【小説】消しゴム顔のあの人(#毎週ショートショートnote)
「消しゴム顔の〜あの人とぉ」
また始まった。
また母が変な歌を歌いはじめた。
「消しゴム顔の〜あの人とぉ、デートする〜」
「ねえ、それ、なあに?」
「消しゴム顔の〜、え、なにが?」
皿洗いの手を止める母。
「いつも歌ってるじゃん、消しゴムなんちゃら」
「ああ、それね。ママの初恋の人との歌よ」
ぎくっとした。リモートワーク中の和室の父に聞こえてないだろうか。
「デートのとき、特に意味はないけど、面白くて2人でずっと歌ってたのよ」
「いつの話? もうやめなさいよ」
「なんか思い出しちゃって。でも本当はね、ちょっと違うの」
「なにが?」
「本当は、イケメン顔の〜、なんだけどね。それだとパパがあんまりかわいそうだから、ママも忘れたくて、思い出を消してやる! って気持ちで替え歌してるのよ」
「……ああ、そうなの」
「消しゴム顔の〜あの人とぉ」
また母が歌う。
襖の向こうの父を思う。
──替え歌なら、まあいいか。
BGMは、母の変な歌と父のタイピング音。
《終》
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