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interviews#1アレクシス・フレンチ 「クラシカル・ソウル」のピアニスト

 アレクシス・フレンチのピアノには物語を語りかけてくる力があって、そこから映像のイメージが広がっていく。初めて彼のデビューアルバム『エヴォリューション』を聴いた時、満ち足りた歓びが心の奥深くから溢れ流れてくるような感覚に襲われた。この感情は何なのか。それが出会いだった。

 UK出身の彼は、4歳で家に流れるスティーヴィー・ワンダーの曲に合わせて、ダイニングテーブルを鍵盤代わりに力強く弾いたのが最初だった。そこから先生について、ピアノを習うようになるが、父親が探してきてくれた先生がとても素敵な人だった。バッハやショパンなどの課題曲をクリアすると、レッスンの最後に「即興演奏をしてみて」と自由に弾かせてくれた。それが彼のコンポーザーとしての感性を磨くことになったのだろう。その後、彼は、ギルドホール音楽演劇学校、ロンドン王立音楽アカデミー、ギルドホール音楽演劇学校と名門校でクラシックを学び続ける。

 そして、「クラシック音楽に誰もが感じているバリアを取り除きたい。僕の音楽は、あらゆるジャンルをクロスオーバーしている」という思いから彼自身が「クラシカル・ソウル」と呼ぶ音楽が生まれた。2018年にアルバム『エヴォリューション』で世界デビューを果たし、2ndアルバム『ドリームランド』は、2020年にリリースされた。

 新作『トゥルース』を語る

ーーまず前2作とジャケットのイメージが大きくことなりますね。新作のテーマと関係ありそうですが、どんなコンセプト、またはアイディアがあったのでしょうか。

 ジョージ・フロイド事件がアルバム制作のきっかけになった。事件の翌日僕は、鏡の中の自分を見て、あれこれ考えた。僕は何者なのか。ここに存在している意味とは。真実は何で、どこにあるのか。そう考えるなかで、自分のルーツに思いを馳せた。僕がここに至るまでには両親の愛情と少なからぬ犠牲があった。そんな自分が果たす役割、もっとすべきことはなんなのか。鏡の中の自分と対峙する時間は、痛みを伴うもので、気が付いたら涙を流していた。そのままピアノの前に座り、インプロビゼーションで弾き続けた。漠然とだけれど、「自分はなんなのか。何が出来るのか」、そんなことを聴いた人それぞれが自分に問いたくなるような作品を作りたいと思った。

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ーー今回のジャケットは、鏡に映ったご自身を表現したものだったんですね。前作からの時間で、世界はパンデミックに襲われました。ライヴ活動もままならぬ状況で、どんな時間を過ごされていましたか。

 ロックダウン中は曲を書いたり、散歩したり、自然豊かな場所に出かけるなどして癒しを求めた。でも、それも次第に人と交流したい、話をしたい、相談したいという思いに変わっていき、バーチャルで伴奏するなど、リモートでいろいろ試すようになった。SNSも結構チェックしていたね。そのなかでLAのダンサーが夜の駐車場で思い思いに踊っている動画を見つけた。彼らを囲むカタチでとめられた車がライトを点けて、ダンサーを照らしているんだけれど、そのインダストリアルな雰囲気もいいし、照明担当として年配の人も参加している。その映像に感動し、気分が高揚するなかで、『黄金の輝き』という曲を書き始めた。暗闇に怯える時期でも、夜空を見上げれば、星が輝いている。闇の先には明るい未来が絶対にある。そんな思いを託した曲になっている。

ーーリモートでいろいろ試すなかで出会ったひとりが今回ゲスト参加した人気シンガーのレオナ・ルイスと聞いていますが……。

 レオナとはロックダウン中にリモートでセッションを重ねるなかで、仲良くなった。才能あるアーティストなので、いつか作品として残したいという思いがあり、当初はインスト曲の予定だった『心をひとつに』で共演することになった。歌詞は作詞家のジョン・マグワイアに依頼をし、さらにレオナもアイディアを出してくれて、歌にするためにかなり時間がかかった。僕が子供の頃からスティーヴィー・ワンダーを聴くと心躍ったあの感じ。心が高く舞い上がるような歌を目指して作ったわけだけれど、僕自身も満足できるような曲が出来たと思っている。ちなみにインスト曲は、リプリーズとして収録されている。

ーーゲストとして日本のフラメンコ・ギタリストの沖仁さんが参加されていますが、どういう経緯で共演されたのでしょうか。

 2019年の「ライブ・イマージュ」で初来日した際に沖仁さんに出会った。コンサート終演後に彼が楽屋に誘ってくれて、一緒にジャムセッションをしたんだけれど、それが本当に楽しくて。初めて出会ったのに初めてじゃない気がするデジャブーな経験ってあるよね。彼とはまさにそうで、昔からの友人のように意気投合することが出来た。あの時の楽しい雰囲気を再現したいと思って、『愛に生きる』という曲に参加してもらった。「人生を思い切り満喫して、心の平穏を得ましょう」というのがこの曲のテーマ。収録曲のなかでもかなり明るい1曲になっていると思う。

ーー個人的には1曲目の『渓谷』に興味を持ちました。カタカタというハンマー音が聴こえますよね。これはどういう曲ですか?

 『渓谷』は、僕の中の深い不安から生まれた曲なんだ。でも、そんな揺れる心を乗り越えて、安らぎの地を見つけるまでの時の流れを表現している。それをするために3種類のピアノを使って演奏した。ひとつがグランドピアノ、ふたつめが古いアップライトのピアノで、クオリティは高くないけれど、音にすごく個性があるところが気に入った。もうひとつは、YAMAHAのアップライトのピアノ。心のさまざまな状態を表現するなかで、弾く際に偶然出てくる音、君が言うカタカタという音をわざわざ大きく鳴るようにしてレコーディングした。あの音は、心の不安を表している。でも、最初に言ったようにカタカタという生々しい音から始まり、それがウィーンのオーケストラが加わることで、どんどん洗練されていき、そのなかで希望が感じられるようになっていると思うよ。

ーー最後にアルバム・タイトル『トゥルース』について教えてください。どういう思いからこの言葉が浮かびましたか。

 パンデミックに限らず、世界中で大変なことが起きて、強い不協和音に僕らは囲まれているような時代。そういう時、人は、自分の脆さ、恐怖心とかに苛まれがちだけれど、そういう時こそ立ち止まって、何が大切なのか、自分には何が出来るのか、自分らしくあるためにはどうすればいいのか。そういうことを掘り下げて考えることで、本来の姿を見つめることが出来るし、そうすると、他の人の本当の姿などを見る余裕が生まれる。自分と他の人が違う考え方をしていても、それを認め合うことが出来る。そのための会話を始めたいという思いをこのタイトルには込められているんだよね。

  アレクシス・フレンチは、『エヴォリューション』、『ドリームランド』、『トゥルース』を3部作と位置付けている。その着地点としてレオナ・ルイスと共演した『心をひとつに』があるという。彼にとって初めての歌となったこの曲、レオナのデビュー時に美しくエモーショナルな彼女の歌声に惚れ込んだひとりとして、うれしい再会となった。37歳になった現在のレオナがいるべき場所を示せた曲になっていると思う。ぜひアルバムを聴いていただきたい。