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性入論の説明とチベット文法学の導入

チベット語文法用語の概説

単語について

まず、最も最小の単位は、音素(yi ge)である。例は



である。これは、kha という音を純粋に意味し、音以外の意味を持たない。ちなみに文字は yig gzugs という。文法学において、yi ge は基本的に音素を指す。

次に、単語(ming)がある。例は、

ཁ་

である。この文字(yig gzugs)は kha という音素(yi ge)を示すと同時に、「くち」という意味を伝える。

また、単語(ming)には必ず後接字(rjes 'jug)がつく。単語(ming)の kha には一見、後接字(rjes 'jug)がないように見えるが、

ཁའ་

という形で 'a がついている。一般的に 'a は書かれないが、それは Legs bshad ljon dbang の「rgyang ba 'phul la 'a mtha' dgos/ gug kyed brtsegs 'dogs can la sbang」規則の類推適用によって不可視化(sbang, skt lopa?)されているだけであり、文法学上は存在している。

もし、kha に後接字(rjes 'jug)がなければ、kha の属格形である kha'i という形は作ることができなくなる。というのも、sum bcu pa 本文には、「rjes 'jug yi ge bcu po ni/ i dang mthun lugs 'di zhes bya/」とあり、後接字に合わせて属格形を作ると書いてあるからである。kha には見えないが後接字(rjes 'jug)'a が存在しており、本来は、kha' であるから、その 'a に合わせて、kha'i という形で 'i が結合する。

単語(ming)を分類するならば、以下となる。

1) 合成語(rje grub kyi ming)
2) 恣意語('dod rgyal gyi ming)

前者は、複合語など理由があってそのように成立した単語であり、後者はそうではないものである。

あるいは、単語(ming)は次のようにも分類される。

1) 事物単語(dngos po ming)=動詞以外の単語
2) 行為単語(bya pa ming)=動詞

前者には名詞(ming tshig)や形容詞(khyad tshig)などが含まれ、後者は動詞(bya tshig)である。

さて、単語(ming)より大きな塊は、文節(tshig)である。例えば、

ཁ་ཆེན་པོ་

である。意味は「大きな口」である。このように複数の単語(ming)が並んだときに、文節(tshig)が出来上がる。

さらに大きな塊は、文章(thig grub)である。例えば、

ཁ་ཆེན་པོ་རེད།

である。意味は「大きな口である。」である。

助詞について

この単語(ming)ではないが、音素(yi ge)ではないものに、助詞(phrad)がある。助詞(phrad)を分けると以下の二つである。

1) 一音節助詞(phrad rkyang)su ra など一音節。
2) 複数音節助詞(phad bsdus)'on kyang などの2音節のもの。

前者は la don 助詞 su ra など一音節のものを指し、後者は 'on kyang などの2音節のものを指す。

また、助詞(phrad)を分けると、

1) 自由助詞(rang dbang can gyi tshig phrad)
2) 隷属助詞(gzhan dbang can gyi tshig phrad)

となる。自由助詞(rang dbang can gyi tshig phrad)とは、後接字(rjes 'jug)の影響を受けずにある助詞(phrad tshig)のことであり、前の単語(ming)の後接字の音に関わらず一定の形を保つ。例えば、la である。nyi hong la 'gro/ (日本に行く)も shag la yod/(部屋にある)も双方、la であり形を変えない。しかし、隷属助詞(gzhan dbang can gyi tshig phrad)の la don を選択した場合、nyi hong du 'gro(日本に行く)、shag tu yod(部屋にある)となり、一方では du 他方では tu となる。これは後接字(rjes 'jug)の影響を受けて変化している。

隷属助詞(gzhan dbang can gyi tshig phrad)が後接字(rjes 'jug)の影響を受けて変化する要因は二つある。

1) 性別一致(rtags mtshung pa)
2) 発音の便宜(brjod bde ba)

である。前者は後接字(rjes 'jug)の音の性別と一致させて、助詞の音を選定するために、ある助詞が隷属助詞(gzhan dbang can gyi tshig phrad)となる。後者は、後接字(rjes 'jug)の音の性別と一致させると実際の発音と文字が乖離し、さらに発音が難しくなることから、後接字(rjes 'jug)の音の性別と一致しないが、発音しやすい音を選定するために、ある助詞が隷属助詞(gzhan dbang can gyi tshig phrad)となる。それぞれの例は以下の通りである。

1) ངག་དབང་གི་(ガワンの)
2) ངག་གི་(言葉の)

