【010】メンバー対談「タイムレスカーに乗ろう」
「いいクルマってなんだろう?」その問いはモータージャーナリストたちが、いつの時代も常に内ポケットに潜めている永遠のテーマです。いいクルマはきっと、モノとして成熟されていると同時に、時代の背景や人々の価値観によって変化していくものなのかもしれません。今回は、日常的に数多くのクルマを吟味しているINSPIRATIONS/MOBILITYのメンバーに、自身が愛乗しているクルマと一緒に集まってもらいました。佐藤夏生さんはメルセデスのGクラス、岡崎五朗さんはメルセデスのW124、島下泰久さんはフォルクスワーゲンのゴルフ2、そして渡辺敏史さんのマツダRX-7(FD)、は本日お休み!(渡辺さん本人はもちろん参加しますが)。なぜ今、このクルマに乗っているのか?時代を越えて磨かれるクルマの価値とは?思う存分語ってもらいました。
クルマはこの20〜30年間、根本的には進化していない?
佐藤夏生(以下:佐藤):僕がクルマ選びで大事にしているのは、10年後も乗っていたいと思えるかどうか、ということです。実際に乗っているかいないかは別として、モデルチェンジしてカッコ悪くなるクルマには乗りたくないなあ、と。モデルチェンジしてもキャラクターが変わらないことが大事。というかそういう姿勢で作られているクルマが好きです。
渡辺敏史(以下:渡辺):最近の若年層で、Gクラスとかレンジとかに憧れている人たちは、クルマそのもののキャラクターを言っていて、それがメルセデスベンツだから、とかブランドはあまり関係ないんですよね。
佐藤:ゴルフ2とボルボ240とGクラスとディスカバリーとランクルと、どれにしようかなあ、って。
島下泰久(以下:島下):その辺は同じカテゴリーとして見られてますよね。
岡崎五朗(以下:五朗):国産と輸入車ですら混在してる。
佐藤:出会い方次第で年式やブランド、それどころかパッケージングすらまたぐ。ミニと240で迷ったり。
渡辺:今日集まったこの3台で共通して言えることは、工業製品としての自動車がひとつの水準に達した時代の象徴的なクルマだということ。クルマの歴史を振り返れば70年代以前はクルマ作りが目まぐるしく変わっていった時代。デザインなんて特にわかりやすく未来に突き進んでいきました。それが一定の水準に達した80〜90年代。そこからクルマ作りの基盤は大きく変わっていない。オートメーション化も一通り確立されましたから。逆に言えば、人々はこの水準以上の未来をクルマに求めていないのかもしれない。
五朗:完全自動運転とか、空飛びますぐらいの進化がないと、そこは変わらないってことだよね。
島下:純粋に実用車を追求して作ったらゴルフ2ができました、とか、純粋にオフロードを作ってみたらGクラスになりました、とか、ピュアにものづくりを突き詰めていった結果、生まれた産物だってことですよね。それ以降のものは、それをベースとしてもう少し快適にしましたとか、未来っぽくしましたとか、アレンジを加えていったに過ぎない。
佐藤:スニーカーでいえばスタン・スミスだったり、あとは今日五朗さんも履いているレッドウィングだったり、リーバイス501だったり。いわゆるマスターピースというものですよね。
島下:501はどんな最新デニムが出てきても、いつだって胸張って履けますからね。
五朗:あの頃、いいクルマというのは、ユーザーが実感できる速度で進化していった。でもこれ以降は、進化の方向が安全性とか燃費とか、公害をなくそうとか、交通事故をなくそうとか、そっちの方に向かっていって、結果的にそれがメインになっちゃった。肝心のJOYの部分はアップデートされてこなかった。
佐藤:機能価値が見えないところにいったってことですよね。進化の過程において、それはある意味正常とも言えますけど、モノとしてのクルマはこの時代にある程度成熟しきったと。
愛着の対象はモノからコトに?
島下:一方で、静かになった、広くなった、安全になったという進化は、それはそれですごく価値があったと思いますよ。だって昔は軽自動車に乗ると、いろんなものがペラペラで、怖い!という印象でした。でも今の軽自動車は高速でも悠々100km出ますよね。当時ゴルフ2とメルセデス124系では、そこに明らかな差があった。ゴルフ2は実用車としては真っ当だけど、やっぱりうるさいし、遅いっちゃあ遅い。同じ年代の124系に乗ると走りも滑らかだし、乗り心地も格段に良い。排気量の大きい高価なクルマを買うと、わかりやすく幸せになったんです。でも今はどれもこれも、軽自動車ですら、まあまあ満足できる。どれもスピード出るし、どれも快適じゃん、って。
佐藤:それでもこのゴルフ2に乗ってるのはなぜなんですか?どんな出会いだったんですか?
