味方

「あ,まただ.」
「なに?」
「右手,スプーンですくうときにいつも水平だよね.だから食べ物がこぼれてない.」
「そうしないとこぼれるからね.」
「私ってさ,ほら,茶碗を持って顔に近づけると,茶碗が斜めになるでしょ?」
「うん.」
「それでね,この状態でスプーンを使うと茶碗の底とスプーンの角度を合わせちゃうから,麻婆豆腐とか,汁物とか,こぼれるの.」
「地面に水平にスプーンを持つんだよ,そうしないと,こぼれるのは当然だろ.」
「でもね,なんか得意じゃないんだよね.」
「水平感覚を意識すればできるよ,君にはそれが備わっているはずだよ.だって君は二本脚で立って歩けるじゃないか.」
「そりゃそうよ,歩けるよ,でもそんなのって普段から意識しないじゃん.」
「ふん.スプーンを使うときにだって,水平感覚を意識することなんて無いけどな.」
「あっ,ちょっと意地悪な気持ちが入ってたんじゃない今の言い方.」
「なんだよ.」
「君さ,自分ができることだからって,棚に上げて少しだけいやみな言い方したんじゃない?」
「そうかもな,癖だから.」
「癖?性格じゃなくて?」
「どっちも一緒だろ.」
「ん~.」

「仮定としてさ,もし私がピンチだとするね.そのときって,君は私の味方になってくれる?」
「よくわからない.僕は,絶対に僕の味方だってことはハッキリとしているよ.それで,もしも君の敵に僕が含まれていないなら,君の味方をするかもね.」
「友達ってそういうものだっけ.君は言葉も心も冷たいね.ハクジョーだねー.」
「友達はとても大事だと思う.でも,自分のほうがもっと大事だよ.自分以外ってことは,他人でしかなくて,その中の親しい人物群が友達と呼ばれているんだ.」
「それって当たり前の一般論だよ.悲しきかな,君は人を愛したことが無いんだろうね.」
「話すの止めないと,パスタが冷めるよ.」
「これ冷製パスタ.テキトーな思いやりは空振りだね.」
「俺のは温かいパスタなんだよ.」