前者を見ると、後接字(rjes 'jug)の nga は女性音(yi ge mo)であり、基字(ming gzhi)の ga も女性音(yi ge mo)である。従って、性が一致している。

後者は、後接字(rjes 'jug)の ga は男性音(yi ge pho)であり、基字(ming gzhi)の ga は女性音(yi ge mo)であり、性別が一致しない。本来なら、性別を一致させて、男性音の ka を持ってきて、ngag ki としなければならない。しかし、そうすると発話にエネルギーを使い聞き苦しいため、性別は一致しないが、ngag gi とする。

助詞(phrad)について、三十頌で明示されているのは、i ldan のみである。それ以外は、三十頌ではなく性入論の rjes 'jug gi phyi ma gang ltar 'jug pa の箇所に書かれている。チベット語文法学を学ぶには、助詞(phrad)について三十頌で明示されているのか、性入論で明示されているのか、あるいは両方に書かれていなくてシトゥ(si tu)以降の用語なのかなどを整理して理解する必要がある。

助詞(phrad)の説明は、以下の三つに分類して行う。

1) 異音同義の助詞の列挙(tshig phrad)
2) 連声規則(sgra sbyor)
3) 意味(don sbyor)

である。

動詞について

さて、単語(ming)を分けると、

1) 事物単語(dngos po ming)
2) 行為単語(bya ba'i ming)

となるが、前者を分けると、

1) 名詞(ming tshig)
2) 形容詞(khyad tshig もしくは rgyan tshig)
3) 副詞(bya ba'i khyad tshig)

などとなる。分類は一定しない。

ここでは、後者の行為単語(bya ba'i ming)すなわち、動詞(bya tshig)について述べる。

時制の区別

まず、時制の点から分類すると(dus gsum gyi sgo nas dbye na)、以下の二つがある。

1) 時制不変動詞
2) 時制変化動詞

である。敬語(zhe sa)動詞は基本的に時制不変動詞(dus gsum bya mnyam pa)である。それぞれの例は、

1) མཆོད་
2) ཟ་

であり、前者は「召し上がる」、後者は「食べる」である。後者は時制変化をする。時制変化をする動詞を書き出すときは基本的に現在形にする。

時制変化動詞は以下の時制活用がある。

1) 未来形(ma 'ongs pa)
2) 過去形(da lta ba)
3) 現在形('das pa)

加えて、辞書には

4) 命令形(skul tshig)

の順で動詞が表記される。

例えば「置く('jog)」を例にすると、

1) གཞག་(置くだろう)
2) འཇོག་(置く)
3) བཞག་(置いた)
4) ཞོག་(置け)

となる。この動詞活用には規則性がある。この規則性を、音の性別を通じて説明するのが、性入論の前接字の性の箇所である。

動詞と行為者について

動詞には、

1) 主要行為者(byed pa po gtso bo)
2) 行為手段(byed pa)
3) 行為対象(bya ba'i yul)
4) 行為そのもの(bya ba)

がある。例えば、

ཡུམ་གྱིས་བྱམས་བརྩེས་ཕྲུ་གུ་བསྐྱངས།
(母上は慈悲によって見守った)

において、主要行為者(byed pa po gtso bo)は「母上(yum)」であり、行為手段(byed pa)は、「慈悲(byams brtse)」であり、行為そのもの(bya ba)は、「見守る(skyong)」である。

ちなみに、この具格(gyis)は基本的に他動詞(byed 'brel les tshig)につくが、具格(gyis)助詞が副詞的に使われるときは例外となる(rang bzhin gyis grub pa がその例である)。

また、例えば、

ང་ནག་པང་ལ་བོད་ཡིག་བྲིས།
(私は黒板にチベット語を書く)

においては、主要行為者(byed pa po gtso bo)は、「私(nga)」であり、行為対象(bya ba'i yul)は「チベット語(bod yig)」であり、行為そのもの(bya ba)は「学ぶ(slob)」である。このとき、「黒板(nag pang)」は「la don 助詞の行為対象(la don gyi bya ba'i yul)」と呼ばれる。間接目的語に近い。

自動詞と他動詞の区別

動詞には、上に見た主要行為者(byed pa po gtso bo)と行為対象(bya ba'i yul)との対応関係の点から、分類すると、以下の二つがある。これを動詞の根本分類(bya tshig gi rtsa ba'i dbye ba)と呼ぶ。

1) 自動詞(byed med las tshig)
2) 他動詞(byed 'brel las tshig)

