新型ディフェンダーに薪ストーブ!?クリエイティブディレクターとカスタムバイクビルダーが織りなす、次のクルマのカタチ
瞬く間に世界中を呑み込んだ新型コロナウイルス。その影響は自動車産業に限らず、世界経済全体に大きな影響を及ぼしている。これまでの常識を覆し、世界中の人々の価値観を揺さぶり、全産業のあり方を再考させる事象となった。その中で”ニューノーマル”という言葉が囁かれて久しいが、いまだにその正解と言えるものはない。むしろ正解はひとつではなく、人の数だけ存在するのかも知れない。マーケットベースだった消費行動も、よりパーソナルでプリミティブなものにシフトしている。そしてそこにクルマはどう寄り添うべきか。その問いは以前に増して深く、果てしないものとなっている。
そんな中、INSPIRATIONS/MOBILITYのクリエイティブディレクターである佐藤夏生が、日本を代表するカスタムバイクビルダー中嶋志朗氏とともに、あるひとつのカタチを創り上げた。それが今回の「A DAYをTHE DAYにするクルマ」だ。
新型ディフェンダーをベースにしたカスタムカーで、後部座席を全て取り払い、温かみのある木製のフローリングとベンチ、そしてその中心に小型の薪ストーブが設置されている。外装にはその薪ストーブにつながる脱着可能な煙突、ルーフには大人ふたりが乗ることができるルーフキャリアとスキー道具が収納できる大容量ボックス。さらに車内にはプロジェクター投影ができるスクリーンまで完備している。
この斬新とも突飛とも言えるカスタムカーについて、その開発に至った経緯や目的、開発秘話などを八ヶ岳にある中嶋氏のアトリエで訊いた。
欲しかったのはスキー用のクルマよりも
スキーライフを拡張してくれるクルマ
編集部:そもそもこのプロジェクトはどのようにしてスタートしたのですか?
佐藤夏生(以下、佐藤):僕はクルマやバイクがものすごい好きで、仕事でもプライベートでもこれまでにたくさん乗ってきたのですが、歳をとるにつれてクルマの選び方、付き合い方が収斂し、シンプルになってきていて。昔は純粋に走りや見た目のそれぞれの個性を楽しんでいましたけど、子供ができて趣味も増えて、より利便性をより重視するようになりました。それはクルマへの興味や愛が薄れたということではなく、視点がクルマそのものからライフの方にシフトしたからだと思っています。そんな中、コロナの影響で世の中的にもクオリティオブライフの定義が一新され、クルマのあり方も改めて捉え直すべきだなと。個人的にライフということでは4年ほど前からスキーにのめり込んでいて、雪山に行く足としてクルマは欠かせません。移動手段として考えれば、荷物が積めてスタッドレスを履けばいいのかもしれませんが、そういうスキー用のクルマではなく、スキーライフをより拡張してくれるクルマ、それがあることでスキーに行きたくなるようなクルマ、そういうクルマってどういうクルマだろう?そんな想いや問いみたいなものが生まれました。
編集部:ライフスタイル起点のクルマということですね。
佐藤:そうですね、子供や仲間たちと日本中の山々をめぐり、スキーして、温泉入って、地の物を食べて、美味しい珈琲を飲む。そういうことに特化したクルマを創りたい!でも具体的なカタチのイメージはなくて、テーマだけがボワーっとあって、そこに自分のクルマへの愛情や執着がムクムクと膨れ上がっていった感じです。で、創るしかない!と。
編集部:それでクルマ創りを始めたわけですね。
佐藤:とりあえず、まずはキャンピングカーのカスタムショップを回ってみました。このボワーっとしたテーマを伝えると、返ってくるのは「このキッチンセット入りますよ」とか「こんなラックも付けられますよ」みたいな返答ばかり。なんか話が違うぞ、と。別に家の機能をクルマに持たせたいわけでも、快適に過ごしたいわけでもない。僕がそのクルマに求めているのは、家のようなリラックスではなく、アジトというか、秘密基地というか、そういうワクワクする気持ちや匂いみたいなものなんです。
中嶋志朗(以下、中嶋):建売住宅のモデルハウスを見に行って、しっくりこない感覚ですよね。
佐藤:そうそう。いくつか回ると、ここに答えはないとわかってくる。でも、これじゃない、あれでもない、という「ない」「ない」「ない」を繰り返していくと、逆に解の輪郭が見えてくる。間違いの総量があがると見えてくるものがあるんです。そういう無駄や違う!という感覚、経験は、まだ世の中にない、新しいものをカタチにするために必要な作業だったと思っています。で、求めているものがまだ世にないものだとわかったので、これは作り手と一緒に考えなきゃ無理だと気づきました。
カスタムバイクビルダーの美意識と
パッケージングする能力
佐藤:そこで思いついたのがカスタムバイクビルダーでした。カスタムバイクってネジ1本とっても、そのナットが見えているのか、隠すのか、もしくはあえて見せるのかで全体の雰囲気がぜんぜん違う。カスタムバイクは、直線と流線、オーセンティック的なものとフューチャーリスティック的なもの、見せるところと見せないところ、その絶妙なバランスを鑑みながらパッケージングしていく。その編集力と技術こそ、このプロジェクトに必要なスキル。だからカスタムバイクビルダーがぴったりだなと。
編集部:カービルダーではなかったんですか?