島下:このゴルフ2は去年の9月に買いました。相模原にあるゴルフ専門店の店主から連絡をもらって。品川57の10万キロワンオーナー、しかもそのオーナーはこのクルマで初めて運転を始め、手放すと同時に運転からも退いた、という逸話付き。品川57がもったいないから、しばらくウチの名義にしておいていいけど、せっかくだし雑誌の企画にして直して売ろうよ、ということになったんです。でも、直したら愛着湧いちゃって。
五朗:どこ直したの?
島下:外装は結構触りましたよ。でも室内はすごく綺麗で、新車かな?と思うぐらい。価格は198万円でしたが、少し安くしてもらって。
五朗:ゴルフ2って今それぐらいするの?
島下:この前、1万2千キロ、マニュアルのCLが248万円というのもありましたね。
五朗:ということはコレクターズアイテムになってるってこと?
島下:そういうのもある、という感じです。探せば2〜30万円のものもあります。
佐藤:やはり愛着ですよね。愛着の受け皿になれるクルマ、ないしはモノって今、確実に減っていますよね。例えばカメラも。僕らフィルム世代はカメラって一生持つものだと信じていたじゃないですか。でも今のデジカメは3〜4年使ったら買い換えるのが当たり前。カメラは一生持つもの、なんて思っている若者は一人もいない。というか、写真だって無形のデータになりましたし。僕らは写真ってカメラとフィルムと出力したものをさしてましたけど、今、写真は形のないデータなので、モノとして愛着の持ちようがない。
五朗:時計とかもそうですよね。
佐藤:まさにそうですね。アップルウォッチ本体を一生使うだろうなんて誰も思っていないですよね。モノとしての消費ではなく、機能としての消費というか、機能が自分の生活をアップデートしてくれることに価値を感じている。そういう意味では、今日ここにある3台は、機能というよりもモノとして愛着のあるクルマということですね。
デジタルとアナログのバランス
ファストな生活にひとかけらのスローを
渡辺:世の中が全般的にデジタル疲れをしている中で、一部の若い子達がアナログなものに興味を持ち始めていると聞きます。そのスイッチはなんなんだろう?
島下:経済的な問題もあるんじゃないですか。バンバン新しいものを買って、どんどんアップデートすのは、お金がかかりますからね。今は昔みたいに頑張って働いたらお金持ちになれるって時代じゃない。EVが1000万円?それは無理です。でもゴルフ2が60万だったら、これでいいや!という具合に。
佐藤:そこに一つの若者の価値観がある気がしますね。
五朗:ヤングクラシックブームという捉え方もあるけど、旧いクルマに限らず、たとえば新型ジムニーあたりもそのポジションに近いかもしれないね。
島下:金出して高価なものを買うってことじゃなくて、安くてもスタイルあるものあるじゃん!と。
五朗:そうそう。高くて新しいものだけが良いものという訳ではない。で、そういうことをずっとやり続けているのは英国ブランドなのかもしれない。彼らには、古いモノを代々受け継いでいく文化が根付いてるじゃないですか。新築より築300年ものの方が価値があるとか、ハリーウィンストンで買った新品のエンゲージリングより、祖母、母と受け継がれてきた指輪に価値があるとか。クルマも同じで、ジャガーなんて新作が出るたびに「前の方が良かった」って言われる(笑)。でも時間が経つとそれはそれで良くなっていく。タイムレスな文化ってそういうものなのかもしれないね。
島下:まさに僕のゴルフも前のオーナーのことを聞いて、このクルマに10年乗って、それでクルマ人生を終えた人ってどんな人だったんだろう?とか考えちゃいますし、そこに何かロマン的なものを感じる。そのゴルフ専門店の店主も言うんですよ、30万キロ走ったゴルフは違う味があるんですよ、って。
五朗:逆に世の中にインスタントなものが増えすぎたんだよね。インスタントそのものを否定するわけではないけど、手間暇かけて丁寧につくったモノとか、つくる課程とか行為とか、そういうものに対するリスペクトが薄れつつあるんじゃないかなぁ。
佐藤:海外だとファストとスローと表現されてますよね。
島下:でも現代の生活において全部をスローにするわけにはいかない。都市生活では特に。スマホやコンビニがないと生活が回らない。だからこそクルマぐらいはスロー的な感覚を持ちたい、という価値観はある気がします。