である。これらには同義語があり、それぞれ、

1) 主客一致動詞(bya byed tha mi dad pa)
2) 主客別異動詞(bya byed tha dad pa)

である。例を見ると、

1) སྐྱེ་པ།
2) སྐྱེད་པ།

である。前者は、「生じる」である。これは、行為主体(byed pa po)と行為客体(bya ba'i yul)が一致している。あるものが生じたとき、生じる主体はそのものであり、生じさせられる客体もそのものだからである。後者は、「生む」である。これが、行為主体(byed pa po)と行為客体(bya ba'i yul)が一致していない。あるものを生むとき、生む主体は生まれるものとは別である。

一部のチベットの学者の説では、自動詞(bya med las tshig)と主客一致動詞(bya byed tha mi dad pa)とは同義語ではなく微妙に区別があるとする見解があるが、今日のチベットの学校教育においては主流ではない。

他動詞における能動表現・受動表現の区別

また、他動詞(byed 'brel las tshig)を本性の点から分類すると(ngo bo'i sgo nas dbye na)以下の二つである。

1) 能動表現(dngos po bdag)
2) 受動表現(dngos po bzhan)

である。それぞれ動詞の形は、

1) 能動表現(dngos po bdag)には現在形(da lta ba)を用いる。
2) 受動表現(dngos po bzhan)には未来形(ma 'ongs pa)を用いる。

従って、文章を読んだときある他動詞(byed 'brel las tshig)が未来形(ma 'ongs pa)なのか、受動表現(dngos po bzhan)なのか、どちらの解釈を取るべきかを読者は判断しなければならない。shes par bya を見たときに、未来形(ma 'ongs pa)で解釈する場合「知るだろう」となり、受動表現(dngos po bzhan)で解釈する場合、「知られる」となる。双方の解釈があり得る。

受動表現(dngos po gzhan)の用例を見ると、dka' gnad gsal ba'i me long には、

བསྒྲུབ་བྱའི་ལྷ་དང་བསྒྲུབ་པར་བྱ། །
ཞེས་སོགས་དངོས་པོ་གཞན་ལ་འཇུག །

とあり、bsgrub bya(成就されるもの)、bsgrub par bya(成就される)が挙げられている。前者は名詞(ming tshig)であり、後者は動詞(bya tshig)である。受動表現(dngos po gzhan)は名詞も動詞も双方にあるが、両者は動詞未来形から派生している。ここで、'grub bya が不可能な理由は、動詞  'grub は、自動詞(byed med las tshig)であり、他動詞(byed 'brel las tshig)ではないからである。

チベット文法学学習法

チベット語の伝統文法は、

1) 三十頌(sum cu pa)
2) 性入論(rtags 'jug)

とで構成されている。それぞれ大臣トゥンミの著作の名前に由来する。この著作を最終的な典拠として文法学の議論は行われる。

上記の典籍を理解するために、以下の順番で勉強する。一般的な学習者は、1) ~ 7) まで理解すればよい。チベット語文法学の道を進む人は、8) 以降も必須である。

1) bKa' chen pad+ma'i Legs bshad ljon dbang gi 'grel ba を読み内容を理解する。

2) Legs bshad ljon dbang の本文を暗記する。

3) Sum cu pa rsta ba と Legs bshad ljon dbang とがどう対応しているか理解する。

4) rTags 'jug dka' gnad gsal ba'i me long gi 'grel pa rigs lam ger gyi lde mig を読み内容を理解する。

5) rTags 'jug dka' gnad gsal ba'i me long の本文を暗記する。

6) rTags 'jug rtsa ba と dKa' gnad gsal ba'i me long とがどう対応しているのか理解する。

7) Sum cu pa rsta ba と Legs bshad ljon dbang の連声規則を性入論の立場から説明できるようにする。

8) zha rna bra gsum(zha lu lo tswa wa, rnam gring paN chen, bra ti rin chen don grub 三人)の注釈('grel ba)を読む。特にアムド地方の文法学は Bra ti rin chen don grub の影響が強いのでこれを特に理解する。

9) Si tu 'grel chen を読み理解する。特に、zha rna bra gsum の見解とどう Si tu の見解が違うかを理解する(また、1) ~ 7)で学んだ dbyang can grub pa'i rdo rje と si tu との見解の些細な違いも理解する)。

この 9) の段階に至って、チベット文法学を研究するにあたっての最低限の知識を得ることができる。そこから、例えば、サパン(sa paN)とシトゥとの見解の違いなどに注目して研究を深めることができる。