佐藤:カービルダーというか、カスタムカーの場合は元のクルマの印象が強すぎるのかもしれませんね。これは私見ですが、バイクってカスタムした方が完成度が上がる気がするんです。逆にクルマは販売されている時点で完成度が高すぎるので、何も触らない方が良い。逆に触りすぎるとちょっと恥ずかしい(笑)。
中嶋:確かにクルマの場合だとカスタムしても形がガラッと変わる印象はそれほどないですからね。
佐藤:僕はバイクの道も通ってきたから、もちろん志朗さんのことは存じ上げていました。世界的に有名なカスタムバイクビルダーで、しかも4輪も詳しくて、家具も作られている。聞けば聞くほど、このプロジェクトは志朗さんにお願いするしかないんじゃないかと。そんな時、たまたまその話をした友人が「志朗さん、知人ですよ」って。すぐ紹介してもらって、このアトリエに押しかけたんです。
編集部:その時の夏生さんの印象はいかがでしたか?
中嶋:面白そうな人だな、と。内容うんぬんの前に、この人と何か一緒にものづくりができたら刺激になって楽しそうだなと思いましたね。
編集部:依頼内容的にはいかがでしたか?バイクではなく、クルマでしたが。
中嶋:クルマの仕事もちょくちょくやっていましたし、ちょうどクルマ用の工房も増築するところだったので、タイミングもよかった。内容的に、ゴールが決まっていなくて、企画から関われるのは魅力的だと思いましたね。
佐藤:オファーした時はテーマだけがあって、最終的なカタチ、予算、スケジュールと何も決まっていませんでしたからね。
中嶋:決まっていたのは車体(新型ディフェンダー)ぐらい。でも、夏生さんのやりたいことと、省いていいことが明確だったのでやりやすかったですね。車内で寝ない、料理もしない、仲間と美味しい珈琲が飲めて、スキーライフが充実すればいいと。あれもこれも便利にしたいとなると、じゃあハイエースの方がいいですよ、となりますから。
佐藤:あと、志朗さんとはクールだと思うことの感覚が似ていた。これはかなり大切な要素でしたね。ただ便利なものを作りたいわけではないし、ダサいものは創りたくない。何がダサくて、何がダサくないか、その感覚を共有できていたことはかなり大きかったと思いますし、なにより一緒につくっていくのが楽しかった。
ああでもない、こうでもない。
プロジェクトが進まない“豊かな”時間
編集部:では具体的なデザインはどう進めていったのですか?
佐藤:ここは正直、かなり時間がかかりました。やりたいことを具体化していく過程で、キャッチボールの時間はしっかりとりましたね。「いい木材使ってエスプレッソマシーン入れたら出来上がり」じゃつまらない!とか。何度も行っては戻っての繰り返しでなかなか前に進まない。あれは”豊かな”時間でしたね(笑)。これも「そうじゃない!」の総量というか、今までにないものを創る上で、いかに「NO」を共有するかが大切だったと思います。
編集部:その状況を打破するきっかけは何だったのですか?
佐藤:アイデアが煮詰まってきた時に、まず志朗さんに実際のクルマに乗ってもらうのが良いんじゃないかと思って、もともと伺っていた作業期間の前に入庫させてもらったんです。マイカーとして乗り回してください、って。そしたら何かアイデア浮かぶんじゃないかなと。
編集部:実際乗られて感じることはありましたか?
