数理研究者とインスピラボが出会ったら ~見えないものに「手ざわり」を与えることで拓く可能性~
2024年7月26日、東北大学知の創出センターにて「因果の手ざわり展」という実験的な展示を行いました。
この展示は、「難しい研究やテクノロジーに、アートやデザインを掛け合わせ、やわらかく興味深い接点を生み出したい」と思っていたインスピラボのメンバーが、「因果発見」という言葉に魅せられ、良い意味で戸惑いながら、数理研究者のみなさまと対話する中で企画したものです。
この展示を企画した、インスピラボ研究員の宮入麻紀子さんと小針美紀さんに話を聞きました。
数理研究者の「変化のきざし」に対する関心がきっかけに
―― 今回のこの展示はどういった経緯で始まったのですか?
宮入: インスピラボではヒトの価値観の変化に着目した「価値観レポート」を発行していて、先進的な生活者にインタビューをおこない、人々の価値観の変化のきざしを捉えてまとめます。こうした「変化のきざし」にピンときた、富士通社内の研究者、穴井 宏和さんと2023年に出会いました。
穴井さんは、富士通がさまざまな大学と連携している富士通スモールリサーチラボにかかわっており、特に富士通×東北大学で、発見知能共創研究所という拠点を作っているよと教えてくれて。ここでは因果発見や数理技術を掛け算して、豊かな発見知能を創出していくことを目指していると聞きました。これがすべてのはじまりです。
小針: 最初穴井さんと会話したときは「発見知能?因果発見×数理技術??何それ?」という感じでした(笑)でもお話を聞いていくと「それってどういうこと?」「じゃあこれは何?」と質問したいことがどんどん出てきて。
富士通が大切にしている「ともかくやってみよう」精神で、「何ができるかわからないけれど、ひとまずキックオフをしよう」となり、インスピラボメンバーと研究所の皆さんで集まり会話をスタートしました。
―― かなりふんわりしたところから始まったのですね(笑)その後はどんなふうに進めていったのですか?
小針: ふんわり…とはしていたのですが、お互いに「ここは大切だね」「こういう姿を見たいよね」といったことは共有できていたんですよ(笑)。だからこそ、心折れずにやれたというのがあります。
何度も話題にあがったのは、「研究テーマを一般の人にも拓くことで、今はない研究テーマを生み出すこと」と「研究やテクノロジーにアートやデザインを掛け算してみたいね、ということ」。
私自身、現在社会人大学院生をしていますが、「研究」って意識して接点を持たない限りふだんの暮らしからは遠いなと感じています。でも新しいことを見つけていくとき、「自ら研究に関わろう」と思う人以外もそのプロセスに関われた方がその研究テーマが豊かになるだろうなという感触があって。
また、富士通の研究は難しかったり馴染みが薄いものもありますが、よくよく知っていくとロマンがあったり面白かったりもする。だからこそ、アートやデザインをかけあわせて、社会との優しい接点やおもしろい接点を作り、いろんな人とその技術を面白がれたらいいなと思っていました。
宮入: 具体的には2024年4月に東北大学を訪問し、「知の館」という素敵な場所で富士通スモールリサーチラボご担当の水藤寛先生と、知の創出センターの坪井俊先生とお会いしました。
この時、インスピラボのご紹介をするだけではなく、因果発見をテーマにした富士通×東北大学さまとの企画案もいくつかお持ちしました。これは、私たちなりに因果発見研究と人々の接点を考えた企画案です。
宮入: その中でみんなの関心が集まったコンセプトが「因果の手ざわり」です。
「因果に手ざわりがあったらどんなものなんだろうね」とか「イメージつかないけど面白そうだね(笑)」と言ってもらえて。
ファーストコンタクトで企画案を出したとき、どんな反応をいただけるのかとてもドキドキしていました。「因果発見の研究内容」について正直、私たちはよく分かっていない状態だったので、「わからないのはそっちの責任でしょ」なんて研究者の方に思われたらどうしよう…と不安だったんです。
でも実際には、研究者の方々は「分野が違えば分からないことがあるのは当然だし、むしろお互いの知らないことがあるからこそ一緒にやる意味があるよね」といったあたたかいスタンスで接していただけたんです。
そういった信頼関係が早い段階で築けたおかげで、研究者ではない私たちが抱える率直な疑問、「因果ってそもそも何だろう?」という思いをしっかり伝えられたし、その気持ちを共感してもらえたのが本当に嬉しかったです。
小針: 東京に帰ってからはまず「因果」について会社の同僚や研究者の方と何度か会話をしました。その中で何度も話題に上がったのは「因果とか因果発見AIの研究って全然遠い存在で知らないけれど、生きる人みんなにかかわってくる話なのでは?」ということでした。
わかって嬉しい因果もあるけど、嬉しくない因果もある、けれど一度その因果を知ってしまったら知らなかった自分には戻れない、いろんなことが因果の研究でわかっていく未来で、私たちってどう生きているんだろうね、それって私たち全員に関わってくる話なんだね、と。
―― 因果発見の研究は、さまざまな人にかかわってくる話だと気付いた、というあたりが大事なポイントですかね。そこからどんな風にして「展示」に行きついたのでしょうか?
