近況報告と落選作の公開
新年のご挨拶もせず、申し訳ございません。
昨年の終わりから色々と考えまして、web小説を投稿する拠点をアルファポリス様からカクヨム様へ移すことにいたしました。
理由は、
・アルファポリスでは、書籍化作家はコンテストに応募するのに制限がある(書籍化作と類似ジャンルでの応募は不可)
・私の挑戦したいジャンルはミステリーである(キャラ文芸で書籍化した「犬神」がミステリー枠と判断されている)
・憧れである「横溝正史ホラー&ミステリー大賞」へカクヨムから応募できる
というところです。
アルファポリスに公開中のものは、「犬神」以外、既にほとんどカクヨムへ移行しました。呟怖、140字小説は、エブリスタ様へ移行する予定です。
これからはそちらでお付き合いいただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
さて、この際未公開作を全部公開してしまおうと整理していましたが、昨年大賞をいただきました「『Story of Takahama』短編小説大賞」にもう一編応募したものは、カクヨムで公開すべきものだろうか……と思い至り、より気楽に公開できるこちらで公開することといたしました。
よろしければご覧くださいませ。
僕、ひいじいちゃん(猫)を拾う。
――猫に転生したひいじいちゃんを拾ったのは、夏休みの森前公園だった。
「暑い……水……水をくれ……」
生き物観察をしていたら声がして、僕は辺りを見回した。
すると木陰に、くたびれた猫が寝そべっている……いや、熱中症で倒れていた。
僕は猫のところに行き、水筒のお茶を顔に掛けてやった。氷がカラカラと鳴る。
すると、
「冷たい! もう少し手加減をせい!」
と、猫が文句を言いながら頭を振った。
――あれ? 猫が、喋ってる……!?
「え! ええええ!!」
ようやく僕は驚いた。その拍子に水筒が手から落ちる。
「ああ……」
乾いた土に染み込む麦茶を眺めて、猫は首を横に振った。
「水道があるじゃろ。ワシをそこまで運べ」
水飲み場の蛇口をひねる。
勢いよく流れだした水に頭を突っ込んで、猫はペロペロと水を飲む。
――それにしても、変な猫だ。
言葉を話すだけじゃなくて、何だか偉そう。
そう思っていると、猫は満足そうに、ブルブルと毛に付いた水を弾き飛ばした。
「いやあ、うまかった。じゃあ……」
と、猫は歩きだそうとして、バタッと倒れた。
「だ、大丈夫?」
思わず僕が抱え上げると、猫は決まり悪そうに目を逸らす。
「み、水を飲みすぎて、腹が重いだけじゃ」
やっぱり熱中症なんだろう。見捨ててはおけない。
僕は猫を、家に連れて帰る事にした。
そして僕の家を見て、猫が急に暴れ出したからびっくりした。
「お、おまえ、この家の子か?」
「そうだよ、それがどうかしたの?」
「……祖父の名は、浜次か?」
「なんでじいちゃんの名前を知ってるの?」
すると猫は、言いにくそうな小声で言った。
「――ワシは、浜次の父親じゃ」
「……はあ?」
つまりこの猫は、僕のひいじいちゃん、って事?
もちろん、僕は会った事がない。確か、昔の戦争で死んでいる。
そのひいおじいちゃんが、猫に転生して戻って来た……?
「ママ! この猫、ひいじいちゃんだよ!」
玄関を入ると、僕に抱かれる猫を見て、ママは目を吊り上げた。
「汚い猫! 捨ててらっしゃい」
「でも……」
「いい?」
ママは怖い顔で僕を見下ろす。
「アイはね、動物アレルギーなのよ」
僕の妹のアイはまだ幼稚園だけど、動物アレルギーだから動物園に行けない、可哀想な子だ。
「……ごめんね、家には入れられないんだ」
僕は、裏の神社の境内に猫を置いて、お小遣いで買った猫缶をあげた。
「いや、ここの方が気楽でいい」
猫はそう言うと、猫缶を食べだす。
「おい、何をしとる?」
急に声を掛けてきたのは、日課の散歩に来たじいちゃんだ。
猫はビクッとして、コソコソと僕の後ろに隠れる。それを見て、じいちゃんは眉を顰めた。
「野良猫にエサをやるのはダメだぞ」
「野良猫じゃないよ、ひいじいちゃんなんだ」
僕が必死に訴えると、じいちゃんは屈んで猫をじっと眺めた。
「ワシも遺影でしか顔を知らんが、どことなく似てるなぁ」
「でしょ? このままにしておくのは可哀想だよ」
じいちゃんは少し考えてから、僕の頭を撫でた。
「ワシの住む離れなら、ママも許してくれるだろう。だが一度、風呂に入れてやらんとな」
猫は小さく肩を竦めた。
それから離れで、ひいじいちゃん(猫)と話をするのが日課になった。
猫は、じいちゃんがいると喋らない。恥ずかしいらしい。
でも僕には、昔の高浜の事を聞かせてくれた。
昔は常照院のところまで海だった事、土管を焼く煙でスズメが真っ黒だった事、おまんと祭りが今より激しかった事……。
どれも面白い話だった。
僕はスイカを猫に分けてやりながら、何となく
「ひいじいちゃんは、どうして転生して高浜に戻って来たの?」
と聞いてみた。
すると、猫はおどおどと答えた。
「ひ、ひいばあちゃんは、元気かな……?」
戦争で死んでしまい、無事に帰るという約束が果たせなかったから、猫の姿になってでも高浜に戻って、一言謝りたかった。
――次の日。
僕はひいばあちゃんに会いに、グループホームに向かった――こっそり猫を忍ばせたリュックを背負って。
ひいばあちゃんは認知症で、もう僕の事も分からない。
それでも一目会いたいと、猫が言ったからだ。
顔なじみの介護士さんは、何の疑いもなく僕を部屋に入れてくれた。
ひいばあちゃんは、ベッドに座って窓と外を見ていた。
「……ニャー」
その声で、ひいばあちゃんは僕と、僕の腕で丸くなる猫に顔を向けた。
そして、こう言った。
「おや、あなた、おかえり」
僕はそっと、ひいばあちゃんの膝に猫を乗せた。
猫は何も言わず、皺だらけの手に撫でられている。
ところが。
「あー、猫!」
見回りに来た介護士さんに見つかってしまった。
怒られる! と、僕が首を竦めると、けれど介護士さんはひいばあちゃんと一緒に猫を撫でだした。
「探してたのよ、アニマルセラピーに使えそうな子を」
それから、ひいじいちゃん(猫)は、ひいばあちゃんと一緒に暮らす事になった。
猫を撫でるひいばあちゃんがすごく幸せそうだ。
……でもたまには、また僕にこっそりと、高浜の昔話を教えてほしいな。
〈 完 〉