フローライト逍遥
フローライト、フルオライト、蛍石。
はかなく脆い石、だが鉱物趣味者のなかでこれに惹かれないものは少ないのではないだろうか。紫、青、緑を中心にした、さみしい明るさのある冴え冴えとした色、その八面体の形。値段が手頃なことも相まって一つ手元に置いてみたいと思わざるを得ない、魅力のある石である。わたしもいくつかこの石は持っていて、数年前の誕生日にいただいたつやつやしたものは今でも本棚に飾っている。正八面体の緑色のもので、結晶の形ではなく磨かれたものではあるが、なかなかにきれいだ。
フローライトという名前はfluoriteというアルファベットの写しなので、図鑑や辞書によってはフルオライトなど、違う書き方になって載っている。この名前は「流れる」という意味のラテン語が元になっていて、鉄の精錬の際などに添加物として使うと流れが良くなるからという話が由来である。この効果は雑に言うと蛍石の主成分のフッ素によりもたらされているのだが、このフというのは実はフローライトのフなのである。この石が由来になっている言葉はもう一つあって、蛍光という意味の英語 fluorescenceも、この石が光る特徴を持っていることからつけられた。
フローライトには日本では蛍石という和名が付いている。加熱をすると光る、条件によっては割れながら……、という特徴があるからだ。ぱりんぱりんと熱され壊れながら光る石に蛍の名を冠した人の想いはどんなものだったのだろうかと思う。しかも一度光らせてしまうと、もうどんな加熱をしても光ることはないそうだ。他、入っている不純物の条件によっては紫外線を当てると光るものもある。
この石そのものもレンズにしたときに性能が良いとのことで、19世紀から様々な試作が行われており、近年は人工結晶やコーティング技術の向上により高価なカメラのレンズに使用されたりもしている。
そんな工業的や科学的にも見る所の多い石ではある。実際の音にはフルオライトというのが近いのだそうだが、わたしはフローライトという表記が好きだ。フローラという言葉が含まれているからかもしれない。優しい薄緑や、ほのかな紫色を呈しているこの石の、どこか植物じみたイメージにその名前は実によく似合う。
硬度は四、劈開は四方向に完全というこの石の特徴は、要するに力を入れると砕けるし、当たりどころが悪ければすっぱり割れるというアクセサリーにはおよそ向かないものだ。しかし、中国では彫刻の材料として親しまれ、古代ギリシャではその脆さゆえにいくらでも取り替えをすることができるという財力の象徴のように扱われていたそうだ。盃などにも使われていたらしい。
先ほど述べた劈開というのは要するに割れやすい方向のことで、四方向に完全というのは要するに「どこからでもどの向きにも割れます」といった状態だ。これは悪いことだけではなくて、大きな塊を調整しながら割っていくとチャーミングな八面体が取り出せる。条件が整えばこの形に結晶することもある。変形のサイコロのようなこの形は、まるで魔法使いの持ち物のようで、見ているとなんだかロマンティックな気持ちになる。私はずっとこれをアクセサリーに仕立てたかったのだが、前述のように加工が難しいのであきらめていた。しかし、近年は徐々にその形を生かした資材も手に入るようになってきている。写真にしたのはその八面体を使ったイヤリングだ。この文章のタイトルを関してシリーズにして今後ここ(https://shinse.thebase.in/)とかで販売予定であるので、よろしくと言っておく。
人間は産業の上でも、また脆く儚いものとしてもこの石を愛してきた。どちらかというとありふれた石で、近年では中国の産出が群を抜いているが、メキシコやアメリカなど北米でも産出するし、日本でも取れるのだそうだ。かつて大分の鉱山では桜色をした珍しいものも産出したという。コレクターの間で有名なのはアメリカのイリノイ産、こちらはよく晴れた五月の空のような鮮やかな青のものが有名である。これらの色は石の中にかすかな不純物が混ざることで発色しているのだという。少しの異物が、石をさまざまに染め上げるのはまさに自然の不思議といった感じがする。ありふれているのに、同じものが一つとない天然の脅威。同じ種から出た花でも、葉のつき方花の形、まったく同じにはならないように、ころころと転がっていく八面体をあっけにとられたような気分で見ている。手に入りやすい、コレクションの序章にふさわしい石でありながら、形や色など、さまざまな広がりをもつフローライト。ついもう一つ、と見つけるたびに手に入れてしまう、魔性の石でもある。
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