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黒いサングラス越しの風景が後ろに飛んでいく。私の頭の中の要らないものたちよ、君たちも一緒に飛んでいってはくれないか

車の運転が好き。ロックを解除して運転席のドアを開ける。座席に座り、シートベルトを締める。エンジンをかける。Bluetoothで音楽を流す。ギアをPからRに入れる。ルームミラーとドアミラーを見ながらアクセルを踏んでバックする。ギアをDに入れる。またアクセルを踏む。白い車体がゆっくりと進む。眩しいのでサングラスをかける。黒くて丸いレンズ。私にはティアドロップのサングラスは似合わない。


そういう運転するための一連の動作も、何だか儀式めいてて好き。でも私の免許はAT限定だから、MTだったらもっと面白いのかも知れない。なぜMTを取得しなかったのかと言うと、道の途中でエンストしたら困るなと思ったから。でも免許を取って数年後、テレビで放送されていた崖の上のポニョで、リサが足でクラッチペダルを踏むシーンを観た。それがとても格好良くて、やっぱりMTにしておけば良かったなと思ったのを覚えている。


目的地のあるドライブも楽しいが、そうじゃないドライブも楽しい。距離は長ければ長い方がいい。自分の生活圏内から離れて、自分のことを知っている人がいない場所へ行きたい。そういう気持ちを抱えて、周りに気を付けながらアクセルを踏む。長い直線道路を走る。黒いサングラス越しの、目に入る全ての景色が後ろへ飛んでいく。私は「あぁ、いいな」と思う。そして「私の頭の中にある要らないものたちも、一緒に後ろへ飛んでいってくれないかな」と思う。そして、もう戻って来ないで欲しい。私の邪魔をしないで欲しい。



知らない土地の、目についたコンビニに入る。冷たいカフェオレを買う。私はブラックコーヒーが飲めない。私が飲むには苦いから。甘い飲み物が好きで、いつまでも子どもみたいだと思う。運転席に戻り、汗をかいた缶の蓋を開ける。冷たくて甘いカフェオレが、胃の中に落ちていく。


遠くへ出掛けた時、このまま帰らなければどうなるのかなと思うことがある。私のことを誰も知らないところで、最初から始める。やり直したいことが沢山ある。あれもこれもやり直したい。ああだったら、こうだったら。そんな考えてもどうにもならない様な、くだらないことを思う。これは要らないもの。飛んでいって欲しいもの。


ただ、もしも自分が今いるところからいなくなるなら、急にいなくなるんじゃなくて、毎日毎日少しずつ薄くなっていって、ある朝とうとう消えた、みたいなのがいい。「そう言えば、最近見ないよね」ってなれば成功。実際には出来っこないんだけど。色々なことに疲れた時、こうやって自分が消えることを考えてみる時がある。現実逃避みたいなもの。これは私の要るもの。飛んでいかないで欲しいもの。



日が暮れる。そろそろ帰らないといけない。またエンジンをかけ、静かに車を走らせる。そして来た道を戻り、元の日々に戻る。夕日が沈むのと一緒に、私のドライブも終わる。またアクセルを踏んで、どこか遠くへ行きたい。

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