佐藤:生活全般がどんどんファストになって、その流れを否定するわけではないけど、どこかスローでありたい、人間的なJOYを持っていたい、と。
五朗:やっぱりお米はレンジでチンじゃなくて、土鍋で炊きたいよね、と。
島下:でもそれを毎日は無理だから、週末だけでもやろうよ、と。クルマが毎日の必需品という人にはお勧めできないかもしれないけど、そもそも週末しか乗らないって人だったら、ゴルフ2に乗って、渋滞すら楽しむ、という価値観はありですよね。
マスになればなるほど
無個性化するのはクルマだけじゃない
五朗:日常的に新車の試乗とかしてるけど、その後W124に乗ると、機械はそんなに進化していないんだなあと実感する。むしろシートなんて退化してんじゃないの?とすら思う。
渡辺:クルマは昔、高級品でしたからね。でもそれをもっと安く、軽く、効率よく作るという技術が進化して、そのおかげで普通のものになった。
五朗:普通のものとして作ると、なめらかな足回りとか、まろやかな乗り心地とかは二の次になっちゃう。正直、W124に乗った感じの豊かさは現行のCクラスより上だと思う。
佐藤:ビールも同じですよね。マスブランドは磨かれすぎて味の角が取れて丸く、無個性化している。逆にクラフトビールはゴツゴツしていて個性がある。一般的に、洗練させていくと無個性化する。それは悪いことではなくて、どれも素晴らしく磨かれた真円のような味なんです。クルマも同じ。世界中で磨かれて、国産も外車もどんどん画一化していった。この3台が出てきた時代はまだメーカー同士の個性の距離間が開いていましたよね。
五朗:BMWもアウディもメルセデスもボルボもみんな違った。
島下:ゴルフとベンツには明らかに差があった。
渡辺:その差がピークだった80年代から今に至るまで、何があったのかを一言で言ってしまえば、「合理化」ですよね。それによって、先ほどのビールの話同様、真円度は高まったが、その分モデルごとの個性は薄くならざるを得なかった。
五朗:そしてその外観の薄皮一枚だけで個性を与えようとした。それは今でも同じ。W124は街中で走っているとすごくゆったりしているんだけど、速度を上げていくとピタッとフラットになる。なんで今のクルマにはこれができないんだろう?って。
渡辺:それが124系の不思議なところですよね。
五朗:最近は電子制御式アクティブサスペンションみたいなハイテクで補おうとしているんだけど、昔は機械モノだけでできてたのにって思うよね。そういう昔ながらの味わいをエンジニアたちは受け継いでるのかな?
渡辺:今のメルセデスでも高速で少し跳ねたりした後のピタッとおさまりいいじゃないですか。そう言うところはさすがだなあと思うけど、もうその領域はエンジニアリングというよりもチューニングとかキャリブレーションとかなのかもしれません。昔は小細工効かなかったので、設計図でバシッと出すしかなかった。
五朗:職人がいなくなり、昔はできた工芸技術が再現できなくなったとか、そういう話に近いのかもね。
渡辺:そもそも昔はクルマを作る・売るのサイクルが今ほどショートタームではなかったらか、設計に時間をかけられたのかもしれないですね。自動車メーカもそれなりのタクトでしっかり開発し、きっちりと仕上げていた印象があります。
佐藤:10年乗って欲しいと思いながら作るクルマと、4年で買い換えてねって作るクルマ。乗る方も10年乗ろうと思って選ぶ人と、新しいのが出たら乗り換えようと思っている人。クルマと人の関係性はそれぞれってことですね。
ずばり、今新車で買って
10年乗りたいクルマは?
五朗:今の新車で10年乗りたいと思えるクルマって何かありますか?
渡辺:難しい質問ですね。でもデザインとかコンセプトとかは一度、昔に立ち返ってみるという手はあるんじゃないかな。
五朗:デザイン面で言えば、例えば昔はピラーとかもっと細かったじゃない。でも衝突安全を重視することで、ピラーがどんどん太くなっていった。そろそろ、最新の技術で細いピラーを復活させたらデザインや視界感覚面でブレークスルーが起こるかもしれないとか、そういうアプローチがあってもいいよね。
佐藤:目に見えないリスクを減らすためのものづくりから、一旦解放されるというのは夢がありますね。難しいとは思いますが。
島下:でもじゃあそれで何台売れんの?って数字は出せないですからね。
佐藤:他に何かありますか?
