統合デザイン学科院生インタビュー#09 サイホウセイ
蔡 豊盛(サイ ホウセイ)
多摩美術大学統合デザイン学科大学院2年生
【指導教員】永井一史
ー自己紹介と入学した経緯について教えてください。
統合デザイン学科大学院2年生の蔡 豊盛と申します。
2018年に中国の上海から来た留学生です。今は永井一史先生のもとで研究しています。
小さい頃から様々なパッケージを集めることが大好きで、パッケージの図形や構造などに魅力を感じていて美大に進学しました。
大学生の頃は視覚伝達を専攻していたのですが、趣味で他の色々な分野に触れていました。グラフィックデザインや3Dソフトや動画編集について学び、それらの能力を生かして空間デザイン、インスタレーションやアニメーション制作などのプロジェクトに参加していました。
これらの経験の中で、日々激しく変化している今の社会では、一つの社会的な課題の解決をするためにデザインに求められることが複雑化していて、幅広くかつ統合的な視野から社会問題を解決することのできる人材が必要とされるようになっている、と気づきました。
この気づきを大学の先生に話したところ、統合デザイン学科のことを教えてもらい、興味を持ち始めました。
それから統合デザイン学科について調べて、コミュニケーションやプロダクトに限らず、様々なジャンルの領域の枠を超えた新しいデザインを形にしていくところに魅力に感じました。
多摩美のオープンキャンパスで統合デザイン学科の学生の作品を見た時、学生が自ら問題を発見し、デザインの力で問題を解決する。そして固定観念に囚われないという自由な制作環境を肌で感じ、入学したいと思いました。入学試験の時には永井一史先生と面談をしてたくさんの貴重な意見をいただき、統合デザイン学科に入学することになりました。
大学院では1年生の時に自分の問題意識を発見する過程があって、今はその発見した問題についての研究を、先生とディスカッションしながら進めています。
ー永井一史先生の元で研究しているそうですが、なぜ永井先生の元で学ぼうと思ったのですか?
統合デザイン学科の大学院では、入学試験の前にまず自分が学びたい先生を選択します。
私は大学2年生の時に永井一史先生のブランディングの記事をみて、永井先生のブランディング理念に共感し、影響を受けました。日本に来た時も、永井先生の作品を見たり、本を読んだりしていたことがあったので、永井先生の元で学びたいと思いました。
ー興味があること、研究していることについて教えてください。
「人工物の動き」というキーワードが好きというか、インタラクション(*1)と空間など、人工物と人間の環境みたいなことにとても興味があります。
今は主に、モノ・人・環境の新たな関係性を中心に制作していて、運動に想起されるイメージを使った、人間の心理的な影響に関する研究をしています。「モノ」としての作品や無機的な物質は、テクノロジーによって機能的なものから変化して、人間にいろいろな感覚を引き起こすことができると思うからです。
観察者が無機的な物質を見て意思や感情を生み出す。そういうことに興味があります。
テクノロジーを応用することで、どのように未来の日常生活を豊かにすることができるか、という問題意識を持つようになって、このテーマを選びました。
制作では主に、生活環境にある光や温度や風などの「見えないもの」のデザインを通して、日常に隠された新しい感覚を呼び覚ますようなインタラクションの可能性を探し、モノ・人・環境の親和性を探っていくことを目的としています。
※インタラクション
"インタラクションとは英語の「 inter(相互に)」と「action(作用)」を合成したもので、その基本は「人間が何かアクション(操作や行動)をした時、そのアクションが一方通行にならず、相手側のシステムなり機器がそのアクションに対応したリアクションをする」ということです。
例えば、携帯音楽プレーヤーの再生ボタンを押すと、音楽がちゃんと再生されるような関係のことを指します。"
引用:インタラクション
ーこれまでに制作した作品について紹介してください。
大学院の1年生の後期頃に修了作品は「人工物」の「動き」に関する作品を制作しようと決めていました。
今回紹介する作品は、修了制作のための2つの試作品です。
仮現運動の残像による動きを生かした新しい空間体験
『SOUND STORY』
1つ目は「SOUND STORY」という作品です。この作品は、仮現運動(*2)の残像による動きを生かした新しい空間体験を目指したものです。
私たちが映画を見ている時、映画の内容や物語に共感し、楽しくなったり泣いたりもします。映画の登場人物の表情からその人の気持ちを知ることができます。
また抽象的な画像を見た時は、その抽象的な形を頭の中で具体的な物に変換しようとします。この作品を通してそのプロセスを再現しようとしました。
この作品では鑑賞者が残像の動きのスピードをコントロールしたり、違う音声を流したりします。そうすることによって抽象的なシルエットに対する鑑賞者の理解や感覚が変化します。実際、鑑賞者へのインタビューを通して同じものを見ても人によって様々な感情や感覚があると判明しました。
※2 仮現運動