「はあ,結局のところ君って他人に無関心なだけじゃない?」
「そうだとも.僕は人の話や作品,芸術や概念,思想も含めて全てにおいて,面白いと思えるものなら大好きだよ.そして,それを世に表現してくれる人間の "能力" が好きなんだ.」
「関心があるのは人そのものではなく人の行動から生まれる副次的なゆらぎ?罪を憎んで人を憎まずって感じがする.というか,憎むも何も,人に執着が無いのかー.」
「人の態度や言動が僕の心を動かすことは何度だってあったさ.憎いと思うことだっていくらでもある.たぶん,そういう人の敵意,そう捉えられうる態度,そういうのが僕を見下しているように感じられるからだろうね.」
「自分の地位が奪われるような感覚でも味わうの?お気の毒さま.」
「地位なのかな,そういう感覚とは少し違うような気がする.単純に,僕は自分のことを王様だと思っているのかも.何でもできる王様.」
「その理想像たるキングさまに民衆は従わなくてはならないと?」
「従わなくても良いんだよ,ただ,僕の邪魔をしないでほしいだけ.生活の安らぎと,心の流れとか,そういうのを遮断してくる外力に僕の心は弱いんだ.そう考えると,他人っていうのは何をしでかすかわからないもんだよな.人そのものを好きになれないのは,思考が読めない存在だからなのかもな.」
「作品は,静的で,君の心を邪魔しない.だから好きになれるってわけ?もしかしてさ,君って作品のことを自分の解釈に従う小間使いのように思ってるのかもね.物言わぬ人,のような置物ってわけ.そしたらさ,結局のところ君が苦手なのは人ではなくて自由意志だよ.」
「どういうこと?」
「君はさ,先の読めない,自由な存在が怖いんじゃないのかな.虫がいきなり目の前に出てきたらビビるでしょ?」
「そんなの誰だってビビるぞ.」
「そうなんだけどね,えっと,つまり恐怖って過去から来るものなのよ.人間は過去の毎時点で,未来はこうなるだろうなって常に予測しているの.それで,それが予想とは異なる結果になること,そうなりうること,それが恐怖の根源なんだと思う.つまり人間の恐怖は,未知の存在,自分の理解の範疇を超える潜在的な要素によってもたらされるの.」
「なんだぁ,シンリガクってやつ?」
「違うの,マジメに聴いてよ.要約すると,人は知らないものを怖がるってわけ.」
「はあ.」
「だからね,君は人を好きになることができると思うよ.」
「,,,要領を得ないけど.」
「あー,えっとね,君は人を支配して,完全にその人のことを理解するか,理解した気になるか,どちらかを達成すればその人のことを好きになれるんだと思うよ.」
「そうすれば,知らないことが無くなって,人に対して,恐怖しなくなるから?つまり,俺は臆病ってわけか.」
「なんかネガティブに捉えてない?明るい話よ?あー,君は一人の人間に執着してトコトン知った経験が無いんじゃないかな?」
「無いかもな,家族以外では.」
「やっぱりね.友達と呼べる存在はいくつかいるけれど,その誰にも本音を打ち明けていないんじゃない?」
「本音ってなんだよ.」
「知らなーい.で,人と秘密を共有するだけの心理的な余裕を持たないんだよ,君は.」
「秘密くらい打ち明けたことはあるよ.」
「ほんとう?一応言っておくけどさ,"秘密" と "言いにくいこと" の間には差があると思うよ.」
「む.」
「ジコカイジってやつかな,流行りの言葉?なんか画一的に表現されてて嫌いなんだけどさ,そういうのをできるような存在が君にいれば,君のその他人に対する考え方も変わるのかもね.」
「えらい長いお説教だこと.おじさん耳が疲れちゃった.」
「そうやって変なノリで話題を終わらせるのが得意だよね.」
「まあ,十八番です.」
「あー,カスね.」

「考えていて思ったんだが,僕は他人を支配できればその人を好きになれるとか,なんとかっていうやつ.さっきの話だよ.」
「うん.してたね,その話.」
「いやあ,僕さ,支配されるのも悪くないなって思ったんだよ.」
「ははは.君らしいね.」
「どんなところが僕らしかった?」
「思考放棄.人にゆだねるのが大好きそうだから.自分で何もしなくても自分を支配してくれる人がいれば自分が怖がることもされないもんね.」
「そうそう,そんな感じ.それってサイコーじゃないか.」
「親離れができてないだけだよ.」
「いつまでも,あると思うな親と金.甘えられるうちに親には甘えなきゃ.」
「家族の話をしてどうすんのよ.他人を好きになるって話でしょーが.」
「あーもう頭が回ってないのかも.疲れたー.」
「さっきから同じことずっと言ってる.もう帰る?」
「あー最高だね,帰るって提案.」
「はぁ?」
「今ね,僕は弱みを見せて,この場の最高主導権を君に譲渡したのさ.これぞ我が秘伝の技.」
「ちょっと.なにそれ.」
「今日のデートでさ,途中で僕が君の口癖の "OOってさ" ていう語尾を使い始めたの気付いた?」
「まぁ,感染ったのかなって思いはしたよ.」
「それで,話題が僕の心理の話になってから,だんだんと君が僕を分析し始めたでしょ.」
「そうだね.」
「まさにそこからなんだよ.会話中で君の立場が強くなっていって,僕の立場といえば分析待ちの試料のようでさ.」
「うん.」
「そんでもって疲れた僕が君の眼の前に居るわけ.これで君は僕を放っておけないんだ.んで,今になってこんなことを知らされる.ははは.」
「なにそれ,気味が悪い.」
「こんなこと話すのは全部を打ち明けて素直に君に頼りたくなったからなんだよ.わかってくれるだろー.」
「気味が悪い.」
「僕はアリジゴクなんだよー.逃さないぞー.かまってくれよー.」
「黙れよ,もう.うるさいよ.」

『味方』(完)


いいなと思ったら応援しよう!