チベット語を全く勉強したことがない人はいきなりこのような方法で勉強することはできない。チベット人は概ね上の順番で文法を理解するが、非母話者には難しい。非母話者は現代の言語学者の文法書に依拠して一通りチベット語の文法を理解し、文語を読めるようにする。そして、その後、1) から 9) に至るまでの道を進む。

チベット語を読み書きするには、1) と 2) を学び丸暗記するだけで十分である。チベット語文法規則を理論的に学びたい場合は、1) と 2) に加え、4) 5) 7) の勉強が必要となる。3) と 6) はチベットの学校で必ず行われる作業であるが、文法理解には重要ではない。とはいえ、これを理解すれば文法学の注釈伝統の一端を見ることができるので推奨する。3) と 6) はチベット人の文法学者に師事して学ぶか、チベット人のYouTube動画を見て学習することを勧める。チベット亡命政府のサイトを見て独学は可能であるが(例えば、https://sherig.org など)、理解に時間を要する。

筆者は、ギュメ学堂で、1) ~ 7) の指導を受けた。暗記がうまくいかなかった箇所はあるが、ある程度の文法の知識を得ることができた。そこで、上記の順番でチベット語文法を学ぶ日本語話者の助けとなるために、1) と 2) の箇所については、

https://note.com/inuimasataka/n/n1fbcabe294b4

でのべ、

3) の箇所は、日本語で説明することが難しかったために、全文チベット語ではあるが、

https://note.com/inuimasataka/n/n53f929c1df07

でのべた。今回は、4) 5) 6) 7) の導入となるような内容を以下に述べる。性入論の内容について、実際にチベット語を作文するときに役に立つように述べる。

性入論について

そもそも性入論(rtags ‘jug)において、入られる対象=意味('jug bya)は何であるのかというと、音素(yi ge)に与えられた性(rtags)である。この性に基づいて助詞の結合法則や動詞の活用が一通り説明できるので(とはいえ、実際例外も多い)、性を理解することは重要となる。

性入論の最初の方は実際の文章を書く際に役に立つか分からないと思われる事項が多い。そのために、挫折する人も多いと察する。留学中、チベット人同級生を見ていても三十頌に比べて挫折する人が多かった。とはいえ、後半になってその内容が、文章を書く際にとても役に立つことが分かる。そのため、性入論は挫折しかけても、めげずに勉強を続けることが重要である。

ここでの説明は、rtags 'jug 根本文、dka' gnad gsal ba'i me long、そして、2023年に Nag dbang mkhyen brtse が著作した rtags kyi 'jug pa'i dka' gnad las tshig dus gsum gyi rnam gzhag skal bzang yid kyi mun sel の記述に基づく。加えて、チベット僧院のギュメ学堂のゲン・ユンテンの説明に基づくが、誤りはひとえに私に責がある。また、日本語の訳語は筆者が勝手に作ったため、訳語には必ず原文を付している。

性入論の勉強の仕方

まず、性の理解は以下の二つを基本とする。

1) རྟགས་ཀྱི་དབྱེ་བ།(性の分類)
2) རྟགས་ཀྱི་འཇུག་པ།(性の意味)

前者は文字通り、音素の性を男性、女性、中性などと分けることである。後者はその性別が文章の上でどのような意味を持つのか、機能を果たすのかについて述べるものである。後者はさらに、4つに分けて説明される。

1) གང་ལ་འཇུག་པ།(当該の文字の前後の文字が何になるのか。例えば、sngon 'jug の場合は、ming zhig yi ge gsum bscu)
2) གང་གི་འཇུག་པ།(当該の文字が何になるのか。例えば、sngon 'jug の場合は、snon 'jug lnga)
3) ཇི་ལྟར་འཇུག་པ།(音がどのように結合するのか。srga 'dran 'ji ltar 'jug pa。)
4) ཅི་ཕྱིར་འཇུག་པ།(その結合はどのような意味を表しているのか。don ci phyir 'jug pa。)

以上は文字通りの意味である。詳細は、それぞれの例を見ていけばわかるために、ここで説明はしない。

さて、音素の性は、つの場合で異なる。

1) མིང་གཞི་(基字)
2) སྔོན་འཇུག་(前接字)
3) རྗེས་འཇུག་(後接字)

である。差後接字(yang 'jug)da sa の性(rtags)は存在しない。というのも、これは後接字につくのみだからである。

「一般に二分類」について

一般にチベット語の音は、母音と子音に分けられるが、母音(dbyangs)を女性音(yi ge mo)、子音(gsal byed)を男性音(yi ge pho)とする。これを「一般に二分類(spyir yi ge gnyis su dbye ba)」と呼ぶ。

