<1 ニューヨーク>/「ニューヨークから今、これから」イラストレーター 森 千章さん/公募インタビュー#3
(2020年5月下旬)
1 ニューヨーク
今、描いた理由
──森さんは高校ご卒業後、ニューヨークの美大に留学を決め、姉妹校の金沢の大学で1年間学んだ後、渡米されて4年間通われたんですよね。
昨年9月に発売された「ローカル・ニューヨーク百景」では、当時のニューヨーク市マンハッタン近郊(以下、NYC)生活を振り返っておられます。帰国後10数年を経て、描きたいと思われたのはなぜでしょうか。
※「ローカル・ニューヨーク百景 A to Z」(第1巻(A to F))
紙版 Kindle版 (第2巻は近日発売予定)
森さん 日本に帰ってきてから、NYCで過ごした経験がある留学生と会うと、みんなそれぞれNYCについて違う風に感じていたことがわかったんですね。それぞれ違うんだったら、私が見たものは私が見たものとして残したら面白いかなと思って描き始めたプロジェクトです。
当時は自分のことを振り返る余裕がまったくなかったのですが、何年もたった今になってわかることがあったり、客観的に見られるようになったこともあります。
──面白いですね。みんな違うNYCを見ていたんですね。
森さん NYCというとかっこいい部分がフォーカスされがちだけど、そういうのを求めて行っている人もいるし、私ももちろん憧れがあって行ったけど、私が住んでみた結果思ったのは、全然かっこよくなかったってことなんですね。
NYCの人って、お金持ちだったらお金持ちの階層の生活があると思うんです。私は入学後しばらくして学校の近くから引っ越して、移民の人が住んでいるような、所得がそんなに高くない人たちが多いところに住んでそういう人たちの生活を見ていたけれど、同じ大学の留学生でも学校近くの家賃の高いアパートにずっと住んでいられる子もいたし、私とは全然NYCの見え方が違っただろうなと思います。
──NYCにはいろんな人のいろんな暮らしがあるんですね。
森さん 私が見てきたNYCっていうのは、すごく地味で花がない感じだから、フォーカスされにくいんだと思うんですが、私が見た限りではそういうNYCのことを発信している媒体がなかったんで、自分の留学経験も交えながら描いたら、興味を持つ人がいるんじゃないかなと思って。
2015年ぐらいにNYCに遊びに行ったら、自分の住んでいた頃とは全然街が変わっていて、当時のことを残しておきたいと思ったのもあります。
いろんな人がいるということを描きたい
森さん 私、高校時代まで周りと全然馬が合わなかったんですね。精神的にまいっちゃうくらい。いろんな人がいるのに、まるっとひとまとめにされるのが私は本当に嫌だったんです。
NYCっていうのはもっと自由に見えたから、そういうのを求めて行ったっていうのもあるんですけど、でも実際にNYCに行ったら、NYCでもまるっとされてしまった。
結局、向こうは向こうで、日本の同調圧力のように、正しい社会人はこう、正しいのはこういうことみたいな観念がある。だから、いろんな人がいるっていうのは、世界中どこでも発信されにくい、フィーチャーされづらいことなんだなあと。
「ローカル・ニューヨーク百景 」を描きながら思ったのは、世の中にはいろんな人がいるっていうのを私は描きたいんだということです。
NYCってどんなところ
──NYCには、留学・NYCでの就職から帰ってからも何回か行っているんですか?
森さん はい、行っています。でも4〜5年に1回ぐらいかな。そんなに頻繁には行かないです。なんというか、安らげる場所ではないので(笑)。旅行してても、えっ?と思うこともあるし。遠いし、しょっちゅうは行かないです。
──良くも悪くも刺激がある場所?
森さん そうだと思います。一番最近だと去年の12月に行ったんですが、NYC以外にもロンドンとかオーストラリアとか、人種のるつぼ的なところってたくさんあるけど、NYCって他の街と何が違うのかなって考えながら歩いていて、そのとき思ったのは、すごく街が狭くて、マンハッタンの島(主な観光名所があるエリア、南からセントラルパークぐらいまで)は山手線ぐらいしかないんですね。そこにいろんな人種の人たちがわーって住んでいるから、否が応でもいろんな人に会うというのが違うのかなーと。
アメリカの西側、カリフォルニアとかにいくと、同じぐらい人種はいるんだけど、あっちは広いから、人種や階層で住んでいるエリアが全然違って、そこの場に行かないと会わない。
そして、NYCは目的があって住んでいる人が多い。いろんななりたい職業、野球選手でもミュージカルスターとか、そういうのになりたいと思って来る人、自分の家族を養うためにやってきた移民の家族とか、いろいろだから、私の感覚だと東京とちょっと近いですね。東京と同じく忙しい人が多い。だけど東京よりもうまく整理整頓されてない感じ。ガチャガチャしてる。
結構ぎゅうぎゅうに暮らしていて、人口密度が高い。なのでコロナも蔓延しやすい…。
──ご旅行に行かれて、えっ?と思うことがあるというのは?