中嶋:そんなになかったかな(笑)。もちろん、いい車だし、普通に欲しいなと思ったけど、乗れば乗るほど、これ改造しなくてもいいんじゃない?って。それでとりあえずバラしてみたんです。何ができるか、どれくらいのスペースがあるかみてみようと思って。で、結果テンション下がったんですよ。
一同:爆笑
中嶋:狭っ!って。まず床下や壁の中にコンピューターとかコンプレッサーとかが色々ついていて床も下げられないし、高さもない。何か施すにしてもメンテナンスのたびに取り外せなきゃいけないとなると、どうシミュレーションしても不可能なんじゃないか、、、と。
佐藤:ちょうどその頃に「薪ストーブ」という案が思い浮かんだんです。
薪ストーブという機能を加えたことで
一気に進み出したデザイン
編集部:薪ストーブの案はどうやって出てきたのですか?
佐藤:志朗さんとキャッチボールをしていく中で、これだけ自由でクレイジーなプロジェクトなのに、このままだと普通だな、って気持ちがありました。普通というのはカスタムの内容ではなく、このクルマからもたらされる体験が普通になってしまう。雪山で美味しい珈琲が飲めて、それをより特別な体験にするのはなんだろう?と考えた時、極小の薪ストーブがあったら相当良いな、と。
中嶋:そうなると薪ストーブを中心にデザインできる。薪ストーブには排気口が必要だし、背面は遮熱になるので、置ける場所が限られてくる。椅子のレイアウトも必然的に決まって具体案に落としこむことができる。
佐藤:クルマのコア機能を決めることで、それまでバラバラだったパズルのピースが組み合わさって一気に進み出しましたね。志朗さんは単にかっこいいからこうしましょう!な人ではないので、機能がないとデザインしづらかったと思います。
中嶋:そうですね。僕は湧き出てくるインスピレーションをカタチにします、というタイプではないので。ある程度機能を限定してもらった方が考えやすいですし、その中でいかにブラッシュアップさせていくかに注力できる。
佐藤:あとはクルマから煙突が飛び出ているのは、行為としてはクールだけど、デザインとしてはどうなのだろう?かっこいいのか?かっこよくなるのか?その違和感を、どう処理してまとめあげるか。そこは志朗さんの腕に委ねました。
編集部:今回もほぼ全パーツをご自身で製造されたと伺いました。
中嶋:はい、買ってきたのは薪ストーブとスクリーンぐらいで、外に出したのは窓のスモーク貼りぐらいですね。それ以外の脱着式の煙突やハシゴ、ルーフラックや収納ボックスも全てオリジナルで作りました。
編集部:作れるものなんですね、、、。
中嶋:普段、バイクの場合だと外注はペイントとシート貼りぐらいで、タンクも自分でアルミを叩いて作りますし、マフラーもチタンパイプを炙って手で曲げながら作ります。中途半端なものを買ってくるよりも作ったほうが早いですし、今回は特にかなり精密なレイアウトの中で、雰囲気含めフィットする市販物を探す方が難しい。でも木工をここまでしっかりやったのは初めてですね。
バラさないと開けなかった
新しいものを創るジャーニーロード
編集部:いろんな点で難関だらけだったと思いますが、特に苦労した点はなんですか?
中嶋:今回、ディフェンダーはベース車としては難易度が高かったですね。内装をバラして分かったことなんですが、現代車なので警告灯類など外してしまうとエラーが起きてしまうものが多く、想像以上に悩まされました。空間作りにおいても、フラットな床や梁といった基準となる部分がない、基礎になるものがないので、何もない空間にまず基準を作るところから始めなければならない。現物合わせで精緻に作らないといけない。それが難しかった。背もたれの快適な角度や強度なども計算しつつ、それでいて全て取り外しもできるようにしないといけない。
編集部:今回のインテリアも全て取り外しできるんですか?
中嶋:はい、全てボルトオンで脱着可能です。床下のコンプレッサーが壊れても修理できるようにしないといけないので。脱着は結構大変で、これを先に外さないとこれは取れない、みたいに知恵の輪のような構造になっていて、順番を間違えると外せません。
編集部:すごいですね。ちなみに製作にはどれくらい時間がかかったんですか?