宮入: 小針さんと「因果の手ざわり」について話を巡らせる中、「さまざまな因果がわかった未来で、私たちがどう生きているか。そうした未来に対する手ざわりが感じられる場を作ってみるのはどうだろう?」というアイデアが出ました。
こうした未来を描くことはインスピラボがよくやっているSFプロトタイピング(ショートショート作成)と相性がいいな、と。
小針: また、「手ざわり」って、本当に手でさわることだけじゃなく、「あぁ、こういうことか」とわかることも手ざわりと言っていいかもねという話もして。
じゃあまずはいろんな人に「未来において因果がわかって嬉しいこと、悲しいこと」をアンケートで聞き、それを元にSFプロトタイピングして未来の物語を描いてみよう、それを展示形式にして、参加者からコメントをもらおうという展示案をだし、研究者のみなさまからも随時フィードバックをもらいながら進めていきました。
因果発見による未来を、SFプロトタイピングで描いた「因果の手ざわり展」
―― 数理研究者のみなさんの関心や、インスピラボの今までの取り組みが、ぴったりはまったんですね。「因果の手ざわり展」とは、具体的にどんな展示だったのでしょうか?
宮入: 東北大学さんの知の館にて実施させていただきました。2時間という短い時間ではあったのですが、30名ほどの方に来ていただいて。
東北大学国際インターンシッププログラム「G-RIPS Sendai 2024」に参加していた様々な国の学生さんや東北大学の先生方、たまたまこの日にセッションをされていた物理学や哲学の研究者の方にも足を運んでいただきました。
小針: 展示では5つの探究テーマを設けました。
1.私たちと因果の距離感:因果とはどのようなものですか?
2.私たちと因果の物語:因果をストーリーとして感じることができたら?
3.あなたと因果の物語:AI×SFプロトタイピングで描いてみたい世界は?
4. 触れるプロトタイプ:触れることで変化する気持ちとは?
5.因果と文化:絵本や漫画から読み取れる因果とは?
社内でご協力いただける方に因果のアンケートをとることで、私たちと因果の距離感をさぐりました。その後、アンケート内容を元に、生成AIを使いながら、因果にまつわる未来の物語を複数作成しています。また、展示当日は参加者にも未来の物語を作成してもらうコーナーも設けました。
描いた未来に出てくるプロダクトを展示したり、「因果」を起点に選書もしました。
展示全体を通して、すべての探究テーマで参加者からのフィードバックを付箋でもらっています。
詳細は以下の「因果の手ざわり展」のブックレットでご覧いただけますので、よろしければダウンロードしていただけたらなと思います。
📙因果の手ざわり展ブックレット 👉 ダウンロードはこちらから
本展示が「人間というものを考える良い機会」に
―― 展示に参加された方の反応はどういったものでしたか?
宮入: 展示会当日を迎えるまでは、大学で研究をされている方に私たちの問いがどのように受け止められるか正直不安でした。ただ、やってみると非常に積極的に展示を見ていただけ、付箋でのフィードバックもたくさんいただけました。
小針: 具体的には以下のようなコメントをもらいました。まさに自分たちが「いろんな人ともっと考えてみたい」と思った点を共にできた時間になったなと感じました。
アートやデザインを掛け算して、研究を「研究者以外」に面白く拓いていきたい
―― ここまでの活動を通しての気づきや、これからやってみたいことや展望などあれば教えてください。
宮入: 研究に「手ざわり」を与えることで、研究者以外もそのテーマを身近に感じ、理解を深め、想像を広げていく可能性が高まりそうだなという手ごたえを得ました。こうした機会が増えることで、新しい視点から研究テーマが導き出されるきっかけになるかもしれないな、と。
今回の場について社内で振り返りをした際、私たちデザイナーにとっては「難解な研究をどのように表現し、社会に伝えるかという挑戦の機会」となり、研究者にとっては「理論的アプローチとは異なる視点で因果を考える機会」になったねと会話しました。
最初の社内のキックオフから展示をするまでの間、因果に関する数理研究の難解さにどのように向き合えばいいのか、自分たちの力不足さも痛感しましたが、そこで「もうやめよう」としてしまわずに、分からないなりに、因果に対する率直な問いを展示する方向に舵を切ったことで今回の展示にたどりついた気がします。企業視点で展示会と聞くとソリューション(解)を展示するイメージがありますが、研究視点だからこそ「問い」を提供すること、まさにアートに片足を突っ込むことができたのではないかなと思ってます。
また、「面白そう」ってすごく大事な要素なんだとも思いました。特に自分の分野や領域を超えるとき、「それって正しいのか」「やる意義があるのか」などをつきつめていくよりも、「面白そう」と互いが思えるかどうかの方が、そのプロジェクトって推進していけるんじゃないかなぁと。面白いものに人は関心を寄せ、巻き込まれていくんだなと感じました。
今回の展示は私たち自身も好奇心をドライブした結果だなと感じてます。
小針: 今後も研究やテクノロジーにアートやデザインを掛け合わせ、社会にやさしく拓いていくことで、インスピレーションを生み出せればと思っています。あと、こうした取り組みを発信したり、同じような関心を持っている方とのコラボレーションもしていきたいな、と思っています。
先日、松戸で開かれていた「科学と芸術の丘」に宮入さんと行ってきたのですが、そこでアルスエレクトロニカの方がThe Art Thinking Processを紹介しておられました。すごく納得感があり、こうしたプロセスも参考にしながら進めていけたらと。
また、ありがたいことに理化学研究所 数理創造プログラムの研究会で、本取り組みを発表する機会をいただきました。
「アートと言葉の関係性」や「手ざわりのあり方」など、さまざまな質問もいただき、宮入さんとは「“手ざわり“というキーワードだけで、5年ぐらい探究できそうだね(笑)」と会話をしました。
アートと研究を掛け算するからこそ生まれる、ギャップや違和感、ざらつきも含めて探究していきたいですね。
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(執筆:有澤寛則)