越境18 マイケル その3
ぼくの目にうつるものだけをぼくは信じている。
しずくが落ちて、ぼくのほほをぬらす。水はぶあつい葉っぱから落ちてくる。うれしい、と思う。ぼくの口は多分、ほほえみの形になっている。いまここにはだれもいない。ユキヒコは出て行ってしまった。
ユキヒコ。
ここの外でも、中でも、どちらでもあまり見たことのないような人だった。ぼくなんかの話をきいてくれる人はめずらしいから、とてもめずらしいから。だから、あの実をあげてもいいと思ったのに。そこでつぶれている実のことだ。でも、ぼくはいまとてもねむいので、そのことを考えることはもうできない。
ねむい。ねたら夢を見るんだと思う。多分、おそらく。
ぼくはずっとひとりで考えていたので、本当はもっと大人のひとみたいにふるまうこともできると思うのだけど、ぼくをそうあつかってくれるひとはいないから、ぼくはずっとみそっかすのそばかすマイケルなんだ。それはぼくのせいじゃない。なんでもぼくのせいじゃない。大体の事はぼくの外で起きてぼくをぐちゃぐちゃにしてふみつぶしてぜんぶぼくがわるいということにしてそして終わる。ぼくのせいじゃない。なにもかも全部。そういうことにして生きてきたんだけどそろそろみとめなくちゃいけないようだ。
ユキヒコはぼくの実を食べずに逃げ出した。多分、教室に行った。教室にはイワンやシャンツエがいて、けっきょくユキヒコもそっちのほうがよかったんだ。
外にはこわいかいぶつがいてぼくを見ている。ぼくはそのうち食べられてしまうと思う。いたいのはいやだな。食べられるのも。
花がさいていたから、春みたいだね、とユキヒコは言っていた。
「日本では春には桜が咲くんだよ」
「さくら、」
「うん、英語だとチェリーブロッサムっていうんだっけかな。小さい白い花がたくさん木に咲くんだよ。りんごとかアーモンドとか、ああいうのに似ている。知ってる?」
チェリーブロッサムのことは知っていた。ぼくのとこにも、さいてる所あるよ、と言うとたぶん日本から持って行ったやつだね、とユキヒコは笑った。ぼくはそれを本当に見たことはなくて、ただテレビでやっていたから知っているだけだ、っていうのはだまっていた。
春にさく花のように。
ぼくは公園も知らないし、ほんとうはまるごと全部の果物なんか食べたことない。ぼくは甘いものって言ったらチョコレートやヌガーやビスケットしか知らないんだ。だからもしかするとあの実もキャンディか、よくてアップルパイの味しかしなかったかも。食べたらユキヒコもびっくりしたかもしれないね。
春にさく花になりたいと思ったんだ。
「桜はね、一枚一枚は白い花びらなんだけど、真ん中のほうがちょっとだけ赤くなっていて、たくさん、たくさん集まったのを遠くから見るとピンク色に見えるんだよ。風が吹くだろう。木みたいにざわざわ言わないんだ。音もなくゆれて、花びらがふってくるんだよ、地面も全部ピンク色になっちゃう」
「それはすごいね! 日本はせまいから一月もあれば全部ピンクになっちゃうんじゃないの?」
「ううん、桜は満開になったらすぐ散っちゃうから、そんなことないよ。」
春にさいて、すぐに消える花になれたら、いいと思ったんだ。
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リレー小説です。次回は執筆中。
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