佐藤:もともとクルマが納車されたのが2021年の5月で、作業できるのは8月以降って話でした。でもなんだかんだアイデアがまとまったのが9月とか10月。
中嶋:実際に作業し始めた頃には、もう寒くなってましたね。
佐藤:その年のウィンターシーズンには間に合わせましょう、とか言ってましたよね(笑)。
中嶋:そんなこと言ってましたね(笑)。
佐藤:もちろん、そんなの間に合うはずもなく。今年2022年の5月に一旦試乗できるレベルになって、そして7月に完成。着想も入れると2年近くになりますね。
編集部:実際に出来上がって、率直にどんな気持ちですか?
佐藤:これまでにないものを創れた手応えはあります。創ったものはクルマだけど、実際はクルマの新しい楽しみ方というか、次のラグジュアリーカーというか、人生をより豊かにしてくれるクルマ。とにかく志朗さんと創る過程がとても有意義でした。妄想をカタチにしていく作業は、大変でしたが充実していました。
中嶋:とりあえず今できる最良のものは創れたと思っています。バイクの場合だとお客さんよりも自分の方が経験豊富な場合がほとんどなので、ある程度の”正解”が見えているんですが、今回はいまだ未知数なことが多くて。これから夏生さんが実際に使ってみて見えてくる新たな課題も出てくると思います。
佐藤:完成前に試乗させてもらって、その時に感じた細かなことをフィードバックさせてもらいましたよね。煙突の収納の仕方とか、留め具の不具合とか。振動による音とか、水の侵入とか。
中嶋:そうですね。それを聞いたことで、よりブラッシュアップできたと思います。
次のラグジュアリーカー
ライフスタイルを拡張してくれるクルマ
佐藤:最後の最後にオーダーしたのがスクリーン。スキーした後に薪ストーブにあたりながら珈琲淹れて、その隣で子供が任天堂Switchをやるって相当面白いなって。大自然の中、大画面でマリオカート!ライフスタイルを拡張してくれるクルマ、その可能性ってまだまだこんなに残っているんだって思います。
編集部:クルマの価値は移動だけじゃないってことですね。
佐藤:同じスキーでも、このクルマで行くのと、いわゆるラグジュアリーなホテルに泊まるのと、豊かさの質が違う。もちろん何を望むかは人それぞれですが。次のラグジュアリーの次って、言い換えれば、ないものを創るってこと。さっき志朗さんが言っていた、基準がないところに基準を作っていくといったことの連続ですよね。
編集部:答えのないものを探すって体力がいるということですね。
佐藤:快適に過ごしたかったら家が一番だし、美味しい珈琲が飲みたかったらプロのバリスタがいるカフェに行けばいい。よく”富士山で食べるカップラーメンが一番美味い”って言うじゃないですか。そんな”富士山で食べるカップラーメン”を超える体験を、このクルマで実現、実証したかった。そもそもめちゃくちゃいい雪質でスキーができれば、それだけでTHE DAY。そこにクルマがどう絡めるか。それがこのプロジェクトの核ですね。
佐藤氏と中嶋氏による今回のプロジェクトはまだ始まったばかりだ。クルマそのものの性能を高めるだけでなく、それがどう、人々のライフをより充実したものにしてくれるのか。その視点こそが、これからの自動車業界には不可欠であり、その答えは一足飛びに出てくるものではなく、しっかりと時間をかけて、パーソナルな想いをカタチにしていく覚悟と熱量が必要なのだ。
佐藤夏生(写真:右)
1973年東京都生まれ。博報堂のエグゼクティブクリエイティブディレクターを経て、2017年、ブランドエンジニアリングスタジオEVERY DAY IS THE DAYを立ち上げる。企業の商品開発や事業戦略、都市デザイン等、クリエイティブワークを拡張してる。2018年から渋谷区のフューチャーデザイナーも務める。
中嶋志朗(写真:左)
「46Works/ヨンロク・ワークス」代表。カフェスタイルを纏ったBMWのカスタムマシンを世界中に広めたことでも知られる。現在は山梨県八ヶ岳にあるアトリエにてカスタムバイク製作やクラシックカーのパーツ製作、またオリジナル・ファニチャー製作なども手掛ける。工学部出身で、さらにクラシックレースやツインレース等に競技者として多数参戦経験があり、理論と実践からなる車両製作を得意としている。