統合デザイン学科卒業制作インタビュー #05永井浩
永井 浩(ながい ゆたか)
多摩美術大学統合デザイン学科4期生
佐野研二郎・小杉幸一・榮良太プロジェクト所属
ー卒業制作で制作した作品の紹介をお願いします。
作品はB( )K (ブック)という名前で、一言でいうと紙の束に空洞を彫刻する、ということを目的としています。
紙はもともと二次元的な存在ですが、それでも確かな厚みがあります。
そして薄い紙を重ねていくと紙の束である本となり、確かな体積をもった「めくれる立体」になると気付きました。
じゃあページごとにものの輪郭を少しずくり抜いていくと、紙の塊の中に穴が開いて「空洞の彫刻」ができる。
B( )Kは新しいモノの切り口を映し出す、めくれる彫刻です。
ーこの作品を作ろうと思った経緯について教えてください。
そもそも7月頃までは別のアイデアで卒制を進めようとしていて、タイポグラフィーを作ろうと思っていました。しかし、教授から「血肉のない、装飾的なデザインだ」と厳しい言葉をいただきました。
この時点で「アイデアをゼロに戻さないと進んでいけないな」と思い、一からアイデアを考え直すことにしました。
それである日散髪屋に行って、ノートを開いてアイデアスケッチをしていた時に、スケッチをしていたノートを見て「本が薄い紙の束である」というすごく当たり前のことが気になりました。
それについてもう少し考えた時に、その「二次元の集積でできた紙の塊」という特徴から、二次元から三次元になっていく面白さを活かした新しい体験を生み出せないかと考え、本に連続した穴を開けて「生き物のカタチをした空洞を閉じ込める」というアイデアを最初に思いつきました。
そのあと色々あって作品の幅が増えていったんですけど「生き物の形を本の中に閉じ込める」という特徴から最初は「標本」という作品名にしていました。その後、中がくり抜かれた本という存在を反映させるために、「B( )K」という名前になりました。
ーテーマが決まってからどのように制作していったのか、制作過程をお聞きしたいです。
最初に言った通り、生き物の形を本に閉じ込めるっていうところから始めたので、ネットで生き物の3Dデータを提供してくれる会社を探したところ、「CT生物図鑑」を運営する「株式会社JMC」さんにたどり着きました。
見つけて直ぐにJMCさんに「CTスキャンの技術を活かして卒業制作をしたい」という旨のメールを送ったところ、快く依頼を受けていただき、技術面で本当にたくさんのサポートをしていただけました。
具体的には、「既存の3Dデータの提供・新規3Dスキャン(かじったリンゴと潰れた空き缶)・CTスキャンデータの制作」など、試作用データを含めると膨大な量の制作にご協力いただいています。
たくさんの力添えのもと、丁寧に制作を進めていきました。
※かじったリンゴを3Dスキャンしている様子
それから集まったデータをレーザーカッター(※熱光線を当ててモノを焼き切ったり焦げをつける機械)用に変換し、約数千ページ分の紙を切り抜いて、本の中に原寸大のモチーフがくり抜かれるよう計算しながら試作を行っていきました。
最初はカブトムシや手の形だったり、みんなが知っている具象的な形をモチーフにしていましたが、先生から「パラパラ漫画としてアニメーション的な楽しみ方ができる作品もあったらいいね」とアドバイスをいただきました。
それから「アニメーション立体」なるものを3Dで制作して、めくって図形の動きを楽しむ本も制作しました。
このアニメーション立体の作品を制作したことで、ただ解剖的な楽しみ方だけでなく、純粋なアニメーションとしての楽しみ方を広げてくれたと考えています。
彫刻するモチーフについては、JMCさんが運営している「CT生物図鑑」に20体ほどの色々な生き物の3Dスキャンデータがあってその中から選ぶこともできました。でも時間の関係などで制作できる数には限界があったので、作品にした時に大きな動きの変化があるモチーフを選ぶことを意識しました。
選んだモチーフの中で異質な存在になったのが「潰れた空き缶」なんですけど、正直この作品を見た人からは「ただの断面や積み重なった紙の束を見ただけじゃ、これが何なのかわからない」という意見が沢山ありました。
それでも自分がこのモチーフを選んだのは、「ありふれた形に新しい発見を見出す」をモチーフを選ぶ際の一つの線引きとしていたからです。
例えば、手の大きさだったり、かじったりんごの形だったり、ゴミとして捨てるようないらない形も、空洞が積み重なっていくことで新しい見え方になるんじゃないかと思ったんです。
空き缶だとは分かりづらかったと思うのですが、内側から空き缶を見るという新しい体験だったり、どういう形で変化していくのかということはこの作品がないと見られなかった景色だと思っています。
さらにこの本の「空洞の彫刻」という魅力をなんとか写真として収めたいと思い、このくり抜かれた彫刻自体をもう一度CTスキャナーに通して透過撮影を行いました。
※B( )KをCTスキャンした透過写真
そんな中、展示形式を考えはじめた段階で感染症対策について考えなければいけませんでした。また教授からも「時間をかけて作っているんだから、作品を大切しながら魅力が伝わる展示方法を考えたほうがいい」と言われました。
そうして新しい魅せ方がないかと考えて制作したのがコマ撮りの映像作品でした。
これは作品を一枚ずつめくってはシャッターを切る、という作業を数千ページ分行って制作しています。
触れる事なく作品の魅力を最大限に引き出せた映像になったと思います。ある意味では、今の情勢だからこそ生まれた作品だったのかもしれません。
ー展示空間はどのように考えていきましたか?
