(部下も人間です…)
「全てのトリマーが真に自立する環境」というのは、全てのトリマーが情報を受け取り、自分の頭で考え、反証をした結果であれば出力した解答がどうであれ、法律に反していない限り問題ないと思っています。
自立というと、とたんに単純化され「他の人の逆張り」をしたがる人が出てきてしまったり「自論に固執」してしまったりする人がいたりするのですが、そうではありません。
という営みをしていくことで、多様な考えを雑にまとめようとしたりせず、そっと横に置いたまま、自立して仕事の環境を前に進めていけるのだと思っています。
一方で、「有名なトリマーが言ってたから」とか「有名な獣医師が言ってたから」とか「SNSでみたから」というのは自分の頭で考えていない、自立できていない証左かと思います。
批判に対する姿勢
世の中を見渡していると、批判は悪いことのようにとらえている人もいらっしゃれば、批判はイイコトのようにとらえている人もいらっしゃいます。
批判がなければモノゴトは良くなっていきませんし、批判とはき違えて否定がしたいだけかのような文言も多く見て取れます。(まずは”批判”という言葉の定義が使用されている人によって違うことがある事も懸念しています)
例えばこのnoteを見て、業界の方が”適切な批判”をしてくれることをぼくは好ましく思っています(/・ω・)/ラブ
「ここはわかるな」「ここはわからないな」という部分があると思うのですが「わからないから批難する」のではなく、わかった上で批判をしてほしいなと考えています。もし「これってどういう意味なんだっけ」というものがあれば聞いていただけたらお答えしていくしょぞんなのでぜひぜひ!一緒に「トリマーが情報から自立するためにどうしたらいいか」を語っていきませう!
とはいえ、具体的に問題があった時に現実でトリマーを集めて何かを議論することができるのか?と言われたらぼくは難しいと思っています。
多くの場合は議論ではなく「共感するだけ会」になるか「鶴の一声会」になるか「ただの悪口集会」になるか「私たちがNo1の会」になっちゃう気がしています。
議論をするために必要なのは
などが必要となります。議論とは討論とは異なり、AvsBという構造ではなくAでもBでもない答え「C」を出していくことが重要です。
ぼくが「(多くの)トリマーには(今の段階で)議論ができる人間がほぼいない」と言っている理由として、専門学校の教育が背景にあると考えています。
社会に出てそのような教育の場があるか?と問われても(ぼくたちの業界内には)おそらくない。
勉強中の段階で、一流の研究者ばりに「科学とは常識を疑うもの」という意識をもってしまう人がいて、そういう人が拗らせてしまうと「ぼく(わたし)のかんがえた最強の方法」みたいなものを主張しはじめてしまうのかもしれない。
話しを戻すと、議論の前段階の「対話」がそもそも成立していないのかもしれない…という仮説のもと「リスタ」では対話のお作法を「実際に体験しながら」得ていこうね!みたいな試みを行っています。(ぼくもまだまだ何もできていない状態です)
対話の段階では「知識が多い/少ない」ということはまったく関係なく、いったんみんなで知っている情報をテーブルの上に並べてみようぜ!みたいなものだったりします。
哲学対話の性質として「他者を軽んじる特性が強い人」「自論に縛られてしまう特性の強い人」にとってはつまらないもののように感じる事が多いようです(´-`).。oO
また「絶対に答えを出すもの」でもないし、考える前から「人それぞれだよね」という事は何の意味もなさないのでお気をつけあそばせ…!(気になった方はぜひぜひおがぢ先生から学んでいきやしょう)
今月から「倫理」がスタートしまっす(/・ω・)/
広い視野を手に入れたい人は是非!
