【001】これからモータージャーナリストができること 岡崎五朗
この仕事(モータージャーナリスト)を始めて30年。最初の10年はひたすら試乗記を書く毎日だった。乗ったクルマの印象を言葉に変換して読者に伝える・・・ただそのことだけに集中していた。もちろん、それはそれで楽しい作業だったし、いまでも試乗記の執筆は仕事の多くを占めている。さらに言うなら、「クルマは乗らなきゃわからない」は今も昔も変わらぬ基本原則である。乗らずに書くという行為は、料理を見ただけで書いたグルメレポートや、ワインを飲まないソムリエと同じぐらい無価値のもの。たとえ完全自動運転のクルマが登場したとしても、人が感性なるものを持ち続けるかぎり、「乗って移動する」という実体験を通して感じることの重要性が失われることはないと信じている。
しかしその一方で、乗って書くだけでいいのだろうか?という気持ちが年々高まってきたことも否定できない。この感覚は、クルマに限らず、評論を生業にしている人なら誰もがもっているのではないか。評論の限界、あるいは傍観者でいることへの焦り、と言ってもいいだろう。毎年約200台のクルマに試乗し、年間数十日間の海外取材をこなし、世界中のエンジニアや商品企画のスペシャリストとディスカッションし、最新の技術トレンドをかき集め、ときにはモータースポーツに参加し、古いクルマにもアンテナを張る。そうやって得た知識をユーザーのクルマ選びに役立つかたちでアウトプットする仕事に誇りをもちつつも、ときおりネジ一本マトモに設計できないことに無力感を覚える自分がいる。そこから沸き上がるのは、参加願望に他ならない。作り手、売り手と一緒になってよりよいクルマ、よりよいクルマ社会、よりよいクルマ生活を作り上げていきたい。せめてそのお手伝いをさせてもらえたら。そんな想いが日増しに強くなってきている。
自動車業界は百年に一度の大変革を迎えつつある。今後、5年、10年でCASE (Connected、Autonomous、Shared、Electric)に関連するあらゆる技術やアイディアが登場するだろう。そのなかにはわれわれのモビリティを劇的に改善してくれる可能性を秘めた素晴らしいものもあるに違いない。しかしその一方で管理交通に繋がるような、行政にとっては好都合だがユーザーのためにはならないような代物も出てくるはずだ。そこで重要になるのは、ユーザー視点で物事を読み解き、判断する存在ではないだろうか。ユーザーにいちばん近い場所から、いやユーザーの一員として、ユーザーが何を求めているのかを読み解き、同時に新しい技術やアイディアをどう受け入れていくべきか、あるいは忌避すべきかを表明する。そんな存在が求められているとするなら、モノやサービスをマーケットに問う前の段階にも、われわれの知識や経験が活かせるチャンスがあるのではないか。来る日も来る日もクルマのことを考え続けているわれわれの経験や知識を、少しでもクルマ作りやクルマ関連サービスの立ち上げに役立ててもらえたらこんなに有り難いことはない、と思うのだ。
INSPIRATIONS / MOBILITYを立ち上げるにあたって目指したのはそこだ。ときに上空2000kmからの俯瞰で全体を捉え、ときに1㎝まで迫ったディテールを観察することにより、ますます複雑化し正解の見えにくくなった今後の自動車ビジネスを読み解く。もしそこにひと欠片でもヒントになりそうなことを見つけていただけたら嬉しいし、もっと詳しいことが知りたいと思っていただけたらお声がけ下さい。どこにでも行きます。そこからスタートして、一緒にクルマの未来を考えていきたいのです。
岡崎五朗 Goro Okazaki
1966年東京生まれ。青山学院大学理工学部在学中から執筆活動を始め、卒業と同時にフリーランスのモータージャーナリストとして独立。著書に「enjoyユーノスロードスター」、「パリダカパジェロ開発記~鉄の駱駝から砂漠のスポーツカーへ」などがある。2008年からテレビ神奈川「クルマでいこう!」のメインキャスターを務める。