犬bot通信 2024年10月号 「ジャイアン」というアダ名がいかに優れているかについて

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「ジャイアン」

　言わずと知れた国民的ガキ大将である。本名 剛田武（ごうだたけし）。ジャイアンというアダ名は体と態度のデカさに由来し、巨人・巨大などを意味する「ジャイアント」が元になっている。

　このnoteで伝えたいのは、ジャイアントから「ト」を取った、剛田のクラスメイトの判断がいかに優れているかについてだ（実際に考えたのは藤子・F・不二雄先生だが、そんな野暮なことを言うな）。たかが「ト」ひとつのことで……と思った君。noteを読み終わるころには「ト」ひとつの重みを知ることになるだろう。

　「ジャイアント」を発音してみると、5音あることが分かる。5音はコンパクトとは言えないが、「ブタゴリラ」などの例を踏まえればアダ名として多すぎるということもなく、削らなくても十分に通用しただろう。だが剛田の級友は「ト」を取る英断を下した。

　「ト」を削りできあがった「ジャイアン」は4音になったように思われるが、実はそんな単純な話ではない。「ン」終わりの「ン」はゼロになることを考慮する必要がある。
　飛行機の通りすぎる擬音「キーン」や、ししおどしの「カコーン」が代表するように、終わりの「ン」は消え行く音の性質を持っている。「ト」を削られた「ジャイアン」は4音分の文字があるにも関わらず、脳に3音と錯覚させる構造をしているのだ。たった1文字の削減で2文字分コンパクトになり、親しみやすいキャッチーなアダ名となった。この親しみやすさにより、剛田はガキ大将ながら極端に恐れられることなくクラスに馴染むことができている。

　3音が良いなら「ジャイア」でもいいのだろうか？結論から言えば、これは成立し得ない。
　ジャイアでは女性的な響きになってしまう点に問題がある。イタリア語において女性名詞は「A」、男性名詞は「O」で終わることが多い。「マリア」「マリオ」の例が分かりやすいだろう。これが「ジャイア」に感じる女性的な響きの正体だ。
　ガキ大将は雄を煮詰めた存在であるため、細かいニュアンスにも気をつけなければならない。「キテレツ大百科」に登場するガキ大将・ブタゴリラは本名を熊田薫（くまだかおる）という。彼は自身の薫という中性的な名前を嫌悪し、周囲にブタゴリラ（なんで？）と呼ばせている。それだけ、ガキ大将にとって女性的な要素は沽券に関わるのだ。もし剛田に「ジャイアって呼んでいいかな？」と提案していたとして、きっと却下されていただろう。

　このアダ名の素晴らしさのひとつに、本人が受け入れているという点がある。先にも述べたが、ジャイアンの由来は体と態度のデカさだ。体はともかく態度のデカさいじりは完全に揶揄である。本人が由来を知れば激昂するに違いない。
　しかしアダ名の発案者は都合の悪い部分を伏せることができた。おそらくは「体が大きいから、ジャイアンって呼んでいいかな？」あるいは「いつもジャイアンツカラーのシャツを着てるから、ジャイアンって呼んでいいかな？」と、ガキ大将心（ごころ）をくすぐる提案をし、承認を得ている。本音を伏せても説得力があるため、悪口由来のアダ名を剛田が当たり前に受け入れている状況に無理がないのだ。

　ここで剛田の胸の内も見てみよう。「ジャイアン」というアダ名を提案され、なぜ「ト」を取ったのか疑問に思いつつ、剛田は瞬時に計算する。ジャイアント＝巨人。怪物そのものである。もしジャイアントがそのままアダ名になれば、名実ともに恐怖の象徴となりかねない。剛田はクラスで威張りたいが、孤立はしたくない。友達は欲しいのだ。その点「ジャイアン」であれば、ある程度の威厳を保ちつつ、キャッチーで親しみやすい。よくよく考えてみれば、剛田の理想のポジションを実現できるアダ名である。提案を受け入れない手はなかったはずだ。

　任天堂の宮本茂氏はこう言っている。
「アイディアというのは複数の問題をいっぺんに解決することだ」
　ならば「ト」を取るアイディアは、それだけでいくつの問題を解決しただろう。「ジャイアン」の発案者は、実際にはそこまで考えて「ト」を取ったわけではないかもしれない。ただ結果として、剛田は級友にそう呼ばれることを許し、威厳を保ちながらクラスにも馴染んでいる。我々がマンガやアニメで見慣れた状況を矛盾なく成立させているのは、「ト」ひとつの工夫だったのだ。

って、ムク（ジャイアンの飼い犬）が言ってました。

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