美少女ゲームのヒロインは主人公本位であるべき~恋カケ炎上で感じたもの~
はじめに
『恋×シンアイ彼女』という作品が数年前に発売された。18禁のゲームである。この作品が発売当初はとにかく炎上した。一人のヒロインのルートがとにかく酷いと。シナリオライターどころか原画家にまで飛び火する始末だった。
私がこの作品を購入してプレイしたのは、発売から半年以上経過してからだった。もちろんこの炎上は知っていたし、結末もなんとなくわかっていた。だから自分がいざプレイしても、予約購入をした人たちよりは衝撃がだいぶ軽かったのは否めない。
当該ルートのあらすじ(ネタバレであり、プレイ済みの方は飛ばしてください)
國見洸太郎という主人公は、小説家を志望している学園生だ。文芸部に所属しており、過去に出版社から本を出したこともある。けれど、恋愛小説が書けないと悩んでいた。それは、過去の失恋が心に傷を負わせているからだ。その失恋した相手である姫野星奏が、炎上したルートのヒロインである。
洸太郎は、小学生の頃に星奏と出会った。彼女は音楽への関心が高かった。作曲もするようで、作曲のコンテストに応募してみたらと洸太郎は星奏に勧めてみたこともある。紆余曲折の末に、次第に洸太郎は彼女に好意を抱いていく。
しかし星奏が転校することが決まってしまう。転校の直前に、洸太郎は星奏に手紙を渡す。中身はラブレターということは伏せて。それを受け取った星奏は転校していった。けれど、その返事はいつまでも返ってこなかった。洸太郎は、フラれたと解釈した。ラブレターの返事が返ってこないというのは、ほとんどの場合は脈がなかったという意味でしかないのだから。
洸太郎が学園生の2年目になると、星奏が転入してきた。それは予想もしていなかった再会だった。洸太郎の彼女への恋心は全く褪せてはいなかった。洸太郎は、五年前のことには触れずに告白をした。星奏はそれに応えた。二人は恋人同士になり、デートやその他のことも経験する。二人は何も裏表のないカップルに見えた。けれど、そこには偽りが隠されていた。
学園祭では、目玉企画として「グロリアスデイズ」という人気ガールズバンドが出演することになっていた。しかしそのメンバーのボーカルが体調不良で出演できなくなってしまったという。代わりにステージに立ったのは、なんと星奏だった。そこで、星奏がグロリアスデイズの隠れメンバーだということが明かされる。過去に作曲のコンテストに応募したことで、その才能を買われたという。
学園祭後に星奏は何も言わずに転校してしまう。また小学生の頃と同じように星奏は洸太郎から離れていった。それから時は流れ、洸太郎は学園の教師になっていた。小説家という夢は諦めていたのだ。そんなある日、夜の街中で星奏と再会する。彼女はホテル暮らしをしているそうだ。洸太郎は自分の家に泊まるように提案し、彼女はそれに乗った。同棲生活が始まった。かってのカップルだった頃のように身体を重ねることもする。洸太郎は結婚まで考えて指輪も用意していた。
しかし、星奏はまたも失踪してしまう。今回は手紙を一通だけ残して。その内容は、こうだった。洸太郎を会うと創作意欲が刺激されて良い曲が作れるようになった。だから学園生時代も今回も洸太郎に会いに戻ってきた。スランプの状態から抜け出すために。平たく言えば、星奏は洸太郎のことを利用していた。恋愛感情もないわけではないが。そして、もう二度と洸太郎とは会わないことを約束していた。
それから、洸太郎は女子生徒に手を出したという濡れ衣をかけられ、教師を辞めることになってしまう。星奏と破局したことで自堕落な生活をしばらくおくることになる。
星奏が関わっていたグロリアスデイズは謎の解散をしていた。その真相を解明できれば星奏の行方を掴めるかもしれないと、洸太郎はルポライターになることを決めた。そして暴いた事実は、こういうものだった。
グロリアスデイズの所属していた事務所が莫大な借金を抱えていた。その借金を、星奏が肩代わりしたのだという。冷静に考えれば、所属アーティストがそのような義務を負う必要などないのだが。ともかく彼女はそうしてしまった。表舞台から姿を消して、消息も掴めない状況だった。洸太郎はそこで彼女を追うのを諦めた。
洸太郎はルポライターを辞めると、再び小説家として本を出した。その内容は、星奏へのメッセージだった。どこかで彼女が読んでくれると信じて。疲れ切った彼は、公園のベンチに腰掛けた。そして、星奏が創作家として全力で行動していただけなのだと気がついた。同様に自分も、彼女への気持ちを伝えることで全力だったのだと。まぶたを閉じると、星奏が側にいるような感覚があった。
姫野星奏にヒロインとして欠けていたもの
私の個人的考えになるが、美少女ゲームのヒロインとは、主人公本意であるべきだと思っている。どんなに自身の夢や目標があるとしても、離ればなれになったとしても、主人公から目を逸らしてしまうことだけはしてはならないと。それが姫野星奏に欠けていたものだと思う。
このルートのシナリオライターは、新島夕という人物である。これ以前の作品でも衝撃的な結末を描いたことで有名だ。それらの評価も高い。ヒロインとの別れはどうしようもない死別が主に多いだろうか。
けれど、それらのヒロインたちは主人公から目を逸らすことはなかった。むしろ、主人公のことが大事で大事で仕方がないといったヒロインたちだった。彼女らと対照的なのが、今作の姫野星奏というヒロインだった。
彼女は創作のためならば、主人公を都合良く利用することも躊躇わない。実質、彼から向けられる好意を利用していた。学園生時代は自分の創作家としての復調を実感すると、すぐに彼から離れてしまったように。そして、決して助けを求めようとせずに自分だけで抱えてしまうのだ。
終わりに
姫野星奏は創作家であってヒロインではなかった。この一言に尽きる。創作家には、創作のためならば生活の全てを犠牲にするような人もいるという。星奏は、恋愛を犠牲にした。洸太郎への思いよりも、音楽に向ける情熱の方が上回っていた。自分のことが最優先で、誰かのためにという選択をすることはなかった。決して譲れないものがあった。
そんな彼女の生き様が、プレイヤーには醜悪に映ったのだろう。こんなヒロインは自分たちの望んだ姿ではないと。けれど、シナリオライターの新島夕はこのような物語を書ききりたかったのだろう。創作家とはこういう人種なのだと。そんな星奏と、彼女を追いかけ続けた、自身もまた創作家の端くれであった洸太郎。この二人の恋愛物語をユーザーに届けたかったのだろう。その上でどんな伝わり方をするか試したかった。そう推測するほかない。