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【into雑談中】探求教育を”流行り”で終わらすな!🗣️

みなさんこんにちは!
intoの前田しゅうとです!

昨今の教育現場、
やたらと探求、探求と叫ばれていますね🧐

既存の、
「話を聞いて」、「板書して」、
「インプットして」、「ペーパーテスト」
…という授業スタイルには飽き飽きしつつも、

とりあえず「探求」って言っとけば、とか
とりあえず生徒にやらせとけば、
みたいな教育方針も「うーん…😒」

そんな方、いらっしゃいませんか?

実は僕、
探求教育に力を入れた
ちょっと特殊な高校の出身で、
今日の探求教育の良いところ、悪いところ
幅広く経験してきた身なんです🥲

今回は、
僕なりに考えた「探求」の良いところと、
これから変わっていけたらいいなと
思うことをお話します。

“学ぶ”って楽しい!の源泉地

探求の良いところは、
学びの楽しさに触れられるところだと
思います。

そもそも、探求と一口に言っても、
自分の好きなことや
社会で求められる能力を理解するための
キャリア教育としての意義と、

社会課題に対するアプローチを学んだり
学校で習ったことと実社会との
繋がりを感じたりと、
学びを”実社会でも”使えるようにしようという
実践教育として意義の
大きく2つの位置付けが存在します。

この2つは、「学ぶ」という行為において
超重要な項目でありながら
今までの学校教育では中々取り入れにくい
要素だったのではないでしょうか?

実際に社会に出て
色んなことを試しながら学ぶことで、
将来のやりたいことや、
自分自身のアイデンティティについて
より鮮明に描くきっかけになる、
という点において、
探求教育的アプローチは
めっちゃ有意義だと思います。

「言葉の一人歩き」との戦い

学校によって、
探求教育の方向性やレベルが全然違う
という前提のもとのお話ですが、

探求を筆頭とする新しい教育、
特にアクティブラーニングを導入する
学校が陥りがちなのが
「言葉の一人歩き」

そもそも、
探求教育の難点の一つに、
コントロールが難しいことが挙げられます。

「生徒が主体的に学びを深めていく」
そういえばカッコよく映りますが、
逆に言えば、
生徒のやる気が完全にゼロの場合、
その時点で、
その授業は進みようがないんです。

仮にモチベーションがあったとしても、
それに呼応する技術的指導や、
機材、発表場所、賞などの「舞台」
用意されていなければ
すぐに生徒も
「やらされている」状態になります。

しかも、
学校のホームページなんかには、
「主体的に」とか、「自分自身で」とか
いい感じに変換されてしまうわけで。
外部の閲覧者以上に、
生徒側が違和感を覚えるんです。

「先生が教える」の重要性は、今まで以上。

探求教育において、
「生徒にやらせておけばいい」は
完全な間違いです。

先生がなるべく口を突っ込まないことが
美学のようになっていますが、
そんなことはありません。

テーマ設定一つとっても、
生徒が積極的に取り組みやすいように
最低限「何から始めたらいいの?」
と言われないくらいには
具体的な設定、手順の紹介が求められますし、

そこからの授業の進め方も、
適切なアイスブレイク、
ブレインストーミングで
アイデアを膨らませられるような工夫や、
予算、学習目的などを考慮した
方向性の修正が必要です。
コーチングの要素が強いですね。

いいアイデア出したのに、
「知らされてない予算上限」が理由で
却下された時のあの虚無感、
ほんとやる気なくなります、笑😒

もちろん、専門知識を補うことや、
課題解決のための思考ツールの伝授など、
ティーチングの重要性も、
蔑ろにしてはいけません。

適切な指導と、
努力に対する適切な「結果」の提供
その二つが揃って、ようやく
「やらされてる感」が解消されるんです。

「やる気格差」の沼

少し、生徒目線の話をしましょう。
探求の授業で班に分かれてのプロジェクト、
1ヶ月以上通しての準備。
一番気まずいのは、
メンバー間の「やる気格差」です。

「めっちゃやりたい!」という子
ばかりではなく、
「内申のために、結構頑張る。」
「その場の空気に合わせて円滑に進めたい。」
「楽しそうだけど、部活もあるから時間を割きたくない。」
「興味がないから、やりたくない。」

そんな交錯したモチベーションの中で、
なるべく多くの人が納得する形で
チームを進めないといけない。
「給料もらってんだから、しっかりやれよ!」
という理屈も通らなければ、
「しょうもないから、なあなあで終わらせようぜ」
という圧力さえあるくらいです。
いじめのある学校なら尚更やりにくい。

チームビルディングという観点においては、
ある意味社会人よりも難しいことをしているわけです。

ちなみに僕は、
「興味はあるし、結構色々試したい欲はあるけど、
受験勉強してる友達の負担は増やしたくないし、
自分一人でやって「でしゃばり」って思われるのも怖いから、
一旦周りのテンション感に合わせてみるけど
せっかくやるのに恥かくような成果になるのも嫌なので
結局結構頑張っちゃう」タイプでした。

とにかく、
周囲の目が気になるお年頃なんです。

正直、友達同士の探求授業は、
先生、というより、「大人の第三者」の存在が大事だったりします。
班分けの前にアンケートを取るとか、
やりたいことを探す
ワークショップをやってみるとか、
とにかく、
「純粋な心持ちで探求授業に取り組めるための配慮」
がとっても重要ってことです。

「ほな、受動的授業に戻るか」って、アホか!

ここまで話を聞いてみて、
探求教育、めっちゃムズいやん!
と感じませんでしたか?

実際、課題だらけです。
テーマ設定、授業の進め方、
チームビルディング、結果のインセンティブ…
言い出したらキリがないくらい、
まだまだ未発達な分野です。

しかも、おそらく多くの先生にとっては、
普段の授業と全く違うスキルが
求められるわけで、
なるべくなら避けたい、
という気持ちもあるでしょう。

しかし、
今まで通り
「聞くだけ授業」に戻ろう、っていうのは
"ちょっと待てぃ!"案件です。

最初にも言った通り、
探求学習は、「学び」の本質をついた
アプローチです。

何を学びたいか、どう学ぶか、
どう実践するか、どう活用するか、

そういうことを
自分で考えて、学んでいく。
誰かから半強制的に教えられるのでは味わいにくい
学ぶことの快感。

そんな可能性を秘めてる探求教育を
今、打ち切りにするのは勿体なさすぎます。

文部科学省や教育委員会が
この潮流を戻すことは考えにくい。
その裏腹に、
教育現場が探求教育をやめてしまったり、
「口だけの探求」が蔓延してしまう
可能性は十二分にあります。
それこそが、僕が危惧する
「探求教育の"流行り"化」です。

なんとしてでも、探求教育が
生徒にも先生にも、社会にも嬉しい形で
実現される未来を。

皆さんと一緒に作っていきたい所存です。

最後に

いかがだったでしょうか?
いつもより長々と書いてしまいましたが、
共感していただける方、
新たな発見があった方がいれば幸いです。

余談にはなりますが、
我々intoは、
普段は、「言葉にする」ワークショップを通して、
自分を演じることで見失ってしまいがちな
「自分らしくいられる空間」づくりを
行なっています。

そして、これらの活動は、
中高生のキャリア教育や、
探求授業を効果的に行うための
「自分自身の価値観」や、「自分らしさ」を
表現し、自覚するための
大きな支えになれるのではないかと
思っています。

実際、
学校現場での開催に向けて、
いろんな話が進んでます✌️
もし、ご興味がある方がいらっしゃいましたら、
是非是非、インスタグラムやメールアドレスにご連絡ください。

それでは、また!

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