見出し画像

Another011 名探偵ランプ 手負いのビーナス

「頼む、俺の昇進が掛かっているんだ!」
何度も聞いたセリフを聞き流し、ランプは再び新聞に目を落とした。
もし事件解決のたびに昇進していれば、デンキューはもう所長になってもいい頃だろう。
何なら地元の警察に収まりきらず、市長や州知事、いや大統領になっていてもおかしくはない。
それでも今のところデンキューが昇進した話は聞かない。

「興奮して声が大きくなっているぞ。また頭の上のフィラメントが切れても私は繋がないからな」

デンキューは唸り声を出しながらも、振りかざしそうな拳をなんとか抑える。
気に障る人物だが、頭は切れる。
なんとしても、この変人の助けを借りなくてはいけない。
デンキューは事件について話し始めた。

説明が始まっても、ランプは相変わらず興味を示さなかった。
とくに資産家の家で起きた窃盗事件、と聞いた瞬間にさらに関心がなくなった。
どこにでもある、ありふれた事件だ。
ランプの出る幕、舞台ではない。
それでもデンキューはあきらめない。

「盗まれたものは、三日後にもとに戻されたと言ったが、実はその置物は破損していてな、えーと、そう、ビーナスの右腕が折られていた」

デンキューがそう言ったとき、ランプの頭に小さな明かりが灯った。

「いいだろう。ただし、オイルがなくなるまでだ」

新聞をきれいに畳んで、ランプはデンキューに言った。
やはり乗ってきた。
デンキューはあまりに予想通りの展開に、笑い出しそうになる自分を抑え、あくまでも平静を装った。

「運転は君がするんだ」

ランプは引き出しから鍵を取り出し、デンキューに放り投げた。
警視になる自分を思い浮かべては、ニヤニヤと笑みを浮かべるデンキュー。
そんな彼に一瞥もくれず、無表情でただ前を見据えるランプ。
性格も価値観も好みも全く異なる二人だが、目指すべき先は同じである。
照らされるべき暗闇に明かりを灯す事。
彼らの新たなる旅路を祝福するように、ベントレー・4 1/2Litreの心地よいエンジン音が響いた。

そして、なんだかんだあった。

結局、彼らはメイドの若い女エミリーが犯人であることを突き止めた。
彼女が、主人の妻と不倫関係を持っていたことが明らかになった。
自分が関係の主導権を握っていること。そして、妻との思い出の品がなくなっても、さして興味を示さない主人の姿を見せつける事が犯行の目的だった。腕はちょっとぶつけたときに折れちゃった。

「真実は照らされた」

窓から差し込む朝日にランプは目を細めた。
デンキューは深いため息を吐き、無言でエミリーに手錠をかける。
疲れた。本当に疲れた。
部屋に集まった者たちは心の底からそう思った。
夜中に始まったランプの推理の披露と解説は、朝日が登るまで続いたからだ。
キュルキュルという音を部屋に響かせながら、ランプは頭の上の明かりを消した。

太陽の光が強く照らすほど、影はより深くなる。
どこかで真実が明るく光れば、この世界にまた別の闇が生まれるのだ。
すべての闇に明かりを照らすまで、私の冒険は終わらない。
私は決して諦めない。
絶対にだ。
ランプは全部実際に口に出して言った。
独り言が大きい。

おしまい


いいなと思ったら応援しよう!