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2020年映画ZAKKIちょ~ 14本目 『アングスト/不安』

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1983年製作/87分/上映時間:R15+/オーストリア
原題:ANGST
劇場公開日:2020年7月3日
観賞劇場:シネマート新宿
観了日:7月4日

理性崩壊!もうガマンできない男の殺人衝動!
まさかの実話!世界で上映禁止!配給会社も逃亡!

 統合失調症と診断された殺人犯ヴォルナー・クニーセクが、1980年にオーストリアで実際に起こした一家惨殺事件を元にした実録サスペンススリラー。
監督は、本作の製作費を自腹で突っ込んだジェラルド・カーグル。
1983年に公開された本作は、現地オーストリアではあまりのショッキング映像に嘔吐する客や返金を求めたりする客がが続出し批判が殺到し、1週間で上映が打ち切られ、世界各国でも上映が禁止され、ビデオも発禁。北米の配給会社に至っては、本作がXXX指定を受けて逃亡したという。
ジェラルド監督はこの1本で映画監督業を引退し、CMや教育番組の制作を行っているそう。

 日本では「鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜」という覚えにくいタイトルで1988年にVHSでリリース。

だが、VHS全盛の中で全国の市場に流通したのが300本以下(パンフ参照)という、ホラー映画好きですらその存在を知らないという幻の作品となり、その後、VHSは超プレミア価格でマニアの間で取引されていた。
「カノン」や「CLIMAX クライマックス」などとんでも映画を撮っているギャスパー・ノエ監督が「60回は観ている」と生涯で最も影響を受けた映画として大絶賛したとのこと。

そんないわく付きの禁断の作品が37年という時を経て、HDリマスター化されて劇場で初公開。

【あらすじ】
刑務所を出所した狂人が、とたんに見境のない行動に出る。


公開の何か月前から本作についての記事がアップされて、本作にまつわる上記のようないわくつきな経緯を読み、上映劇場の過剰なまでの注意事項など読むにつけ、ワクワクと期待に胸を膨らませながら、劇場へ足を向けた。

以下、「良かった点」と「良くなかった点」。

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○良かった点

 とにかく話がシンプル!
殺人衝動が止まらない気ちがいの若者を87分間追っていくだけ。
そこに、なぜ彼がそういう人間になったのか、冒頭でモノローグによる軽い説明はあるものの、そういった過去の話を引きずる事も無い。

殺人鬼映画といえば、以前、ここで「屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ」を取り上げたし、昨年公開の「ハウス・ジャック・ビルト」や「ジョーカー」など近年良作が続けて公開されている。
だが本作と比べると、それらの方がちゃんとパッケージングされたエンターテインメントとしての映画的な物語性を感じられた。

 本作に関しては、そうしたエンタメ要素を排した、理解不能で共感皆無な、得体のしれない化け物の生態を、観察している感覚に近い。
それは、何のエモーショナルさも付け加えず冷徹に映し出している。

…のだが、本当に恐ろしい作品である。

殺人鬼K.が、目ぼしい家の窓を叩き割って侵入してから、3人の尊い命を奪っていく行程をキャメラが追いかけていく中で、ふと、衝動のままに慣れない手つきで行っていく彼の行動を応援していくようになってくるのである。

「あ!女が逃げた!追いかけろ!」と心の中で思ったとき、自分の中に棲む闇の部分が浮き彫りにされ、それに「ハッ!」と気づいてしまった瞬間が恐ろしいのである。
そしてまた観たいと思ってしまう感覚、道徳的に反するような、人間が触れちゃいけない、禁じられたものに再び手を出そうとする気持ちに突き動かされる衝動もその恐ろしさに拍車をかける。

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 主人公である殺人鬼K.を追いかけるキャメラワークも凄い。
要所要所で主人公の歩行のリズムに合わせて人物を中心に360度回転するキャメラで活写する。
83年当時で、現代では当たり前になった主観視点風の画を撮っていたのは相当、先端をいっていて斬新な手法だった事は間違いない。

アカデミー賞最優秀短編アニメ映画賞を受賞した経験もある、キャメラマンのズビグニェフ・リプチンスキは、撮影の為に、鏡を駆使した技術的な小道具を発明したらしい。

メインの舞台となる主人公が侵入する家の、1階、2階の位置を丁寧に描いているのも見事。
まだ殺人鬼が家にいることを知らないおばちゃんや若い娘さん、障害者の息子の位置も丁寧に描写している為、殺人鬼がいつ行動に移すのか、かなりハラハラした。
もちろん殺人鬼側の視点に立った「ここからどう攻める、オイ?!」という心のツッコミをしながら。

 殺人鬼K.を演じるアーウィン・レダーの狂った演技が無ければ本作は成立しない。パンフによると、彼の父が精神科医で、幼い頃、実際の精神病患者との交流の経験が、本作で演技する上で参考になったとのこと。

それ以外のキャストはほぼ素人だったようだが、被害者の若い娘さん役のシルヴィア・ラベンレイターがめちゃかわいかった!

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 そして本作を盛り上げる要素として、音楽が挙げられる。
ドイツ出身の電子音楽バンド、タンジェリン・ドリームに在籍していたクラウス・シュルツェが担当。
特に重要なシーンでかかる、温度を感じない冷徹なシンセビートの反復音が延々続く曲「Surrender」はずっと耳にこびりついて離れない。
しかもサントラだと8分48秒続く。
実はこれ、作業用BGMとして延々リピートして聴くと、かなり作業がはかどる。
本編はこれまでなかなか観られない幻の封印作品だったが、クラウス・シュルツェのソロアルバム名義の本作のサントラは、CDもLPも手に入りやすいしサブスクでも聴ける状況。作品の余韻に浸れる名盤!

 あと、本作を観終わったら、無性にフランクフルトが食いたくなる事は必至!
詳しくは本編を見て確かめろ!

×良くなかった点

 良くなかった点、それはエンドロールが流れた時に筆者が「もっと殺人鬼K.が犯行に及ぶ姿を見せろ!」と無い物ねだりのような感情を抱いてしまったことである。これは危険。
37年前に公開され、すぐに倫理的な観点から封印されたのが納得と言える。

結論

 とにかく人間の異常性が際立ったヤバい映画。
観てから後悔してももう遅い。観逃して後悔するのはもっとまずい。

それでは最後にみんなで予告編を観てみよう。


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