母音は、大臣トゥンミとシトゥとヤンチェンドゥぺードルジェの整理によれば、4つあるとされ、サパンの整理によれば5つあるとされる。カチェンペマは5つあると考えているようである。現行のチベットの学校では、母音は4つあるという見解が一般的であり、i 母音(gi gu)、u 母音(zhabs kyu)、e 母音('greng bu)、o 母音(rna ru)である。母音をチベットの言い方では、dbyangs といい、サンスクリット文法に倣い ā li とも呼ぶ。また、子音は30あり、gsal byed もしくは kā li と呼ばれる。

基字の性について

子音は基字(ming gzhi)の場合、前接字(sngon 'jug)の場合、後接字(rjes 'jug)の場合、再後接字(yang 'jug)の場合で性が変わる。

基字(ming gzhi)のとき、その子音は5つに分類される。すなわち、

1) ka ca ta pa tsa は男性音(yi ge pho)
2) kha cha tha pha tsha は中性音(yi ge ma ning)
3) ga ja da ba dza wa zha
za 'a ya sha sa は女性音(yi ge mo)
4) nga nya na ma は極女性音(yi ge shin tu mo)
5) ra la ha a は女下音(yi ge mo gsham)

である。

ここで理解されるべきなのは、高くかつ無気音で発音される音について、男性音(yi ge pho)と呼び、高くかつ有気音で発音される音について中性音(yi ge ma ning)と呼び、鼻音を極女性音(yi ge shin tu mo)と呼び、ra la ha a を女下音(yi ge mo gsham)と呼び、それ以外の音を女性音(yi ge mo)と呼ぶ。高くかつ無気音で発音される音を男性音と呼ぶ理由は発音する際の力(shugs)が最大(che shog)であるからであり、女下音に至っては最小となる。女下音の a については、無相(mtshan med)と呼ばれるが、これは発音される際にほとんど力が用いられないからこのように呼ばれる。

基字の性を理解しなければ、後々「性の一致(rtags mtshungs pa)」や「性の不一致だが発音の便宜(rtags ma mtshungs kyang brjod bde ba)」を説明することができなくなるので、この段階では意味が分からなくても覚える必要がある。

前接字の性について

次に、前接字(sngon 'jug)のとき、その子音は4つに分類される(rtags kyi dbye ba)。すなわち、

1) ba は男性音(pho)
2) ga da は中性音(ma ning)
3) 'a は女性音(mo)
4) ma は極女性音(shin tu mo)

である。同じ子音であっても、基字のときと前接字のときとでは性が違うことに注意が必要である。例えば、ba は基字のときは女性音であるが、前接字のときは男性音となる。

前接字の後に何が付くか(gang la 'jug pa)について、どのように付くか(ji ltar 'jug pa、すなわち前述の性の分類)に基づいて述べると以下のように定められる。

1) 男性音(ba 前接字)には、ka ca ta tsa ga nga ja nya da na zda zha za ra sha sa のいずれかが付く。
2) 中性音(ga da 前接字)には、ca ta tsa nya da na zha za ya sha sa が付く。
3) 女性音('a 前接字)には、ga ja da dza kha cha tha pha tsha が付く。
4) 極女性音(ma 前接字)には、kha cha thsa tsha ga ja da dza nga nya na が付く。

さて、この前接字の性別を理解することによって、動詞の時制活用の規則が理解できるようになる。それについては後述する。

後接字の性について

後接字(rjes 'jug)のとき、その子音は「一般に3つに分類される(spyir gsum du dbye ba)」。すなわち、

1) ga da ba sa は男性(pho)
2) nga ma 'a は女性(mo)
3) na ra la は中性(ma ning)

である。そして、男性(pho)をさらに3つに、女性を2つ、中性を3つに分けることで、「内部の8分類(nang gses brgyad du dbye ba)」が生じる。

すなわち、男性音については、

1) ba 以外の後接字男性音(ga da sa)に再後接字 sa がついたものは、「大士(skyes bu rab)」
2) 後接字男性音の ba に再後接字 sa がついたものは、「中士(skyes bu 'bring)」
3) 後接字 ga da ba sa に再後接字がつかないものは、「小士(skyes bu tha ma)」

であり、女性音については、

4) 後接字 nga ma の二つに再後接字 sa がついたものは、「ただの女(mo tsam)」
5) 後接字 nga ma の二つに再後接字 sa がつかないものは、「極女(shin tu mo)」