自立を目指した時の落とし穴
自立という言葉は、ときに勘違いさせてしまうこともあるようです。
いざ自立をしようとなったときに「孤立」してしまう人たちがいる。
自立っていうのは”何かから切り離された状態で一人になる”ということではないのです。それを人は孤立と呼びます。
依存できる社会資源(情報の取得先)が多い方が自立に繋がるのですが、少し勘違いをしてしまうと「自立とは誰にも依存しない状態だ」と思い込んでしまう方がいらっしゃるようです。
自立をするためには少なくとも「選択肢がたくさんあることと」と「支配されないこと」が重要であると、東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一朗さんがおっしゃられていたことをぼくはとても印象に残っています。
選択肢が少ないことで情報の依存先が限定されてしまった場合、容易に支配されることになります。例えばカルト宗教やネットワークビジネスといったものはこの依存先をわざと限定させることによって支配構造を作り出しています。(ここ説明不足だと思うからわからんかったら聞いてね)
依存先を偏らせないこと
上述してきたことでおそらくこれを読んでいるトリマーさんは「ペット業界内」の範囲で考えていたと思う。というかぼくがそう読めるように書いていたからなのですが…。。。(ごめんね)
個人としての依存先は「文学」でもいいし「科学」でもいいし「アート」でもいいし「スポーツ」だって「家族」でもいいし「対等に付き合える友人」でも「恋人」だっていい。
あるいはアイドルだって漫画だってアニメだってプラモデルでも舞台でも旅行でも畑仕事だっていい。
ペット業界に限ったことではないと思いますし過去のぼくもそうでしたが、どうしても人間は「自分に関係がある」と自認しているものだけに依存先が偏っていき、結果的に苦しくなったり、悲しくなったり、誰かを攻撃したくなったりする。
つまり、そうなってしまっている状態は本人が一番「困っている」状態だと思います。だからどうか自分が困らないために色々な場所、状況、人、たくさんの環境や考え方に依存してみてください。
例えとして友人のトレーナーさんはこうおっしゃられていました。
その数多にある選択肢のうちのひとつとして、お守りの意味としてでも「リスタ(仮)」を依存先の"ひとつ"として選択してもらえると嬉しいです。
結局リスタって何やねん
リスタ(仮)のことは全然このnoteでは説明できていないので判断は保留してもらっていいんだけれど簡単に理解してもらうために無理やりまとめると
ために、みんなでお金を少しずつ出し合って維持できる機能と適切な事を志を持って完遂できるようにして、業界全体をいい感じにしていきたいよね!!!という団体にしていきたいと思っています(/・ω・)/
今加入すると色んな講座が見放題~~~!!!
一か月でも元が取れるぜすごいぜなんだこれぇ~~~!!!
ってなってくれると嬉しいな(´-`).。oO
入ったけど使い方わからんとか、入ろうかどうしようか迷ってる人はお気軽にぼくのほうまで「どういう中身なん?!?!?」というのは聞いてもらえると嬉しいデス!!!!
ちなみにあと2日以内に入るとめっちゃいいこと(人による)があります!!!!!!!!!!!まってるぜ!!!!!!!!!
トリマーさんはとりあえず3300円のプランで間違いないから迷ったらほんと気楽に相談しておくれまし(/・ω・)/
みんなに知っておいてほしい大事な事
ぼくがこういった論考をしているときなのだけれど、誤解を恐れずに言えば「いったん自分のことを棚に上げて」本当の本当の本当に、真の意味で、理想と現実の剥離をどう埋めていったらいいんだっけ?本当にそうなんだっけ???という事を考えていきます。
しばしば「自分ができていないのにえらそうに言うな」というような言葉に出会う事があると思うのですが、推論や考察というのは「いま出来ていないからやる」ものです。
そして、推論や考察をしたあとに「実現する」ことによってはじめて意味が生まれます。揚げ足取りや、切り取った文字を揶揄するだけでは何にもなりません。(とはいえ適切な批判や問題提起はひつよう!誰が何と言おうと全ての言論や表現は法に反しない限り守ると誓うよ!)
意味が生まれるというのは、実際にやったらどうだったのかという答え合わせという意味です。それが良い方向にもですが、悪い結果だったとしても…です。結果が出た後に「私はこう思っていた」とか「だから言ってたのに」という後出し孔明みたいなムーブもあまり意味がないでしょう。
絶対にこうしたらよくなる!と断言する事は嘘になる。だからぼくは
そう言い続けるしかないのだと思っています。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました(/・ω・)/
次のnoteは
ということで、リスタをリニューアルする中身を少しずつ書いていけたらいいな…と思っているのですが今回かなり長くなってしまったので、読みやすくひとつずつちょっとずつ書いていけたらいいな…と思っていますのでお付き合いいただけると助かります~~~~!
noteに書く前に全貌は先にリスタ内でご説明したいと思っています!しばしおまちを!!!
ここから下はいぬのしゃんぷーやこと、ノマのファンクラブ限定の特に何の意味もない話しが続きますのでぼくの無料ゾーンでためになったな…とかちょっとノマの晩メシのグレードを良くしてやるか…とか奇特な方は月額noteマガジンをご購読いただけますと幸いです…!オカネガナイ…。
とはいえここに月額1000円払うくらいならリスタに入ってほしい!
ここから先は
いぬのしゃんぷーやの秘密とか
日々の思う事やちょっと表に出せないお話しをしていきます。 あまりエビデンスバチバチの内容ではなく個人的感想レベルの肩の力を抜いて書けるやつ…
取材費や研究費に使わせて頂きます。おなかがすいたらぼくの晩ごはんがアップグレードします。