【005】202X年、ゴルフは無くなる?EV化に邁進するVW 島下泰久
フォルクスワーゲンの主力はゴルフからID.へと移行していく。新型ゴルフの近い将来の登場が囁かれているところだが、彼らの視線はもはやその次の時代の主力車種の方へと向いているのかもしれない……。
将来の電動化に対して目下、もっとも急進的なブランドと言っていいフォルクスワーゲンはジュネーヴ モーターショーでEVのコンセプトカー「ID.BUGGY」を発表した。古くからのファンにとっては一目瞭然、これはかつてビートルをベースに生み出されたデューンバギーを、フォルクスワーゲンのEV用プラットフォームであるMEBを用いて、EVとして蘇らせたものだ。
もっとも、これが市販される可能性はおそらく高くはないだろう。彼らには、その前に世に出すべきモデルがいくつも控えている。VWブランドでは従来は単に「ID.」と呼ばれていた「ID.NEO」に始まり「ID.BUZZ」、「ID.VIZZION」が、すでにスケジュールに入っているし、VWグループとしてはすでにアウディ「e-tron」が発売中。ポルシェ「Taycan」は秒読みに入り、セアトやシュコダといったブランドからも、すでにいくつかのEVのリリースが予定されているのである。
ジュネーヴショー閉幕後、フォルクスワーゲン グループは今後10年間で発売する新型EVの計画を、従来の50車種から70車種にまで増やし、その生産台数をやはり従来計画されていた1500万台から2200万台へと拡大すると発表した。単純計算しても、年間200万台以上。もちろん販売台数は尻上がりに伸びていくという想定で、5年後の2023年辺りには、年間セールスのうち400万台前後をEVにするという話だから、物凄いスケール感で物事が進んでいるのだ。
話をグループではなくブランドとしてのフォルクスワーゲンに戻すと、彼ら主導で開発が進められているMEBは、既報の通り1モーターの場合は後輪を駆動するレイアウトを採用する。つまり現在、主力のゴルフをはじめとする、MQBを用いた数多くの内燃エンジンを搭載したフォルクワーゲンとは、シャシーも含めてまったく異なるものになる。
ジュネーブ モーターショーの会場で話を聞いたフォルクスワーゲン ブランド技術開発担当役員のフランク・ヴェルシュ博士(Dr.Frank Welsch)は「e-ゴルフを開発して、EVと内燃エンジン車はプラットフォームを共有しない方がいいという教訓を得ました。コストを考えても結局は別にした方が有利なんです」と言っていた。実際のところ、今年中盤にも発表される予定の新型ゴルフ(ゴルフⅧ)が使う予定のMQBの進化版とは、まさにその進化の肝となる電子制御系などは共用されるものの、それ以外はまったくの別物になるという。
他メーカーを見ると、ジュネーヴ モーターショーにホンダeプロトタイプを出品したホンダも、やはりEV専用プラットフォームを使っている。理由は同様で、やはりコスト面で有利だからだという。
次期型マカンを全車EVにするという衝撃的な発表を行なったポルシェも、これにPPE(プレミアム・プラットフォーム・エレクトリック)と呼ばれる、その名の通りのEV専用のプラットフォームを用いる。継続生産となるだろう内燃エンジン搭載車は現行のMLB Evo.を使う。尚、今秋にも発表の予定のタイカンはJ2と呼ばれるプラットフォームを用いるが、これはパナメーラなどが使うMSBがベースだということである。
メルセデス・ベンツEQCはCクラスなどと共通のアーキテクチャーを使うが、将来的にはEV専用プラットフォームを使うと公言しており、その開発はすでに進められている。アウディも同様で、e-tronはMLBベース、e-tron GTはJ2ベースだが、それ以降のモデルはPPE、MEBを使っていく。
一方、プジョーe-208は、内燃エンジンを積む新型208のプラットフォームを使い、センタートンネルや前後シート下にリチウムイオンバッテリーを配置するなど巧みなレイアウトによってEV化を実現している。確かに床一面に敷き詰める方が簡単に作れそうではあるが、フロア含めて共用部分は相当多く、車両価格もプジョーらしい範囲に収めるとされている。
BMWiの展開により、いち早くEV参入を果たしたBMWも、プラットフォームはFFとFRの2種類と公言するだけに、i3では革新的なアルミ+CFRPの車体を使ったものの、今後出てくる市販車については内燃エンジン車と車体の基本部分を共有することになるだろう。
ホンダ以外の日本メーカーではニッサンの場合、リーフのプラットフォームは内燃エンジン車と共有となる。トヨタのEVについてはまだ見えてこないが、一部で言われているようにC-HRがベースとなるならば、やはり内燃エンジン車派生となりそうだ。
話をフォルクスワーゲンに戻すと、先に記した通り今年は屋台骨であるゴルフが新型になる。MQBの進化版を用いたこれはパワートレインとしてガソリンとディーゼルの内燃エンジンを予定し、最上級には48V電装系を採用するとされる。プラグインハイブリッドの可能性はあるが、EV版は用意されない。
しかしながらフォルクスワーゲンは前述の通り、今後の販売を急速にEVにシフトしていく予定だ。ゴルフとキャラクターの重なるID NEOが順調に売れていけば、おそらくはゴルフと市場を食い合うことになるだろう。それについて、前出のヴェルシュ博士はこう言ってのけた。
「ゴルフを選ぶのは、それでもやはりエンジンのクルマに乗りたいという人でしょう。」
つまり彼らは暗に、今後コンパクトカーの主力の座は徐々にID.NEOに移っていき、その一方でゴルフの販売が減っていったとしてもやむを得ないと言っているのである。それじゃ、これまでブランドを支えてきた、そしてそれ自身もブランドであるゴルフに対してあまりに冷たいとも思うが、しかし彼らはそのぐらいEVへのシフトに真剣なのだ。
確かにかつてのプレゼンテーションでも、時代がかつてタイプ1(ビートル)からゴルフに移ったように、ゴルフからID.に移行するという大胆な言い方がされたことがあった。実際、まさにビートルからゴルフへのシフトという前例もある。とは言え、それは市場のニーズが先にあったのだが……。
押しも押されぬ基幹車種であるゴルフを本当にそんな扱いに?と唖然としてしまうが、フォルクスワーゲンだけでなくヨーロッパの自動車メーカーにとっては、ますます厳しさを増すEUのCO2規制、中国でのNEV法への対応等々を考えても、EV化はじめ電動化は、ますます待ったなしのところに来ているのだ。もちろん、これらをクリアしなければ莫大なペナルティが課され、あるいは収益性の高い大型車両なども売ることが難しくなるといった現実的な理由も大きいが、ともあれ彼らの勢いは今、ますます拍車がかかっている状況である。それが本当に良いのか、悪いのかは別として。
おそらく「ID.BUGGY」は、まだ新型車を出せるわけではないなど大きなネタが無いなりにも、メイントピックにはやはりEVを置いておきたいという考えが、ヒストリーの中でまだ手付かずを引っ張り出してくる遊び心と融合して、出品に繋がったのだろう。しかしながら、そのポップな存在感の裏には、フォルクスワーゲンからの強い強いメッセージが隠されていたのである。
島下 泰久 Yasuhisa Shimashita
1972年神奈川県生まれ。立教大学法学部卒。国際派モータージャーナリストとして専門誌やwebなどへの寄稿、ファッション誌での連載、ラジオ、テレビ番組への出演など様々なフィールドで活動。2018‒2019 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。年度版『間違いだらけのクルマ選び』を2011年から執筆。電動化、知能化するクルマを専門的に扱うサイト「サステナ( http://sustaina.me )」を主宰