であり、中性音については、以下の三つに分けられる。

6) 場合によって変化する中性音は、変化する中性音('gyur ba'i ma ning)
7) 基字(ming gzhi)の女性音(mo)に再後接字(yang 'jug)が直接付くものは、有相の中性音(mtshan nyid ma ning)
8) 基字(ming gzhi)の中性音(ma ning)に再後接字(yang 'jug)が直接付かないものは、無相の中性音(mtshan med ma ning)

変化する中性音('gyur ba'i ma ning)は、どのように変化するのかというと、以下の二つである。

1) 基字(ming gzhi)が男性音(pho)、つまり、ka ca ta pa tsa のとき、da 再後接字(da yang 'jug)が付く場合と付かない場合がある。基字(ming gzhi)が中性音(ma ning)、すなわち kha cha tha pha tsha のとき da 再後接字(da yang 'jug)は必ずつく。これを、drag 'phrad と呼ぶ。

2) 女性音(mo)の基字(ming gzhi)に再後接字(yang 'jug)が付かない。これを、zhan 'phrad と呼ぶ。

ただし、drag 'phrad の一部(thard など)をシトゥ(si tu)は無相の中性音(mtshan med ma ning)に配置しており、ヤンチェンドゥぺードルジェとは見解が異なる。

この後接字の性の理解は、助詞(phrad)の連声規則などが理論的に説明できるようになるので、重要である。「性の一致(rtags mtshungs pa)」や「性の不一致だが発音の便宜(rtags ma mtshungs kyang brjod b de ba)」などはこの分野で最も顕著である

動詞の活用の説明

動詞の変化は主に前接字(sngon 'jug)の性により決定される。前接字(sngon 'jug)の性は先に述べた。さらに、動詞の変化や用語については既に前に述べた。したがって、ここでは、前接字(sngon 'jug)の性と動詞の活用がどう関連するかのみを述べる。

まず、前接字(sngon 'jug)の性(rtags)を思い出そう。

སྔོན་འཇུག་ལྔ་ཡི་བ་ཡིག་ཕོ། །
ག་ད་མ་ནིང་འ་མོ་ཡིག །
མ་ནི་ཤིན་ཏུ་མོ་ཡིན་ནོ། །

であるので、

1) ba は男性音
2) ga da は中性音
3) 'a は女性音
4) ma は極女性音

となる。それぞれの性が動詞を構成するとき、どのような働きをするかについては以下の通りである。

1) 他動詞(byed 'brel las tshig)の場合は、過去現在未来の三時(dus gsum)に加えて、能動表現(dnos po bdag)と受動表現(dngos po bshan)の5つの活用形が存在し、能動表現(dnos po bdag)は現在形と同じ、受動表現(dngos po bshan)は未来形と同じ形をとる。

2) 自動詞(byed med las tshig)の場合は、過去現在未来の三時(dus gsum)の3つの活用形が存在する(諸説あり)。

ただし、前接字の性によっては活用形が規制されているものがある。

1) 前接字が男性音、中性音、極女性音の場合、過去現在未来の三時(dus gsum)に加えて、能動表現(dnos po bdag)と受動表現(dngos po bshan)の5つの活用形が存在しうる。

2) 前接字が女性音の場合、自己利益(bdag don phal ba)と過去現在未来の三時(dus gsum)の4つ(実質的には過去現在未来の3つのみ)しか存在しえない。

この自己利益(bdag don phal ba)は、dka' gnad gsal ba'i me long の独自の語であり、Si tu など他の学者は用いていない。意味としては、受動表現が許容されない動詞に見られる能動表現とほぼ同じである。

この理解の上に、前接字の性によって変わる活用の例を見る。

1) 前接字が男性音の例

未来ー現在ー過去ー命令
བསྒྲུབ། སྒྲུབ། བསྒྲུབས། སྒྲུབས།

2) 前接字が中性音の例

未来ー現在ー過去ー命令
གཅད། གཅོད། བཅད། ཆོད།

3) 前接字が女性音の例

未来ー現在ー過去
འཆད། འཆད། ཆད།

4) 前接字が中性音の例

未来ー現在ー過去
མགུ མགུ མགུ

チベットの学校では、時制活用を覚えるとき、未来形は བསྒྲུབ་པར་བྱ། 現在形は、སྒྲུབ་པར་བྱེད། 過去形は བསྒྲུབས་ཟིན། 命令形は སྒྲུབས་ཞིག というように、末尾に助動詞をつけて覚えることが多い。