森さん どんどん街が変わるんです。スピードが速い。けど、便利にはなってない。
それもアメリカの怖いところだなあと思うけど、GoogleとかFacebookとかができた国なのに、地下鉄のシステム、日本で言うSuicaみたいなシステムって、導入しようとはしてるけど全然実現していない。ほとんど、私がいた20年前くらいのシステムのまんま運営されているんですよ。 要は、マンハッタンとかの高所得者の人たちは、タクシーを使って生活するような人たちが多くて、地下鉄を使う人は低所得者層だから、私が思うに、そういうところに手が回らない、回さないということなのではと。到達するのは一番後になるって感じだと思います。見える世界は貧富によって全然違うでしょうね。
街の移り変わりが速いって思うのは、古いビルをどんどん壊して新しいビルにしたりとか。そういうところは急激に家賃が高くなって、家賃を払うのに必死という人も多いです。
──NYCって、アートとか、ファッションとか最先端っていうイメージがあります。
森さん ファッションのイメージありますよね、なんでだろう(笑)。おしゃれな人なんて本当にごくわずかなんですけどね。ファッション・ウィークっていうイベントがあるから、そういうイメージが強いのかなと思うけど。
──おしゃれは、お金持ちしかできないとか?
森さん いわゆる、「セックス・アンド・ザ・シティ」みたいな感じは、完全にお金持ちです。そこまでじゃないけどお金がある人は、「ローカル・ニューヨーク百景 」でも描いてるんですけど、リサイクル、リユースショップで買ってる。NYCにはリユースショップの類がすごくたくさんあります。
私としては、ブランド品を揃えるおしゃれより、その人なりの独特なファッションの人の方に興味があるので、見ていると、そういう人はリユースショップで買っている印象です。
──森さんがNYCに何度も行かれているのは、どういうところが魅力で?
森さん いろんなことをリサーチしに行ってるかな。あと、NYCでは自分のことを考えるかな、すごく。
自分のことを考えるために行くわけじゃないんですけど、結果的に、じゃあどうしたいんだろうなあとか、自分はどうなんだろうなって考えて帰ってきます。
知り合いや友達に会いに行ったりっていうのもありますが…面白いところではあるけど、さっきも言ったように心和む場所ではないので、ゆっくりしたいとかはないです。
どこも海外旅行行ったらそうかもしれないけど、日本に住んでいて感じないことを感じるから面白いですね。
人種のこと
──NYCでは、アジア人はどう見られている印象?
森さん NYCは、いろんな人がいるから、この人ネイティブじゃないと思われても、英語のコミュニケーションができれば日常生活はスムーズに行きますけど、例えば会社の中で偉くなりたいとか、ある程度のポジションに行こうとすると、白人が多い中で太刀打ちするのは結構大変だと思います。馬鹿にされるわけじゃないけど、自分たちは絶対に下のラインから始めないといけないから、スタートラインから大変だと思うなあ。
移民でたくさんアジア系の人が住んでいますけど、親が苦労した分、子供にたくさん教育させていい大学に行かせたいという傾向があって、私の知る限りではお医者さんとか弁護士さんにはアジア系の人が多いんですよ。みんな頑張ってそうやっているんですけど、新型コロナ流行の時にも、NYCの病院で働いているアジア系のお医者さんは、お前たちが持ってきたなどと、そんな言われ方をしたようです。見た目がアジア系というだけでね。
アメリカって移民でできてる国だけど、なんやかんや言ってまだまだ白人主流が強いかな。でもみんな一生懸命それに対して抵抗して頑張ってるって感じ。だから、暮らしていくだけでも体力要りますよ。常に戦ってるって感じかなあ。
私の妹がミュージカルが好きで言ってたのは、ミュージカルも白人の人が主役の作品が多かったんですけど、ここ最近はNYCで作られるミュージカルは、有色人種の人が主役でもできるような作品が多いんだそうです。昔の作品も、ウェストサイドストーリーも、リメイクで黒人の人が配役できたりとか。昔は有色人種っていうだけでオーディションも受けられなかったけど、そうじゃないようにはなってるから、少しずつは変わっているんだと思うんですけど。変えてかなきゃいけないって感じかな、みんな。
NYC生活から受けた影響
──コミックエッセイに描いている留学の頃の話って、日記とかつけていたんですか?