展示空間は「アトリエ」と「研究室」をおおまかなテーマとしてイメージを作っていきました。
実はプロジェクト内での最後の講評のときに、完成した作品を適当に並べて、映像をiPadで流したのですが、「膨大な作業量なのに、すごさが全然伝わらなくてもったいない」という問題にぶつかりました。
相当な時間をかけて作品を作っているのにその大変さが伝わらないのはまずいと考え、口数を少なくして最大限伝えられるよう展示方法を考えました。
そこで行ったのが、切り抜いた紙を一枚一枚1cm間隔で綺麗に並べるという単純なことです。
徹底して等間隔で紙を並べていくことで、研究室のような緊張感が出てきました。
また映像を流す媒体をiPadからiMacに変更し、より大きな画面で映像が見られるようにしました。
その他にも、先ほどお話した透過写真を作品の隣に置くことで、B( )Kの展示空間を引き締める役割を担わせました。
※透明なフィルムに印刷し研究室のような雰囲気を出した
でも実は、この展示方法になったのは卒展が始まってからなんです。
実際に在廊してお客さんが作品を見るスピード感などを観察した時に、iPadだと画面が小さくて目立たなかったり、紙を目測で配置したから緊張感がないということが初めてわかってきました。
だからこれは本当に良くないんですけど、2日目まではまだ展示が未完成の状態で…。3日目にやっと完成しました。
ー展示を行った感想を教えてください。
展示が行われるまでは教授や友達とのやりとりだけだったので、作品が面白いのかどうか分からなくて…。面白がってくれるかな、楽しんでくれるかなと、不安ばかりでした。
でもお客さんから作品について質問されたり、実際に作品に触れた人が思わず声を出して驚いてくれた様子を見て、やっと努力が報われたなって思いました。
でも、もしも卒展がもう一度できるなら、もっと大きな空間で全ての作品を一枚ずつ並べたり、研究室というイメージを強くしてもっと作品の魅力を引き出すようにしたいな、という後悔があります。
ーこの作品を通して、今後やっていきたいことなどあれば教えてください。
まず初めに、技術提供してくださったJMCさんには感謝しかありません。本当にありがとうございました。
それこそボツになった作品がいっぱいあって、自作したアニメーション立体は他にも沢山データを作っていたんですけど、実際に本にしてみた時にあんまり面白くないなと思ってボツにしたこともあって。
自分の我儘に付き合ってくださったJMCさんには改めて感謝申し上げます。
今回やり残したことはまだまだあるんですけど、この作品は自分のモノづくりの基準を引き上げてくれた存在だなと思っています。
今後自分の作品がこれだけ多くの人に見ていただける機会はそうないと思うので、とても恵まれた機会をいただけました。
これからはモチーフを吟味しながら、少しずつ新しいB( )Kを作っていきたいです。
Twitterアカウント:@CONBUUUN
(インタビュー・編集:徳崎理沙、土屋陽和、田邉茜)
今回インタビューした作品は、3月13日から八王子キャンパスで開催される、美術学部卒業制作展・大学院修了制作展Bでご覧いただけます。
他学科の作品も同時に鑑賞できる展示となっております。是非ご来場ください!
美術学部卒業制作展・大学院修了制作展B
会期
3月13日(土)〜3月15日(月)
10:00~18:00(最終日15:00まで)
場所
多摩美術大学八王子キャンパス
東京都八王子市鑓水2-1723
交通
JR・京王相模原線「橋本」駅北口ロータリー6番バス乗り場より神奈川中央交通バス「多摩美術大学行」(運賃180円)で8分、JR「八王子」駅南口ロータリー5番バス乗り場より京王バス「急行 多摩美術大学行」(運賃210円)で20分
詳細:美術学部卒業制作展・大学院修了制作展B