以上の活用には一応の法則性がある。とはいえ、例外がそれなりにあるので、綺麗に整理することはできない。箇条書きにしてまとめる。

1) 他動詞の過去形には、'a 前接字が決して付かない。
2) 他動詞の過去形には、ga 前接字と da 前接字が付くことがほとんどない。

3) 現在形には、ba 前接字が付くことがほとんどない。
4) 現在形には、ra 有頭字、la 有頭字、sa有頭字が付くことは決してない。

5) ba 前接字を持つ動詞の過去形には、ba 前接字と再後接字の双方が付く。
6) ba 前接字を持つ動詞の現在形には、ba 前接字と再後接字の双方が付かない。
7) ba 前接字を持つ動詞の未来形には、ba 前接字はあるが再後接字はない。
8) ba 前接字を持つ動詞の命令形には、ba 前接字はないが再後接字はある。

9) ほとんどの場合、動詞の過去形と命令形には、再後接字が付く。
10) ほとんどの場合、動詞の過去形と命令形には、再後接字が付くが、時として、sa 後接字のみの場合も許容される。

以上が、動詞の活用の規則を前接字の性に基づいて述べたものである。上の 1) 〜 10) の規則を覚えておけばある程度役に立つ。しかし、規則通りでないことがとても多いので、個別に暗記するのが最善である。多くのチベット人は個別に暗記している。

また、口語では動詞にほとんど時制活用がない。現在形に助動詞をつけることによって時制を表現している。規範的な文法によれば誤りであるような表現はかなりある。例えば、「どこに行ったのかは、ga par phyind pa yin nam/ と文語では表現されるべきであるが、口語では、ga par 'gro ba yin/ と動詞が現在形になってしまう。これは誤りであるが、口語では許容されている。

口語の通り書いてはならないことに注意を要する。他方、文語のように喋っても注意されることはないどころか、カム地方の一部の僧侶は、ラサ出身の僧侶に比べて文語のように喋る。少なくとも僧院で生活する場合は、正確な文語を習得することが重要となる。

助詞の連声規則の説明

助詞の連声規則の説明は、後接字(rjes 'jug)の性別を理解することで説明することができる。なぜなら、助詞(phrad)は必ず後接字(rjes 'jug)ないし、再後接字(yang 'jug)の後につくからである。助詞(phrad)は決して基字(ming gzhi)の後に直接付くことはない。

後接字(rjes 'jug)の性は先ほど述べた。さらには助詞の用語説明については先にした。ここでは、助詞と後接字(rjes 'jug)の性との関係のみを述べる。ただし、助詞の全ての例を列挙するのは難しいので、i ldan を例にして述べる。

まず、後接字(rjes 'jug)の性を思い出そう。

རྗེས་འཇུག་ཡི་གེ་བཅུ་པོ་ཡི། །
ག་ད་བ་ས་བཞི་རྣམས་ཕོ། །
ང་མ་འ་གསུམ་མོ་ཡིན་ཅིང་། །
ན་ར་ལ་གསུམ་མ་ནིང་སྟེ། །
མིང་གཞིའི་ཡི་གེ་ཀུན་ལ་འཇུག །

である。それぞれ、ka 行の基字を持ってくると、

1) ཕོ་: ཀ་
2) མོ་: ག་
3) མ་ནིང་: ཁ་

となる。したがって、完全に性を合わせる(rtags mtshungs)ならば、結合規則は以下の通りとなる。

1) ག་ད་བ་ས་: ཀྱི་
2) ང་མ་འ་: གི་ / གྱི་ / ཡི་ / འི་
3) ན་ར་ལ་: ཁི་

となる。それぞれの例は、

1) ངག་ཀྱི་དབང་ཕྱུག
2) ངའི་དེབ།
3) རྒྱ་གར་ཁི་མི།

しかし、1) は三十頌と一致しない。

སྦྱོར་ཚུལ་ན་མ་ར་ལ་གྱི། །
ད་བ་ས་ཀྱི་ག་ང་གི །
འ་དང་མཐའ་མེད་འི་དང་ཡི། །

となっているからである。

また、3) に至っては、そもそも助詞に khi など存在しないので、チベット語ですらない。

そこで、完全に性を合わせる(rtags mtshungs)だけでは、結合規則は説明できない。そこで考え出されるのが、「性は不一致だが発音上の便宜(rtags mi mtshungs kyang brjod bde ba)」である。これを考慮すると以下の通りになる。