森さん いえ!つけてなかったです(笑)。
──全部記憶?すごい!
森さん 描いていて思い出したりしますね。今でも描けるぐらいだから、そう思うとやっぱり、当時いろいろ思っていたんでしょうね。自分のアメリカで暮らした生活っていうのは、自分の中に何かしらを形成したなとは思います。
──NYC生活は、今の森さんにどういう影響を与えていると思われますか?
森さん 私、思っていることを言わないとモヤモヤしちゃうんですよ。特に日本で女友達を見ていて思うのは、ここで言ったらめんどくさいから流す、でもここでは言う、っていうのを賢く分けている人が多い。日本の生活の中ではそれくらいで十分ですよね。自分はなぜそんなにモヤモヤするのかと考えたら、アメリカで生活していると、たとえどんなに英語が下手でも自己主張しないと「いない」存在として抹消されちゃうんですよ。だから意見を言わないことは自分の中でいけないことだってすごく根付いちゃってるみたい。アメリカ生活で受けた影響の中では、それが大きいと思います。
仕事のやり方についても、こうじゃなきゃいけないという考えがなくなったかなあ。向こうって、どの職種でも副業をしてる人が多いんですね。もちろんイラストレーターで副業してるのは普通だし、例えばギャラリーを運営しながら夜は消防士の仕事をしているという人がいました。ギャラリーが自宅も兼ねてるから、そこで寝泊まりしてた。
20年前の日本だと、1つの仕事をしなきゃ1人前じゃないみたいな考え方がすごくあったけど、自分が納得してれば、いろんな仕事のし方があっていいんだっていうのを知って、すごく楽になったかなあ。
あと、コミックエッセイにも描きましたけど、例えばサンドイッチを注文して、日本でのやりとりだと、ちょっと変わった注文をしたら「それ変だよ」とか「それちょっとおかしくない?」とか言って、その人をある意味フィーチャーしてみんなでからかって場を盛り上げるっていうのがコミュニケーションの1つとしてある。でもアメリカでは、自分が好きなものを頼んでも「いや別に、それはあなたが好きなものだからそれは何とも」という反応で、自分が好きなことをやるのは人にとって大した意味はないんだと思った。こういう日常的なことからも影響されたと思います。
NYCで人の関心を引くのは大変
──昔NYCに住んでいたことがある知り合いも、NYCの人は日本の人と違って、全然人のことを気にしないという話をしていました。
森さん そうそう、興味がない(笑)。
──それはちょっといいなあと。
森さん そう、いいとこもあるんだけど、人の興味を引くためにはものすごく努力しないといけないんですよね。だからすごく体力がいるんです。
地下鉄に乗り込んできて勝手にパフォーマンスする人とかいるんですけど、目の前で踊られても、みんな無視してますからね(笑)。NYCでやろうと思ったらハートが強くないと無理ですよ。
──見てもらうことすら(笑)
森さん ほんとそうなんです。うわああああ〜〜〜〜って自分を出すパワーがものすごく必要だから、結構疲れますよ、うん。
聞き取り:インタビュアー田中
*記事中のイラストはすべて森千章さんご本人の手によるもの。記事内容に合わせ選んでいただきました。クリックすると大きいサイズで見られます。
森千章さんインタビュー記事まとめはこちら
(公開した記事から収録していきます)
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インタビューされたい方から応募いただき、インタビューするシリーズ「インタビュアー田中の公募インタビュー!」の第3回は、イラストレーターの森千章さんにお話を伺いました。森さんのエネルギーがじかに伝わってくるようなお話の数々、続きます。今回は“よりみちコラム”もあり♪
森 千章(もり ちあき)さん
米国NYの美術大学、Parsons School of Design イラストレーション学科卒業。卒業後NYのイラストレーター・エージェンシーに勤務し、帰国後は同エージェンシーの日本事務所代表、米系化粧品会社の制作部勤務等を経て独立。手書きの風合いを大切にした女性らしいタッチと都会的でスタイリッシュな作風が注目され、現在、雑誌・書籍・広告・Webなど幅広いメディアで活躍中。(森千章さんHPより引用)
※インタビュアー田中の発言の前には──が付いています。
※個人的な経験と記憶に基づいたお話です。事実、あるいは現状と異なる箇所があるかもしれません。
※今回は森千章さんの活動内容を踏まえ、ご本人の同意のもと活動名を掲載しています。(普段は匿名のインタビューを基本としています。)
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