月ノ美兎の「1000年生きてる」凄すぎ

みなさん聞きましたか。凄すぎますよこれ。
まだ聞いてない方は是非聴いてから読んでいただければ。

凄いです。ただただ。
いやまず、この曲をVtuberが歌うことがもの凄いことだと思う。
そもそも、この「1000年生きてる」という曲は、ボカコレという、簡単に言えばボカロ曲の祭典のために作られた曲です。この曲の詳細な解釈は各々の価値観に任せますが、おおまかに私はこの曲を、「作品からの挑発」だと思っています。作品が、作品より遥かに短命な私たちに、「創作を通してあなたの気持ちを後世に残せるんじゃない?作ってみたら?」と挑発してきている曲だ、と。
作品というのは、曲でも絵でも、詩でもハンドメイドでも、なんでも当てはめてください。

今回月ノ美兎さんのカバーしたこの曲。この曲をVtuberが歌うことで、Vtuberの作品的面が際立つと思います。
この場合作品的面というのは、いわゆる「中の人」を抜きにした、ガワや、ロールプレイ、キャラクターの物語、等。
しかし、月ノ美兎さんがVtuberブームの初期から今まで走り続けてこられたのは、作品的面…ロールプレイやガワの可愛さだけでなく、(勿論それらも大きいです!)彼女の中の人のトークスキルや中の人の個人的経験が大きかったと思っています。そんな月ノ美兎さんによる「1000年生きてる」カバーからは、彼女の中の人の人格ではなく、私たちが配信で見たりファンアートで描く、そして後世に残るであろう、彼女の作品的面を強く感じます。作品に徹していると言いますか。
これは結構覚悟のいる事のように思います。覚悟というか、思いのこもった事なのでは、と。

また、1つこれは凄いなと思う歌詞がありました。

狂ったフリでごまかしていこうぜ 骨も残らぬパパママよ

Vtuberのガワを描く人をママとかパパと呼ぶ慣習がありますね。生みの親、という意味でママと呼ばれることが多いように、観測上見受けます。

しかしこの曲を通して月ノ美兎さんは、「骨も残らぬパパママよ」と歌っています。
月ノ美兎さんのママは、ねづみどしさんという方ですね。一般に、Vtuberの存在が大きくなるにつれ、その描き手、生みの親の存在は周知されなくなっていく傾向があるように見受けます。しかし、月ノ美兎という存在を産んだのは描き手のねづみどしさんですから、月ノ美兎の名前が忘れられず後世に残る限り、描き手の名前も忘れられはしないのだ、と思います。
このことは、「1000年生きてる」という曲が伝えたかったことと近い、もしくは伝えたかったことそのものではと個人的に感じます。

更に、後世に残るのは月ノ美兎さんそのもののガワだけでなく、ファンアートやファンメイド作品なども例外ではないでしょう。それらの二次創作の作者も同じように、作者そのものの骨は残らぬとも、作品やそれに乗せた思い、そして作者の名前、が後世に残るんではないでしょうか。

だから、作ってみたら?作品に徹したVtuberからの問いかけ。もしくは挑発。モニター越し、否、もはやモニターを超えて私たちに語りかけてくる月ノ美兎さんの姿。なんかもう凄すぎて、語彙を失っちゃって、ただただ凄いなぁ、と思います。

以上です。バーッと感覚的なことをつらつら書いてしまいましたが、少しでも「凄いなこれ!」という気持ちを共有出来たら幸いです。
それでは〜!Vtuber面白いな〜!


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