【008】クルマを売る職業に未来はない? 渡辺敏史
「今、販売店も人がいないってよく言われるんですが、あれは不足じゃなくて流出なんですよ。本当に人離れが止まらない」。
先日、とある会合にお手伝いとして参加していた際のこと。ある販社の店長さんがこぼした挿話が強く印象に残っている。
これは主に首都圏の話だからして、もちろん地域による差はあるだろう。が、どの業界でも人手不足が叫ばれる中、閉店後も回送や洗車などの顧客対応に朝晩夏冬関係なしに追われる自動車販売の現場が、それとは別ということは考えにくい。つまりより良い待遇や職場環境を求めての流出ではないかと考えるも、店長の意見は微妙に異なっていた。
「特に若い販売員に顕著ですが、クルマを売るという職業に未来がないと思ってるんです。今はまだ旧来のやり方でうまくいってお金がもらえていても、将来的にはお客さんとクルマとの関係が変わっていくことは充分考えられます。となると、現在の販売を通じたお客さんとの関わり方も当然変わるわけです。だったら未来の見える職場にいた方が、務める側も安心感がありますよね」。
かつては車種ではなく、人で買うとまでいわれた顧客とセールスマンとの関係は、これまでの自動車販売においてのかけがえのない資産だった。しかし現在飛び交うCASEだのMaaSだのというキーワードを紐解けば、売りのプロとして伸びていく余地は狭まる一方ではないか。人生を賭してまでやる仕事ではないという警戒心を自動車販売の現場に抱かせるに、変革期にまつわって溢れる情報の数々は充分なものだろう。
それらを綺麗にフィルタリングする一助になれればというのは、僕がこの媒体に携わらせてもらう上でのひとつの目標だ。が、とはいえこの先、クルマを売るという仕事が今までどおりで安泰であるわけがないという心配はその通りだと思う。
止めたくても止められない、ユーザーが望まずとも進んでいく変革のタクト。その中で販売の現場が出来ることは何なのか。その店長は、カスタマーとセールスの関係は崩壊することはないと考えていた。但し、売るものは「もの」ではなく「こと」。言い換えればCSよりもCX。カスタマーエクスペリエンスの方が絶対に重要だという。
後出しになってしまったが、その店長が仕切るのは商品最低価格も顧客単価も軽く四桁万円というハイブランドの店舗だ。この手の銘柄はマイナーチェンジや追加モデル、果ては社長の来日と、あらゆる機会をダシに顧客をイベントに誘い出し、密な関係を築くことに注力している。車両搬入ができる高級ホテルのボールルームの常連ぶりは相当なものだろう。もちろん常連なのは高級ホテルだけではなくサーキットの貸切枠もそうだし、なんとあらば個人では企てることも大変な海外のネイチャーアドベンチャーやオペラシアター巡りでさえ、ブランドのイベントチームがお膳立てしたパッケージを購入することが出来る。その上で、ブランドとしてのメッセージは押し付けがましくなく、たとえばコンサートホールとホテルとの送迎に自分のところのクルマに座ってもらえさえすればいいというスタンスだ。体験を通じて得た信任は何よりも濃いということを知っているからこそ、彼らはそこに注力して顧客との親密で強固な関係を築こうとする。
そんなお高い話を聞いても参考にならないし、コンサートなんて本業とは全然関係ない。確かにそういう指摘もあるだろう。でも、そう片付けてしまうのはもったいないと僕は思う。
顧客単価を問わず、カスタマーとディーラーとを体験で結ぶ最たるところとしてみるべきなのはADAS(先進運転支援システム)絡みの試乗だろう。たとえばスバルはアイサイトの認知普及に際して、年間10万人規模のタッチポイントを用意しているという。もちろんその多くは本社主導で休日の各種イベントに依っているかもしれないが、約500というスバルの国内販売店舗数に対しての数を思えば、各店200人の見込み客がスバルの店舗に少なからぬ興味を抱くことになる。完成検査絡みでブランドイメージがどん底に陥りそうなところを寸手で支えているのは、スバルの安全への姿勢を体験によってユーザーが共有できているところも大きいのかもしれない。
これはある程度メーカーがお膳立てしたカスタマーとの体験ということになるだろうが、体験の種は些細なところにも転がっている。たとえば車内掃除にまつわるカスタマーの熱が上がっていることを鑑みれば、どこまで埃を落とせるかを競技的に体験させるという話もあるかもしれないし、暑い夏休み時を狙って親子でプロの洗車を学ぶ講習を行うこともあるだろう。販売店単位では難しいが、先日、日産が本社ショールームで行った車中泊体験会などはひとつのヒントになりそうだ。地域ごとのテーマという点では地元を知ろうということで、旬のスポットをスタンプラリーなどで周りつつ土日のいずれか1日で家族とクルマとのコミュニケーションを手軽に実感できるという催しも考えられる。ドライブレコーダー装着の悩みやADASの操作理解など、クルマ回りでカスタマーが気にしているだろうフックはまだまだ幾らでもあるし、何より重要なのは、その声を集める最前線にいるセールスマンたちの更なる流出が危惧されているということだろう。今、販売を大事に出来ないメーカーこそ、今後の新興勢力にコスパ勝負であっさり飲み込まれてしまうかもしれないと思ったりもする。
渡辺敏史 Toshifumi Watanabe
1967年福岡生まれ。専修大学経営学部卒。企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)にて二輪・四輪雑誌の編集に携わった後、フリーの自動車ライターとして独立。現在は専門誌及びウェブサイト、一般誌等に自動車の記事を寄稿している。近著に、2005年から2013年まで週刊文春にて掲載された連載をまとめた「カーなべ」(上下巻)がある。