五朗:最新のジムニーとか?あれは10年後も売ってるだろうね。
佐藤:なるほど。納得です。あれは当確ですね。
五朗:あとはランクル・プラドとか。
渡辺:最近乗っていてクラシック感が出てきたなあと思うのはフィアット500。無駄なものがないので、飽きもこない。
五朗:あれ、発売からもうどれくらいになる?
渡辺:もう10年です。
島下:あれはあと10年作り続けて欲しいクルマですよね。
五朗:昨今の動向はさておき、ミニとかどう?
岡崎心太朗(以下:心太朗):ミニとかは見た目がわかりやすいので、クルマに興味ない人が見ても可愛いとか、オシャレってなるので、若者的には人気ですね。今、若者が求めているのはわかりやすさなのかな、と。一目で見てわかるものが流行る時代というか、みんなあまり深く考えなくなってる気がします。
渡辺:考えてる暇がないってことだよね。
心太朗:SNSとかもそうなんですが、ものすごい量の情報が流れてくるので、わざわざひとつひとつ、立ち止まって深く考えることはしなくなってますね。そのクルマができた背景とかそういうものを調べるよりも、一目で理解されるものの方がいいのかなあ、と。
五朗:中国でミニが苦戦しているらしいんだけど、それは昔のミニを知っている人が少ないから。
島下:ビートルも同じですよね。
五朗:ミニは過去のミニのストーリーこそが最大のブランド力なんだけどね。でも今、メーカーは全く逆の方向に行ってる気がするけど。
佐藤:ミニの4ドアなんて、まさにその典型ですよね。
五朗:企業として経済的な利益を優先することは重要だけど、一方でブランドとして大切なものも忘れてはいけない、ってことだよね。
佐藤:経済の価値は強いですからね。経済に負けてしまう企業も経済でしか動かない人間も、気持ちはわかるけど、そこに負けない価値観を持っていること、お金で買えない価値とちゃんと付き合えているかが重要ですよね。
タイムレスカーを定義するヒントは
未来にしかない
佐藤:マーケティングの仕事をしていると、常に新しいものを売ることを手伝うことになるんですが、最近のクールな感覚とは、新しいものを持つこと以上に、同じものを長く使うとか修理にお金をかけることなんじゃないかと思うんです。
だから最近はこうするともっと売れますよ、よりも、こうすればもっとユーザーと長く繋がっていけますよ、という提案をするようにしています。学生時代の同級生が学生当時、お金がなくてアルファロメオのアルフェッタを買ったんです。で、未だにアルフェッタ乗ってるんです。20数年同じ車に乗り続けるって、相当かっこいいなあ、と。それは古いクルマがかっこいいってことじゃなくて、普通じゃできないスタイルがそこにありますよね。
島下:タイムレスカーとはなんぞやって話ですが、10年愛して乗れば、それはそういうクルマになるのかもしれませんね。
五朗:このクルマがタイムレスカーですよ、ということではなく、自分がどうやってクルマと付き合っていくか、とか心持ちの概念というか。
佐藤:ひねくれすぎてるのかもしれないですが、240がタイムレスカーぽいから買いました、というよりも、アルシオーネを買って一生懸命直しながら乗っている若者の方がかっこいいですよね。タイムレスに愛情を注げるクルマと、その人とクルマの関係。
島下:タイムレスなんていう概念もなくてよくて、いいなあと思ったクルマがたまたまそういう時代を経てきたものだった。
佐藤:そう思って乗っている人が多い車種がタイムレスカー、ということなのかもしれない。
五朗:そうですね。
島下:ゴルフ2を大事に乗ってる大人は、別に最新のクルマを買うお金がないからそれに乗っているんじゃなくて、これが好きで乗ってるんだ、と。
佐藤:これからクルマ産業が大切にしなくてはいけないのは、クルマそのものがモノとしてどれだけ新しくて機能的か、ということではなく、人とクルマの関係性や絆、愛着が結果的に可視化されたクルマがいいクルマなんだという視点。国の基幹産業として新車をバンバン売ることで国力を上げてきたという歴史は肯定しつつ、いつの時代も人の生活の隣にそっと寄り添う素敵さを忘れてはならないということですかね。
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