仮現運動とは、動いていないものが動いているように見える現象のことです。
より狭義には、ある対象Aと対象Bを、遅すぎず早すぎない程度の時間間隔を置いて、それぞれ別な場所で交互に呈示すると、対象AとBが動いているように見える現象のことを言います。
引用:仮現運動 | 心理学用語集サイコタム
こころを癒し、環境にやさしい、いろいろな物に変化する
『紙の器』
2つ目は「紙の器」という作品です。モノと人間の振る舞いについて考え、インタラクションに基づいてひとつの紙の器を作りました。
プラスチックは世界中で広く使われていますが使い捨てのものが多く、環境汚染の原因となります。そこで環境に優しく、防水機能を持つ紙を使った可変性のある製品を作りました。
具体的にはプリーツの可変性を生かした花瓶、お椀、コップなどの暮らしのための道具をデザインしました。
可変的な形になっているので、1つの役割に縛られず色々なものに瞬間的に変化させることができます。この作品を制作するときは、インタラクション、装飾性、雰囲気作りの3つの面に力を入れました。
構造を作るのが結構大変で、様々な生活シーンのために使用用途をどうやって開発するか考えながら制作を進めていきました。先生からアドバイスを受けながら折りについての本を読んだり、折りの機械を買って折り方など色々試しました。
『SOUND STORY』と『紙の器』、この2つの作品を経て今は「人工物の動き」と「人間」と「環境」の3者を再構築しようとしています。
ー修了制作のテーマとそれに至った経緯についてお聞きしたいです。
修了制作ではモノ・人・環境の新たな関係を中心として、運動から想起されるイメージによる人の心理的影響に関する作品群を作っています。
私はプロダクトの物質的に見える形を追求するだけではなく、今生きている環境に合う物質として「見えない形」をデザインしたいです。生活環境にある光、温度、風などの「見えないもの」のデザインを通して、これまで日常に隠されていた感覚を呼び覚ますような心地よいインタラクションの可能性を探っています。
例えば自然物は雨や風や光という自然現象によって成長したり、影響を受けたりします。そのような自然物の性質を利用して、熱によって立ち上がる照明スタンド、風によって膨張したり縮んだりする電気スタンド、暗闇で開き、光によって閉じるシャンデリアの3つのタイプの照明器具を制作しています。
今は修了作品のために最終的なゴールを探し続けているところです。
このゴールを探すために色々なスタディが必要で。自分はどんなことが気になっているのか、たくさん探して先生に相談して制作を進めています。
ー統合デザイン学科の大学院に入学して良かったことはなんですか?
まず、統合デザイン学科の学生の真面目な制作態度や勉強の雰囲気から影響を受けました。学生は毎日朝早く来て、夜遅くまで制作をしていて。地下の休憩所にみんなが集まって作業したり、デザインについて議論したり。
自分のデザインを他人に共有することで、より良いデザインや表現方法を探しているところが良いと思います。
それから統合デザイン学科では、自分の問題意識を発見する過程が大学院1年生の時にあるのですが、最初は自分の研究テーマにどこから着手すればいいのか迷っていました。だけど永井一史先生が何度もディスカッションしてくださって、いろいろな方向性のデザインを試してみてもいいと励ましてくれました。あの時はたくさんの参考資料を教えてくださって貴重な意見をくださいました。
また永井先生のゼミでは、主に制作報告とグループディスカッションという形で進められるので、自分の研究の問題と改善点をより明確に理解することができました。
統合デザイン学科では、学生が異なるデザイン分野の知識を学び、異なる分野の先生の専門的な意見を得て、視野を広げることができます。自分の研究と作品に啓発を与え、分野間の境界を越えて、分野の融合によって生まれた新しい分野の誕生を発見できることが最大の強みだと思います。
この2年間でグラフィック、プロダクト、空間、インタラクション及びメディアデザインに対する学習を通して、たくさんの調査と試行錯誤をしていくなかで自分の問題意識を徐々に明確にしていくことができました。
ー卒業後にどんなことをやっていきたいですか。
大学院を修了した後は引き続き博士後期の課程に進学したいと考えています。デザイナーとして制作活動をしながらアシスタントとして教育活動にも挑戦したいです。
これからの制作内容としては「人工物の動き」と「身体感覚の共感」そしてさらなるモノ・人・環境の、新たな関係の再構築の可能性について考えていきたいと思っています。
そして将来的には優秀な研究者と講師を目指して、研究活動と教育活動をするとともに、日本と中国の架け橋を築きたいです。
(インタビュー・編集:徳崎理沙、土屋陽和)
次回からは統合デザイン学科卒業生インタビューをお届けします!
統合デザイン学科を卒業した先輩方は今、何をしているのか?
何を学び、どのようにして今の進路に繋がっていったのか、1期生〜3期生の先輩方にお話を伺っていきます!
在学中に制作した作品や、統合デザイン学科での思い出などについても教えていただきました。
卒業生インタビュー第1弾は12月18日更新予定です。乞うご期待!