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第2回「路滑板の上の魚」

まず、スケートボードを置き、それを跨ぐようにして立つ。
左足を板の上、目安は「ノーズ側のビスの上」へ乗せて、力いっぱい右足を蹴ると、スケートボードはのろのろと超低速で進んだ。
「これでいいのだろうか」と頭の上にはてなマークをたくさん浮かべながらスタート地点へ戻り、スマホを取り出してYouTubeの動画を再生する。
画面の向こう側では倍速で「初心者のためのスケボー講座」が始まっていた。

2月初旬。
自他共に認めるひきこもりの自分はスケートボートパークにいた。
2023年、何か新しいことを始めたいという漠然とした気持ちはスケートボードへと向かったのであった。
なぜ今、大人になって、この年齢になってスケボーなのか。
始めるきっかけは2回あった。

まずは小学生の頃。
いとこの兄ちゃんがスケートボードを持っていたので、それを拝借して遊んだことがある。
どうやって乗ればいいのか何もわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。
あの頃は単純に「滑る板の上に乗る」という行為が楽しかったのだ。
しかし、子どもだった自分はすぐスケートボードに飽きて、別の楽しい遊びに夢中になっていた。

次は高校生の頃。
MTVでAvril LavigneのSk8er Boiという曲のミュージックビデオを見た。

「なんだこれめちゃくちゃかっこいい全てに憧れるこんなにかっこいいミュージックビデオを見たのにスケートボードを始めない高校生は死ぬまでスケボーはやらないよバンドも組まないしパンクファッションにも目覚めないしロモグラフィーの味もわからない間違いないね」

うん。そうだね、間違いないね。
だって自分はSk8er Boiを知ったのにスケボーを始めなかった高校生 a.k.a 死ぬまでスケボーをやらない人生ルートを歩むことになった私(わたくせ)になってしまったのだから。

スケートボードの存在を思い出すことなく軽く数年が経過し迎えた2021年、ここでまさかの「3回目のきっかけ」が訪れる。
ミラクルボーナスステージの名前は「2020年東京オリンピック」だった(名称は2020年だがコロナ禍のため1年延期となり2021年に開催された)。
この東京五輪からスケートボードが新競技として登場したのである。
「へ〜オリンピックでスケボーやるんだ」くらいの軽い気持ちで、なんとなくで、リアルタイムで競技を見た。

「なんだこれめちゃくちゃかっこいいじゃないか」

いやそれアヴリルのときも感じてたことだからな。

こうして、大阪でまた1人、「東京オリンピックがきっかけでスケートボードを始めた」勢の人間が爆誕した。
今はオーリーという基本トリックを練習しているが、どうしても転倒に対する恐怖のほうが勝ってしまってうまく跳べない。
だってもう本当に怖いのだ。本当に。絶対に危ないやばいタイプの転倒をするとわかっているから体が動かない。

難しいなあと思いながら、そろそろ日も暮れるし家に帰ろうと荷物をまとめていると、近くで練習していた中学生くらいの男の子が話しかけてくれた。
「何か練習してるんですか?」
驚くほどコミュニケーション能力が高い陽気な彼はノアくん。
その連れで、ひたすらトリックの練習を繰り返しているのはユウキくん。
巧みにスケートボードを操る2人が魔術師のように見えた。
ノアくんは「このスケボーYouTuberがいいですよ!」「オーリーはこうやったらいいです!」とずっと喋ってくれる。
「それスケシューですか?」「このトリックやってたらここに穴あきます」「このトリックとかもやってみたらいいです!こうやってこう、あー!失敗したー!」転倒して寝転がるノアくんの腕や足にはたくさんの青あざやすり傷があった。でも楽しそうで羨ましかった。自分も思いっきり転びたい。

次会うときには一緒に練習できたらいいな。
そう思いながらノアくんとユウキくんに「またね!」とバイバイをしてスケートボードパークを後にした。
夕方5時のチャイムが聞こえて、公園から家に帰っていたあの頃を思い出した。

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