無職最終日
本日、2022年11月15日、無職・フリーター最終日である。
明日から俺は再度、正社員として勤務して週5日(ないし6日)働くことになる。
怖くて仕方がない
2020年10月に適応障害で休職してから、シーシャ屋というまあまあ特殊な業界に身を置いてきた。だいたいオープンは午後だし、基本アルバイト採用だし、安定とか社会的信用とかと程遠い生活を丸2年送ってきた。
ここから急に正社員という肩書きを背負って生きることになってしまった。
選択したのは俺自身なので責めるべきは俺か、もしくは労働の対価として金銭を受け取り、その金銭によって様々なサービスや商品を手に入れる貨幣経済なのか、初出勤を明日にして恐怖心から7%の缶チューハイを飲んでいる俺には判別がつかない。アルコールで濁ったまま考え、書いている今の意見としては、おそらく自分が悪い。正社員になって賃金を受け取る以外に安定的に社会を生き抜く方法を思いつかなかったからだ。
フリーターから正社員になるということは凡そハードルを感じるもである。
まず起床時間が違いすぎる。起きれるかどうかもわからん。でももう内定承諾書にハンコ押しちゃったしやるしかない。逃げれない。労働契約は労使両方に強制力がある。あ〜あ。働くんだって。8時半には朝礼です。
責任が違う。レスポンシビリティが大きすぎる。耐えられるのか俺は。スパイダーマンよりもミニマムに悩んでいる。大いなるか否かにかかわらず力や行動にはそれ相応の責任を伴ってしまう。非正規雇用の責任の軽さが懐かしい。
ていうかそもそも2年くらいスーツ着てない。面接に行くために引っ張り出してきたビジネス感のある自立する革の持ち手の薄っぺらいバッグからは、かつて正社員だったころに貰ったハーベスト、あの粉々になりやすい小分けのビスケットが粉々になった状態で出てきた。かつての職場で同僚もしくは先輩に貰ったものであろう。その頃を少し思い出した。ゾス!もうやめてくれ。迷いなく燃えるゴミにぶち込んだ。さらば。
どれくらい耐えられるのか
俺は今まで同じ仕事を1年以上続けられた例がない。最長で7ヶ月。なんとも社会不適合な匂いがする。世の中で社会不適合でもやっていけるのはフリーランスとして食っていける技術や才能を持っている人たちだが、俺にはそんなものはない。小中高大すべての16年間「歌がうまい」だけで過ごしてきただけの人間には、不適合を個性として人生を設計することは許されなかった。生来クリエイター気質ではない。創作は俺の畑にはない。俺の畑から生えてくるのは、よく言えば批評、悪く言えば僻みや嫉み、疎みなどといった社会や他者への創作物への憧れを拗らせた何かだけだ。到底社会に開陳できるようなものではないので、一人で収穫してそれを一人で野辺送りし、焼き尽くして見ないふりを決め込む。そうして社会一般の人々に擬態し、自分の肥大しすぎた自尊心や自己顕示欲を誤魔化して正社員として生活するのである。破綻する未来が見える気もするが、やってみたら存外続けられるのかもしれない。
つまりは何を言いたいかと言うと、やれるだけやってみようの段階が再び来た、ということだ。新卒の時と同じ。やれるだけやってみますよ。
つまりは頑張ってみます。ダメだったら実家に戻ります。
仕事人として社会復帰するために、SHIROBAKOを見返した。ムサニのレジェンドアニメーター、杉江さんは
とおっしゃっていた。じゃあとりあえず掴んでみてからでも良いんじゃないかと思うので、内定を握りしめて社会復帰してみます。ダメだったらそれから学んで次の仕事を探せばいいのかな、と考えています。
さいごに
なので、俺がこれから疲弊するか、もしくはモリモリ社会人として責任感とやりがいに目覚めていくのか、わからないけれど見ていてくれれば嬉しい。
そんなことを思いながら、次の缶チューハイを開けて不安をごまかすのである。
さらば、責任がなく自由に過ごせた日々。
ようこそ、責任と忍耐の代わりに賃金が多くもらえる日々。
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