1) ངག་གི་དབང་ཕྱུག
2) ངའི་དེབ།
3) རྒྱ་གར་གྱི་མི།

2) は性別は一致しているが、1) と 3) は「性は不一致だが発音上の便宜(rtags mi mtshungs kyang brjod bde ba)」である。それぞれ問答表現のチベット語で説明すると、

1) རྟགས་མི་མཚུངས་ཀྱང་བརྗོད་བདེ་བ་ཡིན་ཏེ། རྗེས་འཇུག་ཕོ་ག་ཡིག་གི་མིང་གཞི་མོ་ཡིག་གི་ག་དྲང་པའི་ཕྱིར།
2) རྟགས་མཚུངས་ཏེ། རྗེས་འཇུག་མོ་འ་ཡིག་གི་མིང་གཞི་མོ་ཡིག་གི་འ་དྲང་བའི་ཕྱིར།
3) རྟགས་མི་མཚུངས་ཀྱང་བརྗོད་བདེ་བ་ཡིན་ཏེ། རྗེས་འཇུག་མ་ནིང་ར་ཡིག་གི་མིང་གཞི་མོ་ཡིག་གི་ག་དྲང་བའི་ཕྱིར།

となる。

ここでもう一度三十頌の内容を性入論に基づいて整理すると、以下の通りになる。

男性音と男性音で、性が一致しているもの
1) ད་བ་ས་: ཀྱི་

男性音と女性音で、性が一致していないもの
2) ག་: གི་

女性音と女性音で、性が一致しているもの
3) མ་: གྱི་
4) ང་: གི་
5) འ་: འི

中性音と女性音で、性が一致していないもの
6) ན་ར་ལ་: གྱི་

性入論にまつわる誤解としてよくあるのが、性別によって全ての文法規則が説明できるというものだ。とはいえ、性入論はそうではない例外を、発音上の便宜(brjod bde ba)として示しており、性別によって全ての文法規則が説明できない前提に立っている。したがって、そこまで性入論の内容が実際に役に立つわけではない。このことはチベット語母話者もそおう考えている。ただし、性別の不一致と性別の一致、双方の綴りが許容されるとき、性別の一致を採用した方が好ましいので、そのレベルにおいて、性入論を学ぶ意義はある。

以上が助詞の連声規則を性にもとづいて説明したものである。ただし、「発音上の便宜(brjod bde ba)」は発音しやすいかどうかを基準としており、非母話者にとってはわかりにくい。また、アムド(a mdo)地方の綴りでは、「発音上の便宜(brjod bde ba)」を用いず、「性の一致(rtags mthungs pa)」にこだわる場合がある。

例えば、仏教徒を意味する nang pa はアムドの綴りでは、nang ba となる。アムドの綴りの方が、「性の一致(rtags mthungs pa)」であり古風な特徴を留める。同様に、thang ka は thang ga とも書くことができる。前者の綴りは、「性は不一致だが発音上の便宜(rtags mi mtshungs kyang brjod bde ba)」であり、後者の綴りは、「性の一致(rtags mthungs pa)」である。

非母話者が「性は不一致だが発音上の便宜(rtags mi mtshungs kyang brjod bde ba)」か「性の一致(rtags mthungs pa)」か、どちらの綴りを採用するか迷った場合は、「性の一致(rtags mthungs pa)」の綴りを採用した方がよいと私の先生は指導された。

例えば、gnyis ka は正しい綴りだが、gsum ka は正しくない。「性の一致(rtags mthungs pa)」をさせると、双方女性音にして、gsum ga となる。母話者はまま gsum ka と書きがちだが、それは自分の口語のときの発音を考慮して書いているに過ぎない。「発音上の便宜(brjod bde ba)」の感覚が掴めない非母話者は「性の一致(rtags mthungs pa)」をさせて、gsum ga と書いた方が性入論を理解に忠実であるので、よいようだ。しかし、双方のスペルは許容される。どちらがより好ましいかというレベルの話である。

むすび

以上に、チベット語の文法学の導入、用語の説明、勉強の進め方を簡単に述べ、その後、性入論の内容について簡潔に述べた。性入論がどのように実際の作文で活用できるのかについて重点を置いて述べた。この記事が何らかの形で、チベット語文法学習者の利益となるように。

2024年10月10日、インド・カルナータカ州・チベット僧院ギュメ学堂にて、

乾 将崇(ガワン・サンボ)。

この留学計画は、文科省官民協働海外留学支援制度トビタテ!留学JAPAN新日本代表プログラム16期に採用され、助成を受けています。国と支援者の方々に感謝申し上げます。

(三十頌の方面を学ぶ方はこちらを参照)

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