【012】 good for you. 松浦弥太郎
みなさん、こんにちは。いつしか車のことをモビリティと呼ぶようになって、そういう割にはそれをうまく表す日本語の言葉がないから、一緒に探しましょうと言われて、ここにいる車好きの松浦弥太郎です。
good for you.というのは「よかったね」とか「やったね」という意味ですけど、僕なりの車のプレイをいくつか書き出したら止まらなくて、今日はそういう車とはなにかという自分なりの楽しみ方をいくつか書いてみます。
最初のgood for you.は、「美しく走る」ということ。これはですね、ある種、老人の境地ですが、速いとか、トルクがあるとか、そういうスペックに対するアンチテーゼで、いかに街中を美しく走るかというプレイです。車線変更、ウインカーのタイミング、ブレーキ、曲がり方、加速のしかた、信号の待ち方など。僕はランニングもしているのですが、ある時、キロ5分とか考えるのが嫌になってしまいました。なぜかというと、ひとつも楽しくないし、ぜいぜいしながら必死になって走るのがかっこわるいと思ったのです。ガラスやミラーに映った自分がとにかくダサかった。なので、それからはタイムではなく、いかに美しく走るのかを研究して、フォーム、音、呼吸など、それを意識したら、ランニングが実に楽しくなったんです。暮らしにおいての行動は何事もそうで、そのひとつひとつの行動が美しいかどうか。これはなかなか深いです。いちいち慇懃なのも変だし、それで発見したのが、リラックスしておだやかというのがいちばん美しいってことなんです。平和に走るっていうのかな。そういう考え方で車を運転すると、運転がこんなすばらしく楽しいかって思うんですよ。何に乗っているかではなく、どう運転するかってことで、すれ違っただけで人を振りむかせるっていう、まさに見返り美人というか。
そして、もうひとつ。「キネティック」という価値観です。何を言いたいかというと、 車は20世紀の最大の発明ですが、今や車は消費から切り離されていて、移動のために不可欠なものではなくなっています。でも、動くもの。そのものが単なるものではなく、アートとしての開花というか、キネティックアートとしての価値が発見されています。海外オークションでは5億10億の車もざらです。これはもはや車はアートであるというひとつの事実。なので、車とはモビリティもいいけれどアートでもある。たとえば、キャブレターエンジンのエキゾチックな魅力はもはやアート。アートと思える車を選ぶ。乗る。僕も車はアートだと思って楽しんでいますし、アートと思える美しい車を選んでいます。ここには車の作り手の方もいらっしゃると思うので明言しますが、これからはアートなクルマを作っていただきたい。車は買った途端に価値が下がるとも言われますが、そうではなく所有すればするほど価値が上がっていく車を作ってほしい。そうすれば車はもっと売れると思います。僕の友人は現代美術家がペイントした車をオークションで落札して普段乗ってますが、時間が経つほどに価値が上がっていて、しかもそれで買い物にも行けるって最高にしあわせですね。アートのすばらしさは人を元気にしてくれる。魂をゆさぶってくれる。想像力を沸き立たせてくれる。お前は生きているのかと問いかけてくれる。車はキネティックアート。動く美術品。アートバーゼルのように、今ではグランドバーゼルがありますし、車をアートだという時代はすでに来てますね。
あとは、車は「友だち」になれるということ。ある人は車は恋人とも言いましたが、孤独というのは生きる条件であるとドイツの詩人リルケが言うとおり、人は誰もが孤独であるけれど、車を運転していて最高の喜びというのは、車と自分が一体化することなんですね。昔、年上の知人がポルシェを運転するために、毎日腕立て伏せと腹筋を鍛えているって言っていて、なんてキザなんだろうと思ったけれど、それはポルシェという恋人に好かれたいがために、「あんたみたいなひ弱に私を操るなんて十年早い」と言われないように身体を鍛えるっていう。すてきなことですよね。身体を鍛えて、ドレスアップして、デートに行くんだって健気でいいですよ。それも僕にとってのgood for you.なんです。
松浦弥太郎
エッセイスト/「くらしのきほん」主宰。2005年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年7月にウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。2017年、(株)おいしい健康・共同CEOに就任。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。